桐本マドカ

あれから私達は、ときどき屋上で会って、色々と話をするようになった。先生はあまり自分から喋らなかったから、大体は私が質問する形だった。


「何で先生は先生になったの?」

「歴史が好きだから。教えるのが好きとは言えないが、好きな事を仕事にできるのは良いと思ったんだ。」

「なるほど。」


こんな感じで。


「先生って、奥さんいるの?」



これはだいぶ思い切った質問だった。先生は指輪をしていなかったから、もしかしたら結婚してないんじゃないかって思ってた。



「…いたよ。」

「…いた?」

「今はもういないんだよ、3年前に他界してしまった。」

「…そっか。ごめんね。悲しいこと、思い出させちゃったね。」

「気を使わなくていい。あれはもう居ないが、娘が1人いるんだ。マドカという。中学2年生だ。」

「マドカちゃん。」

「今度紹介しよう、友達が出来ないと困っているんだが、俺にはどうしようもなくてな。君は友達が多い方だろう。ちょっと喋ってやってくれないか。」

「うん、分かった…」


どうもおかしなことになってしまったみたい。今週の土曜日、先生とマドカちゃんに会う約束をして、その日の話は終わった。嬉しいけど、何か違う気がする。



「お待たせ、すまない、少し遅れてしまったな。」

「ううん、そんなに待ってないよ。わあ、可愛い!この子がマドカちゃん?」

「ああ。ほらマドカ、挨拶しなさい。」

「こ…こんにちは!桐本マドカです。今日はよろしくお願いしますっ」

「そんなかしこまらなくていいよ?富北ミチルです。こちらこそよろしくね。」


「さて、どこに行こうか。ミチル、行きたい所はあるか?」


この時初めて、先生が私をミチルと呼んだ。たぶん無意識だっただろうから…何か言ったら止めてしまうと思って言わなかった。


「動物園とかがいいな、マドカちゃん、動物好き?」

「はい、好きです!お父さんも、猫ちゃん好きですよ。」

「そうなんだ、先生?」

「分かったから、早く行こうか。」

「照れてる。」

「照れてない。」

「ふふ、」

「笑うな。」


マドカちゃんがいるからか、先生はいつもより表情豊かだったし、たくさん喋ってくれた。動物達を見に行ったはずだけど、私は先生のことばっかり見ていた。

帰り際に、マドカちゃんがこっそり私に耳打ちした。


「ミチルちゃんは、お父さんのこと好きなんですか?」

「なっ何でそう思うの?」

「だってすごく仲良しで、楽しそうだったから…」

「えっと……。仲良し!そう、仲良しなだけ!好きとかじゃないよ、」

「うーん、良く分からないけど、分かりました!ミチルちゃん、今日はありがとうございました。お礼にマドカが出来ることがあったら何でも言ってくださいね!」

「あっ…ありがとう!」

「2人とも、どうかしたか?もうそろそろ帰るぞー。」

『今行くー!』

「あっ!」

「えへへ、」


そうして、マドカちゃんという味方?を得た私は先生の好きなものに少しだけ詳しくなっていった。


「富北、これ。」

「何?お菓子?」

「マドカが買ってとうるさくてな、今日のお礼に君の分も。」

「ありがとう…。」


呼び方が、富北に戻ってしまった。一進一退、これ以上進んでは行けないのは自分でも分かっているけど。

ただのお菓子一つがこんなにも嬉しい、なんて。

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