富北コウジ

ぽつりぽつりとミチルは家の事を話し始める。

父親が重度の博打好きで、愛想を尽かした実の母親が出て行った事。

その父親(ミチルは父親の事をコウジと呼んだ)の新しい女が、どうもミチルを疎ましく思っているらしい事。


「だから、ね。私には居場所が無いんだよ。」


時々言葉が閊えて出てこなくなって、懇願する様な瞳で僕を見ながら。


「もしかしたら先生に出会う為に私はここに来たのかもしれないな。」


いつも冗談めかして言っていたミチルの言葉がいつになく真剣な調子になる。

「話聞いてくれてありがとう。重かったよね、ごめんね。」

「いや、そんなことは…話なんかいつでも。…本当に大丈夫か。」

「大丈夫だよ、もう慣れたから。うん…大丈……っ!先生?」


気付いた時には、僕はミチルを抱き寄せていた。自分でも何故そんな事をしたのか分からなかった。大丈夫、といってまた俯こうとするミチルを、何故だか放っておけなかった。


「何で?先生。だって、まだちょっと話したばっかりで、どうして。」


長い髪からは、香水の匂いと少しだけ煙草の移り香がする。

「本当に、大丈夫なのか。」

「…あんまり優しくしないで、」

「理由は。」

「好きになったら、駄目でしょう。駄目なのに、私は先生を好きになってしまうじゃない。」

「好きなの?」

「まだ好きじゃないけど…。」

「じゃあ、抱き締めるのは止めにしておこう。好きになってはいけないんだね。これはなんと、どんな関係と言ったらいいんだろうね。」

「先生と、生徒。それだけでいいよ。たまに相談に乗って、先生も私に愚痴でも何でも言ったらいい。それだけでいい…」

「随分と謙虚になったね。」


だって、と言いかけて、ミチルは口を噤んでしまう。

好きになってはいけない、優しくしてはいけない。制約を掛けたのは、この関係を長く続けるためだと、僕は思う。


君がそう望むなら、俺は…

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