【I-038】賑やかな武芸の街
列車はあと半日で、フェルブルへ到着するはずだ。レオナールは連結部に出て、まだ少しは過ごしやすい空気と朝日を浴びながら伸びをしたが、隣の車両から物音がすると、そそくさと自分の車両へ戻った。
扉を締めると、女性たちがお喋りをして笑い合っているのが聞こえる。……長く旅を共にしていても、アナとエマはなかなか打ち解ける事が出来ないどころか、険悪な空気まで醸し出していたが……明るい姉御肌のマリーが、それを幾らか解消してくれたようだ。レオナールはその個室の扉を叩いた。
「よう、楽しそうなとこ悪いけど、そろそろ打ち合わせでもしようぜ」
「いいわよ。じゃあ……」マリーは二両目へ繋がる後方をちらと見てから、また彼へ目線を合わせる。「前の方へ行きましょ。またあなたの部屋の辺りでいい?」
彼らは仲間たちに声を掛けながら、車両中央付近のレオナールの個室へと移動する。蒸気音に加え、たまに汽笛がけたたましく鳴くが、外部にあまり聞かれたくない話をするには丁度いい。マリーと出会った時のように一同はそこの通路に集まって、レオナールを囲んだ。
「着いてから大会まで二週間しかねえ。ここで、どのくれえ強くなれるかがカギだ。……戦わねえ奴は、その間に情報収集しててくれると助かるぜ」
フィジテールの後、ひと月ほどが経つ。しかし、またも帝国の動きは入って来ない。
「なあ、強くなるのも大事だけどよ」ジャンが口を挟む。「何か賞品とかあんのかな?……レオの資金だって、減ってきたろ?」
「おっ、ジャン、さては自信あんな?……そうなんだよ、この列車に奮発しちまったからよ……」
そこでリュックが、ペズィーブルにいる間にかき集めた新聞の束をまた持ってきた。
「『妖精の涙』っていう宝石らしいですよ。なんでもすごく価値のあるものなんだとか」
するとシーマが、ふん、と鼻を鳴らす。
「そんなものに興味はないが、資金は必要だな。手に入れたら即、換金だ」
「そう言うからには、あれから相当、強くなったのよね?」マリーが彼を横目で見ながら、にやりと笑う。「……でも、出場者の多くはそんなものかも」
それを聞いたアナは呆れる。
「折角勝ち取った賞品なのに、いらないっていうわけ?」
「自分の腕を試したい人が多いんじゃないかしら。何でも、ある程度の強さを主催者に認められたら……いいお給料でフェルブルの兵士になれる権利もあるそうよ」
私だって勿論、そんなものはいらないけどねとマリーは言った。レオナールはみんなやる気あんなと喜んで、今日の打ち合わせの終了を告げた。
「……あ、マリー。おめえにはちょっと聞きてえことがあるんだ……残ってくれっか?」
美しい彼女と二人きりで個室に篭ると誤解されそうなので、レオナールは通路に立ったまま、車窓のところへ凭れ掛かった。
「おめえ、帝国騎士のおエライだったっつうけど……アイツと、皇帝とは接点あったのか?」
「……ええ。……まあ、ね」
彼女は少し瞳を宙に泳がせたが、そのように答えた。
「……それで、何?」
「おう、オレ、ずっと気になってた事があってよ。帝国は、二百年近くうちの……エクラヴワの支配下にあった筈だ。それが……どうして、アイツはいきなりこんな事が出来るようになったのかと思ってよ……」
「……」
「いや、それが気に入らねえとか、そういう事じゃねえ。アイツのオヤジに対する恨みは、解ってたから……純粋に、不思議なだけなんだよ」
……マリーは話すべきか迷っているのだろうか。暫し視線を目の前の個室の扉に固定させていたが……やがて、重苦しい様子で語ってくれた。
「……国内で革命を起こしたのは、五年も前よ。グランフェルテに派遣されていた摂政長のデジレが突然、病死したと知らせが行ったと思うけど」
そう言われて、レオナールは記憶を辿る。……デジレという人物の名前はよく聞いていたが、その者はほぼグランフェルテに滞在していたし、レオナールはあまり城にいなかったため、顔と名前を一致させる事が出来なかった。しかし、そのような事で軽く騒ぎになっていた事は、聞いたことがある気がする。
……そんな風にいまいち、何かを掴むことの出来ない表情を見せるレオナールに、マリーは怪訝そうな反応を返したが……続きを進めた。
「……それまでも少しずつ、エクラヴワの摂政や役人を寝返らせてきたけど、それが無理な者は全て、そのデジレの死をきっかけに処刑したの。……勿論、エクラヴワや国外には極秘裏にね」
「……」
……三月に一回、変わらずにエクラヴワに通っていたグランフェルテ七世は……レオナールが執拗に絡む中でも、そのような素振りなど一切、見せていなかった。当然、父の大王にもそうだったのだろう。エクラヴワ側は、それまでと変わらずグランフェルテを奴隷として扱いながら……まんまと騙されていたという事だ。
「……それを、アイツは五年前……十五歳の頃から、やってたって事か……」
入念な準備期間を含めると、恐らくそれ以上になるだろう。……レオナールは表では格好のつくことを言いながら、彼と同じ頃には遊び呆けて来た自らを、心の底から反省した。
「……でも、だからって……世界にまで手ぇ出すのは、違え。何も言えねえ、情勢に流されるしかねえ一般の民が、どんな苦しい思いしてるか……」
「あなたは、その民の気持ちがどれだけ解る訳!?」
突然、マリーが厳しい口調で、鋭い目を向けてきたので……レオナールは思わず、絶句する。
