【I-036】方向転換

 彼らが大雪の中で身体を引き摺りながら……漸く夜になって、山の麓に止めた船に戻る事が出来ると、その周りでは技師たちがばたばたと走り回っていた。

 「ああ、レオナール様、お帰りなさい。今、船の調子が悪くて……」

 レオナールはこの船を、元々はかなり長くエクラヴワで使っていた。そこへ、大した調整もしないまま、今までにないほどの長旅で世界を駆け巡った上で、更にはこの寒さに長時間曝していたのだ。

 「あ~、イメルダんとこで新しいの調達して貰えば良かったな……」

 レオナールは焦った。フィジテールが帝国領となってしまった今、いつまでも留まっていると再び命を狙われかねない。

 「やっぱ取り敢えず、エクラヴワか。おい、飛べるとこまででいいから急いでここを離れて、南に向かってくれねえか」

 技師ははいと敬礼の型を取って、操舵室へ向かう。レオナールらはそれを見送ってから、皆が待っている筈の広間を目指した。

 「……あの術、どうやって出すんだろう……」

 リュックは帰り道、ずっとそんな事を言っている。……どうやらグランフェルテ七世の使う不思議な能力に、興味があるようだ。

 「だからよ、ありゃあアイツだから出来んだよ。『魔族』って奴の血のお陰なんだろ。オレ達がマネ出来るもんじゃねえ」

 「でも、魔術って元々、その『魔族』の能力の真似から編み出されたらしいんですよ。だから呪文とか杖とかを使う必要は出てくるけど、魔力の使い方とかは、何か参考になるものがあるはず……」

 ……どのみちレオナールには解らない話なので適当に相槌を打ちつつ、広間の扉を開けた。するとまた心配そうに彼らの帰りを待っていた仲間たちが、部屋の中央の卓から一斉に振り向いて立ち上がった。

 「おお、レオ!心配したぜ、街の方じゃまたすっげえ音がドンドン響いてくるからよ……!」

 ジャンやアナがレオナールを囲み、エマはリュックとシーマに駆け寄る。

 「良かった、二人とも大きな怪我がなくて……リュックったら、よく怖くなかったわね」

 姉に抱きつかれて、リュックは照れ臭そうに笑う。……エマが思っているより、彼はずっと成長しているのだと、レオナールはそれを見ていて改めて感心した。無表情のシーマは、彼の事だからあのような無謀をしたなどとは自分からは決して言わないだろう。

 「みんなに報告してえ事は、山ほどあんだけどよ。……聞いてると思うけどフィジテールは帝国領になっちまった。まずは急いで出ねえと……」

 船の機動音が聞こえ始め、浮上を始めると、レオナールは少し安堵しながらそう話す。すると何故だか、ジャンが怪訝な顔をしてこのように言ってきた。

 「おいレオ、もう出発地決まってんの?早くね?」

 「えっ?……そりゃ船も壊れそうだし、色々心配なことがあっから……取り敢えず、エクラヴワ目指してるだけだけど……」

 「いや、有力情報見っけたんだよ。な、ポール」

 ジャンは机の奥に座る、大人しい少年ポールに視線を投げる。彼はびくっとして下を向いてしまったが、それを見てリュックがそこへ歩み寄って行った。

 「ポール、何を見つけたんですか?」

 彼が問うと安心したのか、ポールはおずおずと新聞のような物を机の上に取り出した。リュックはそれを開いて、読んでみる。

 「あれ、一週間前かあ。ちょっと前の記事ですけど……フィジテールの街の人が避難する直前のかな」

 「そうそう、そこによ」ジャンは立ち上がって、ポールの横まで歩いて来る。「……これよ。すげえ小せえ記事だけど……」

 「何だ?」レオナールがその隣から覗き込む。「……武芸大会開催ってヤツ?……どこが有力なんだよ、ジャン?」

 顔を顰めるレオナールに、分からねえかなあとジャンは呆れ、その肩をばんばんと叩く。

 「……今の俺達の力じゃ、あのクッソ強え帝国軍になんか勝てる訳ねえだろ。……この記事、よく見ろよ。参加申請者には訓練つきって書いてあんぜ」

 それを聞き、今度はシーマがやって来て、リュックの隣からそれを覗く。

 「……面白そうだ。しかしフェルブルか。南を目指すより、北から回ったほうが早いな」

 「マジか」レオナールは栗色の瞳を見開いて、両手をぽんと叩いた。「確かに。ここに猛者が集まって来て修行する機会を貰えりゃ、アクティリオンも少しは帝国軍に刃向かえるくれえの力付けられっかもしんねえ……よし、方向転換だ!」

