後悔



イチジクあります



今年もその貼紙が出た。




無花果は父の好物だ。

数年前私はその貼紙を見て、躊躇った。


無花果は父の好物だ。

だけど父以外の誰も無花果を食べない。

私に至っては嫌いの部類に入る。



ま、いいか。次で。



その頃、私は毎週実家に帰っていた。


テレビを見ていた父が

「無花果食いたいなあ」と呟く。

旬の無花果が紹介されていたのだ。

「じゃあ、来週買ってくるよ」

やっぱり買ってくればよかった。

少し後悔しながら私は微笑んだ。




父と過ごす日々が

もう幾らも残されていないことを、

私は知っていた。



会う度に父の行動範囲は狭くなる。


山道を散歩していたのが


近所をくるりと回るだけになり


庭先までになり


居間から出ることさえ儘ならなくなる。



最初は少しずつ

次第に急激に


父は弱っていく。






それなのに



次があると思っていた。


別れはまだ遠くにある筈だった。




結局、

父に無花果を買って帰ることはなかった。







イチジクあります



その貼紙は



今年も私に後悔を運んでくる。

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