【I-031】実力の差

 只一発の、来訪を知らせる為の空砲をこちらが打ったのに対し、地上からは無数の砲撃が返って来て、最初から容赦なく撃ち落とそうとして来る意思は明白だった。

 「おお、噂通りだな。随分と威勢がいいぞ」

 ヴィクトールは船窓からその様子を確認して、まるで何か珍しい生き物でも発見した少年の如く、嬉しそうにそう言った。

 「あれだけやる気を見せられたら、こうして上から眺めてても仕方ない。早速降りて相手してやろう。準備は万端か?」

 彼が振り返ると、既に三人の元帥がそこへ控え、力強く敬礼する。彼らが其々の戦隊を率いるべく司令室から出ると……そこに設けられている銀の台に横たえられた巨剣の輝きが現れた。

 炎は、自らの背丈以上の刃の柄を片手で軽々と握り上げると、それを背負い、宝石をあしらった薄布を適当に巻き付けた。そして衛兵の敬礼を受けながら司令室を出ると、船尾の方向へ向かう。

 そこに、竜舎があった。彼はその両開きの大きな扉を、自ら開いて中の存在に呼び掛ける。

 「フェリ、もうすぐ出番だ。この雪の中じゃ、お前の姿は映えなくて寂しいけどな」

 竜は信頼する主の声に応えるように、キュルーンと小さく鳴いた。



 産業の発展はまだまだと思われていたフィジテール軍も、いつの間にか戦闘に耐え得るような飛翔船を用意できるようになったらしい。まだ上空に残る何隻かの帝国空軍の船に対して、小型ではあるが数十隻の船を出して砲撃を開始している。……そちらは技術兵団の副帥ミュラがしっかりと対応してくれているはずだと、サイラスは地上から鼓舞するように視線を送る。

 そしてここへ降りた少数精鋭の技術兵団員は、皆、銃士だ。街外れの雪山の向こうからは、フィジテール軍の、馬に乗って槍を構える古典的体裁の兵士たちが徒党を組んで奔って来る。相手の長が、隊列を奮い立たせる。

 「見ろ、剣さえも構えておらぬ。あの棒一本でこの騎馬隊を蹴散らすつもりか」

 その馬鹿にしたような表情を見て、サイラスは独特の気取った笑みを浮かべながら、前髪を払い、その手をそのまま流れるように、腰に携えた武器に移す。……配下が構えるのは長銃だが、彼がそこから取り出したのは短銃だ。それをくるくると華麗に回しながら、その敵の隊長に向ける。弾くように軽く引き金を引くと、次の瞬間には弾は相手の眉間に命中し、その大きな身体を落馬させた。

 それを合図に、銃士たちも一斉に長銃を構え、放った。フィジテール騎馬隊たちは、馬が敵陣に辿り着く前に次々と倒れ、転げて雪山を赤く染めてゆく。……技術兵団元帥は最初の弾を打った位置から全く動いていないのに、誰一人として相手がここへ辿り着かないので、また銃を軽く回してから少し困ったように腰に手を当てた。

 「参ったぞ、あっという間に決着が付いてしまいそうだ。抜け駆けしてしまうと、退屈になってしまうな」

 彼はそう言って、そこから東に広がる山の向こうを見た。……そこからは、たびたび光の束が迸っている。



 その発信元になっていたのは、魔術兵団だ。対するフィジテール軍も、魔術師たちを放っている。……しかし、そのもたつきの目立つ姿に、魔術将軍は少し苛立ってきていた。

 「術を唱えるのに、どうしてそんなに時間がかかりますの?」

 随分と手加減して待ってやっているというのに、たまにぽんぽんと、か細い光の玉が飛んで来る程度だ。メイリーンの調べたところによると、フィジテール軍は常日頃からエクラヴワ勢力に対抗する力をつけるべく、実直に鍛錬を積んでいるとなっていた筈だが……それは誇張された表現だったのかと、彼女は少しがっかりとした。

 向こうから飛んでくる炎や氷の玉や閃光を、配下たちが地道に打ち返しているのを見て、球技大会ではないのだから、と元帥は溜息交じりに呟く。そして痺れを切らし、そこにいた副帥のミミールに杖を突きつけた。

 「これでは効率が悪いわ。楽しみを期待するのは止めて、一気に方を付けましょう」

 指示を聞いてミミールは頷き、小隊に号令を出す。そして再度前を振り向いた時、そこへ……今までにない規模の光の束が飛んでくるのを見た。

 「元帥……!」

 「判っているわ。少しは頑張ろうとしているようね」

 メイリーンは杖を両手で正面に構える。そして鮮やかな紅色の唇の端を上げると、次に、そこから非常に長く複雑な言葉を、一言一句途絶えることなく素早く正確に紡ぎ出す。

 次の刹那……彼女を先頭とした魔術兵団のひとかたまりが、巨大な光の半球に包まれた。相手側の魔力の束は、その養分となるようにそこへ吸い込まれていく。やがて、きらきらと美しく雪に反射した光が舞い散るように消えると……敵兵の長の引き攣った表情を、メイリーンはにっこりと満面の笑みで捉えた。

 「……魔力を譲ってくださってありがとう。お陰様で……退屈しそうですわ」

 そして次に、隊列から一斉にから放たれた衝撃波により……フィジテール魔法術隊は、雪山からほぼその姿を消した。



 そして、正攻法で城門前に辿り着いたのが、騎士兵団。フィジテール歩兵軍の三分の一ほどの彼らは、その数を殆ど減らすことなく、城下町の住民たちがほぼ避難済なのを確認しながらここまで押してきた。

 フィジテール側も、彼らと同じように剣で戦うこの歩兵が大部分を占める。しかし、重厚な鎧を着込んで大きな盾を翳しながら、大層な音を立てて思い切り剣を振るってくる彼らに対し、グランフェルテ騎士たちは城内を警護する際の軽装に、要所を守るための僅かな防具を追加した程度の体裁で、舞うように優雅に戦って敵を薙ぎ倒してゆく。

 そして倒れた相手に対しては、敬意を評して逐一胸の前で十字を切って、次の相手へ向かう。……その澄ました姿がいけ好かないと、フィジテール側の歩兵達を余計に憤らせているようだ。

 (……しかし、この程度か?)

