仙堂ヤスシ

これまで15年程の教師生活を送って来たが、君のような生徒は見たことが無い。一瞬で僕の心を奪って行った、黒髪の君。


富北ミチル、どこか危う気な雰囲気を持った不思議な少女だ。


一見普通の女子高生だが、心の中に隠している秘密があるように思える。それは本当に微かで、注意深く見ていないと空気に溶けていってしまうようなものだ。


僕がその正体に気が付いたのは、時既に遅し。屋上で、彼女が同僚の教師に抱き締められているのを見てしまった時だった…


あれは放課後、顧問の同好会の活動が終わり、帰ろうとしていた時だった。屋上へ続く階段から、女生徒が一人駆け降りて来た。男子生徒がよく噂にしている小峰エリカだと見受けた。余程急いでいるのか、僕の存在に気付かずに走り去って行った。


屋上で何かしていたのだろうか。だとすると校則上よろしくない。確認しに行くことにした。そこで見たのがあれだ。きっと小峰も誤解をしてしまった事だろう。


誤解というのは、僕は桐本先生とよく話す方で、その日の内にすぐ事情を問い正したからである。


「そうだったんですか、富北が悩み事を相談していたんですね。でも桐本先生、抱き締めるというのは、ちょっと。」

「ああ、分かっています。自分でも何故あんな事をしたのかよく分からないのですが。本人からも言われているので大丈夫ですよ。」

「本人からも。」

「はい。好きになってはいけませんからね。」

「なるほど…」



少し引っかかる。桐本先生は謙虚で、言っては悪いが鈍感な人だ。抱き締めたからと言って好きになるなんて発想は無いだろう、おそらく富北の発言である。長年の経験から言って、これは…もう手遅れの様な気がする。富北は既に桐本先生の事が好きになっていると思って良いだろう。


再度言っては悪いが、これ程鈍くて地味なメガネのどこが良いのだろうか。顔はまあ、良い方だが、全く理解出来ない。また僕が言える立場でも無いが、教師が生徒に手を出すのも如何なものか。富北に悪い虫が付くのは心安く無い。一応釘を刺して置くことにする。


「桐本先生、あまり勘違いさせる様な行動は控えた方が身の為ですよ。」

「勘違いとは?」


…ほら、やっぱり分かっていない。

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涙が枯れるまで 安堂 @and0uhibari

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