「……見たこと、ない癖に。自分は快適な囲いの中にいて、偉そうに、綺麗事を言っているだけよ。……隣の車両の人もね」
「……」
何を言うことも出来ないレオナールを見て、マリーはひとつ溜め息をつき……厳しい視線を、少し和らげた。
「……まあ、いいわ。あなたは純粋そうだから、知らないならこれから知ればいいの。そうしたら、少しは……グランフェルテ七世にも、認めてもらえるんじゃない?」
マリーはそう言って、踵を返すと、自分の個室まで戻ってしまった。
「……」
レオナールはまだ、彼女の気迫の余韻に動けずにいたが……ジャンが個室から何事だというように顔を覗かせたので、我に返った。
「レオ……あの姉ちゃん、アナより気ィ強そうだぜ。……取り扱えんの?」
「……そういう事じゃねえ。どうやら、オレはもうちょっとしっかりしねえといけねえみてえだ」
いい仲間と巡り合うことが出来た。レオナールはそう天に感謝し、自らも個室へ戻った。
フェルブル共和国の中央街に列車が到着した時間は、予測通り昼を少し回った頃だった。レオナール達が乗降口へ降りると……丁度、二両目からもその乗客が団体で降りてくるところに鉢合わせしてしまった。
「……マリー」
列の最後に降りてきた男女のうちの、男性の方がマリーの姿に気づいたようだ。赤茶色の顎の辺りで揃えた髪。大変、育ちの良さそうな青年だった。
「心配したのだぞ。……そちらの車両で世話になっていたのか。礼を言おう」
彼はそう言って、焦茶の目をレオナールに向け、頭を少し下げた。レオナールはおう、と返事をしたが、マリーはふんと言って、雑踏の中へ行ってしまう。
「あっ、こら、マリー……」
「放っておきなさいよ、ジュリアン」
そう声を掛けてきたのは、その男性の後ろに付いてきていた女性だ。ブルネットの髪を肩の両脇で結び、少し古風な印象の衣装と化粧を着けている。
「あんな風にされて、まだ説得するつもりなの?彼女、頑固者だからもう戻らないわよ」
「だが、ジゼル……」
……ジュリアンという男性はまだマリーの方を気にしていたが、ジゼルという女性に背を押されて行ってしまった。それを見送っていると、どこからかマリーがレオナールのところへ戻ってきて、耳打ちをする。
「あの人達がどこへ行くかちゃんと見てて。絶対、同じ宿なんか取らないでよね」
「……」
今まで比較的レオナールの自由に動かしてきたアクティリオンだが、彼女が加わった途端に、何か強引に方向性を定められそうな気がしてならなかった。……ともかく、彼らはジュリアン達が向かった方向と別の繁華街へ出向き、宿を探すことにした。
フェルブル共和国は独立国のためか、エクラヴワ支配下の国々のように厳つい見張りもなく、街全体もとても活気がある。如何にも大会の参加者と見られる屈強な者たちの他、観戦に来たと思われる人々、参加するのかどうかは分からないが一応は武器防具を着て、お祭り騒ぎに乗じ楽しんでいる人々など、たくさんの人間でごった返していた。
普段から観光客も多いのか、様々な飲食店や土産物屋に加え、大きな劇場などもある。そしてここは特に昔から武芸が盛んだったのだろう、多く立ち並ぶ宿には『稽古場付き』『按摩付き』『療養施設付き』などという言葉を売りにして呼び込みを行っているところが多々あり、レオナール達はどこを選ぶか楽しみながらも迷ってしまった。
「ここにすっかな、会場に近えし」
稽古場がある、ひとつの大きめの宿に決めると、彼らは名簿を調べる。ジュリアンたちの名前がないことを確認してから、レオナールが宿泊する人数を数えようと振り返ると、また違和を感じた。
「……あれ、フランクとポールは……?」
……全員がきょろきょろと辺りを見るが、その姿がない。リュックも慌て始める。
「混んでるから、はぐれちゃったのかな……」
「きっと、そうよ。レオナール、ちょっと探してくるわね」
エマもそう言い、二人は宿の場所と名前をしっかり覚えてから、街へ戻っていった。レオナールはやや不安を感じながらも、フランクとポールの名前を名簿へ書いた。
玄関広間を出てすぐ、中庭の代わりに、広い稽古場が見える。その熱気溢れる様子をしばし観察しながら、レオナールは次に大会の参加申込みをする為に用紙を取り出し、整理をし始めた。
「えっと……フランクとポール、それからエマは観戦だろ。魔法部門があるみてえだけど、リュックは出んのかな」
彼がアナの名を観戦者の方へ入れようとした時、彼女は前に出てきて、言った。
「レオ……あたしも、出てみたいんだ。勿論、勝ち進むことなんか考えてないけどさ……」
「おっ?」レオナールは意外そうに……それから心配そうに彼女を見返す。「アナおめえ、武器とか持ったことあったっけ?……ジャンみてえに体術でもいけなくはねえけど、酒場のケンカとは違げえんだ。ケガすっからやめとけよ」
「うん……」
アナは珍しく、しょげた様子で引っ込もうとしてしまう。それを見ていたマリーが彼女の横へ進み出てきた。
「いいじゃない、参加登録だけでもしてみたら。経験なければ、私が教えてあげるわよ」
それを聞いて、アナはぱっと顔を明るくする。レオナールは仕方ねえな、気をつけろよと言って、アナの名前を申込用紙の参加者の方へ書き込んだ。
「よし……二週間、頑張って修行して強くなるぜ!」
アクティリオンの面々は円陣を組み、レオナールの力強い言葉に拳を上げた。
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