 元帥アルベールは隊列の最後尾で、軍全体を見渡しながら疑問を抱いた。……隣国の侵攻を返り討ちにし、エクラヴワに武力行使をちらつかせる程の自信があるのだから、フィジテール軍はさぞ実力のある軍隊なのだと買い被っていた。だが、蓋を開けてみれば全く、彼の評価に及ばない。

 五人ほどの歩兵が、前後左右から雄叫びを上げて彼に斬り掛かってくる。アルベールは背の長剣を静かに抜き、その身の周りを清めるようにひと回しする。……ガシャガシャと大きな音を立てながら倒れゆく敵兵たちひとりひとりに、彼は丁寧に黙祷を捧げた。

 ……恐らく、フィジテール軍が特別に弱いのではない。これが、世界標準なのだろう。ただグランフェルテ帝国は、その頂点に立つ者があのように常識外れな強さを持っている為、それに恥じぬ基準を求めて日々鍛錬をを続けてきた結果、ここで圧倒的な優勢を生み出す形になってしまっただけなのだ。

 「この短時間で終わってしまうようでは、困るな……」

 碧眼は街外れの雪原で待機しているはずの、司令船の方をちらと見遣る。その周りで戦っている技術・魔術両兵団からも、もう既に大方を済ませてしまったとの報せが入っている。……このままでは、自分の出番がないと拗ねられてしまうに違いない。

 「……まあ、仕方がないだろう」

 皇帝の真に出る幕は、相手の首脳との交渉であって戦場に出る事ではない。それならば無駄に戦を長引かせる意味はないので、早目に降参に追い込んでしまおう。そう思ってアルベールが前を見据えたところ、隙を狙おうと画策していたらしき敵兵の小隊長が剣を引っ込めてひいっと声を上げ、後退っていった。……そこへ、副帥ルネが駆け寄って来る。

 「閣下、フィジテール側から一時停戦要請が出たようであります。間もなく、敵軍も引くでしょう」

 「……了解。では、我が軍にもそれを伝えよ」

 ルネが返事をして去ると、アルベールは小さい溜め息をつき、呆れながらフィジテール城を見上げた。……降参でなく、一時停戦とは。気概だけは立派なものである。



 三元帥が司令船に戻ると、案の定……皇帝が不貞腐れたような表情で待っていた。

 「何だ、これ。期待と全然違うじゃないか」

 仕方がない、どこと戦ってもこのようなものだとアルベールは諭したが、ヴィクトールは納得した素振りを見せず、司令官の椅子に乱暴に腰を下ろしては、ますます口を尖らせた。

 「折角、装備も整えたのに。フェリにだって気合を入れてやったのに。これなら、先日エクラヴワの王子と遊んでやった時の方がましだ」

 「だから、そんな愚痴を言っても仕方がないだろうに……」

 眉を顰める騎士将軍の隣で、メイリーンは珍しくも失敗してしまったというような表情で、懸命に次の策を脳内で組み立てている。そのさらに隣のサイラスは、ひとつ疑問を口にした。

 「一時停戦などして、どうするのでしょうな。時間は明日までで構わないといいますし……まだ、軍隊でも隠し持っているのですかな?」

 「援軍でも頼んでるんだろ」

 ヴィクトールは片肘をついて、特に面白くない、といった様子で言い捨てたが……そこで何か思いついたのか、また少年のように悪戯っぽく笑う。

 「……いよいよ、エクラヴワが来るんじゃないか?仲良しみたいだしな」

 アルベールとサイラスはそれを聞いて、また少し気を引き締める。……この皇帝の思い付きは、多くの確率で、当たるからだ。

 「……では、そうなった時の為に準備をしよう。各々、兵団に戻り懇ろに打ち合わせておくように」

 三大兵団を纏める役割を兼ねる騎士元帥は、そのようにふたりの元帥たちに声を掛けた。彼らが敬礼をして去ると、アルベールはヴィクトールの肩を叩く。

 「まあ、長らく立ち向かう者さえ存在していないエクラヴワだ。お前の勘が当たったとしても、期待するな。……それより女王を説き伏せる方が大変ではないのか?」

 「まあ、それは頑固な婆さんらしいからな。首を斬り落とすのも、可哀想だしな」

 アルベールが渋い顔をするのを愉快そうに見てから、彼は立ち上がる。

 「あんまり前もって用意しておくとうまく行かない。相手の顔を見て考えるさ。それより……夜になると面白いものが見えるって、魔術元帥が言ってたぞ」

 また後でな、と言って、ヴィクトールは騎士より先に司令室を出ていってしまう。……彼とはもう大変に長い付き合いになるのに、未だに掴み所の分からない事があると、アルベールは困り顔になったが……自らの配下と急いで打ち合わせをしなければならない事を思い出し、皇帝の後を追うように退室した。

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