桐本アマネ

第一印象は、つまらない人だった。

「桐本です。宜しく。早速だが、授業に入ろうと思う。教科書6ページを開いて。」

二年生になって教科担当が変わり、先生は私のクラスの日本史を教えることになった。第一印象は、つまらない人だった。初めての授業は眠かった。きっとクラスの半分は寝ていたと思う。それが私と先生の出会いだった。


その日の放課後。やる事も無く、帰るかと思っていたら、屋上へ続くドアが少し開いて、光の筋ができているのが見えた。物珍しさに、静かにドアを開けて

外に出てみた。思っていたよりも、広かった。沈みかけの夕日が、一番真赤に輝いていて眩しかった。

奥の壁にもたれて、桐本先生が煙草を吸っていた。真面目そうな顔をして、こんなとこで吸うんだと思った。

「桐本センセ、何してんの。」

「見れば分かるだろう、煙草を吸っているんだよ。」

「生徒の前でよくもまあ堂々と吸えるのね。」

「屋上に生徒は立ち入り禁止だからね。」

「それは失礼。知らなかった。」

「君は何をしに来たんだ。」

「先生に会いに来た、って言ったらどうする?」

「理由は。」

「冗談だよ、屋上入ったこと無かったから。興味本位。」

「そうか、鍵は俺が持ってるから入りたい時は声掛けてくれたらいい。家に帰りたくない時とかな。」

「…何で知ってるの。」

「何が?」

「家に帰りたくないってこと。」

「適当に言っただけなんだが、そうか。悩み事があるなら、俺みたいな駄目な奴じゃなくて、担任の先生にでも聞いてもらったらいい。じゃ、もう出るぞ。」

「待って。」

振り向いた先生の瞳が、夕日を反射して鳶色に光った。先生の視線は真っ直ぐに私を貫いた。

「…理由は。」

「先生に、聞いて欲しい。聞いてよ、私のこと。」

何で先生に話したいと思ったのかは分からない。それでも、絶対に聞いてくれるとだけ、確信していた。


「まあ、いいか。とりあえず、名前から聞こう。」

「富北ミチルよ。」

「桐本だ。」

「下の名前は?」

「…アマネ。」

「女の子みたい。」

「だから誰にも言わないんだよ。」

少し照れの混じった先生の声は、特別に私の耳に響いた。第一印象は、つまらない人だった。そのすぐ後には、好きな人になっていた。

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