 彼はそう言って早速、操舵室へ走って行った。



 南から一転、北へと方向を変えて海を渡っていた船だが……だんだんと、機動音に変化が見られてきた。

 「おい、変な音しねえか……」

 「……ちょっと、焦げ臭いような臭いも……」

 一同は大変に不安になりながら、上空でそわそわとしていた。……大海原に真っ逆さまでは、修行どころではない。レオナールはこまめに機械室へ走り、技師たちに様子を聞いていた。

 「大丈夫です、大丈夫です……取り敢えずは。でもフェルブルまでは無理かも……」

 「えっ!?じゃあ、どうやって降りんだよ!」

 焦るレオナールに、技師は、フェルブルの手前のペズィーブルという街の手前までは何とか保たせると約束した。ただ、そこはフェルブル共和国に付随する小さな街のため、船を直せる可能性が低いという。

 「……しょうがねえよ。墜落するよりマシだ。そこで降りてくれ」

 ……そのように指示し、またはらはらとしながら、更に一週間ほどを凌いだ。……帝国やあのエクラヴワの暗黒の軍に動きがないかも常に気にはなっていたが、今の彼らにはどうしようもない。

 やがて、地上に雨林が見えてくると一同は心底ほっとした。船はなんとか、雨に耐えてそこを翔び抜けてくれたが、ペズィーブルの街のやや手前の草原で限界を迎えてしまった。

 アクティリオンは船から荷物や食料などを取り出し、仕方がないので機体はそこへ置いて、ペズィーブルを目指した。……二回ほど野宿する厳しさの中で、組織への不満や、旅へ同行することへの自信のなさを告白する者も少なくなかった。しかし、この野生動物の蔓延る草原の真ん中に置き去りにされても生きてはいけないので、彼らは取り敢えず街が見えて来るまではレオナールに着いて来てくれた。

 


 小ぢんまりとしつつも、フェルブルの城下町への列車が出ているここペズィーブルには、ひと通りの店や宿が揃っていた。レオナールはジャンらと喋りながら、一行を率いて街の中央広場まで何とか歩いて来たが、そこで宿を取るために人数を把握しようと振り向く。

 「……あれ?何か、減ってねえ?」

 アクティリオンには、少しずつ離れた仲間はいるものの百人は残っていた筈である。……しかし、そこにいるのはジャンとアナ、それからシーマとエマ・リュックの姉弟、それからフランクとポールの兄弟……あとは其々数人の酒場の仲間と元エクラヴワ兵だけであった。……つい先日まで親しく会話していた筈の船の技師たちでさえ、見当たらない。

 「……気付かなかったのか。街の入口でかなりの人数が、静かに離れていったぞ」

 シーマが淡々とそのように言う。レオナールは愕然とした。

 「ま、マジで!?な、何で引き留めねえんだよ……って、ナディアは!?あいつも?」

 すると、アナが腕組みし、溜め息をつきながら口を開く。

 「……旅がキツくて、前からグチってたからね。……それに兵隊の一人とデキてたみたいよ。レオはちっとも振り向いてくれないし嫌んなったんだってさ」

 「……」

 ぽかんと口を開けているレオナールに……伸びに伸びた前髪を最近は横に除けて、少しは顔が見えるようになったフランクが、おずおずとこのように言って来た。

 「レオ……実は、おれたち兄弟も……もうやめてえんだ。武芸大会や修行なんて、全然自信ねえし……」

 それを聞いて吃驚したのはレオナールだけでなく、リュックもだった。彼は兄の後ろに隠れているポールに駆け寄る。

 「そんな、いいんですよ。別に大会に出なくたって……僕だって魔術しか出来ないから参加するつもりなんかないし。第一、武芸大会の情報持ってきてくれたのも、ポール達でしょ?」

 ポールはそれを受けて、申し訳なさそうに俯き、ますますと兄の背に身をくっつけた。レオナールも必死になって、ふたりを説得する。

 「そんな……そんな寂しいこと言うなよ、フランク、ポール。国ではずっとオレに付いて来てくれてたじゃねえか。オレが、どんなにムチャ言っても……!」

 「……」

 沈黙に、レオナールはただ緊張するしかなかったのだが……フランクは、やがて静かに頷いてくれた。

 「……そうだな。ここで離れたって……おれ達、帰り方も分かんねえ。もう少し付き合うぜ」

 彼の言葉に、レオナールもリュックも胸を撫で下ろした。

 「……良かった。……でも、随分と寂しくなっちまった。取り敢えず、今夜はゆっくり休もうぜ……」

 十数人程度でも、レオナールを信頼して付いてきてくれる大切な仲間だ。彼は人数が大幅に減った分、大幅に奮発して、快適に過ごせる少し高級な宿を取った。

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