第19話 夢から醒めても

 真純がゆっくり目を開けるとそこは新幹線の中だった。窓に都会の景色が映っても、夢か現か自分がどこで何をしていたのかわからなかった。膝の上にはガイドブックが開きっぱなしになっている。ページには壬生寺の写真が出ている。

 「まもなく、京都です」というアナウンスに我に返った真純は、荷物をまとめ京都駅のホームに降り立った。京都駅を出発する新幹線を見送りながら、真純は思う。

「全部、夢か…。」

 真純は夢で見たとおりに祇園へ向かい、土産物店で斎藤一の愛刀といわれる「池田鬼神丸国重」の模擬刀を購入。店員のうんちくに適当に相槌をし、その足で壬生寺に向かった。

 すべてはここで始まった。壬生寺でお参りをしてからタイムスリップしたのだ。汗ばむ陽気の中、境内の隣にある幼稚園らしき子供達が本堂の前の砂利で遊んでいる。

「沖田さん…。」

 夢の中では本当に、沖田総司がこの場で子供達と遊んでいた。そして沖田と斎藤が練習試合をしていたのもこの場所だ。2人が刀を握ったときの華麗な立ち振る舞いは今も目に焼きついている。真純はまた夢に戻れることを願って手を合わせた―。

 しかし、目を開けて飛び込んできたのはさっきと変わらない、現代の壬生寺だった。やはり、夢は夢でしかなかった。

 それから真純は八木邸と前川邸を見て回った。この2つの屯所での出来事は夢とはいえ鮮明に思い出せた。(※詳細は、新選組・夢想録をお読みください)夢で終わらせるにはあまりに切なかった。

 その後東京に帰り、仕事場と家を往復するいつもの生活に戻った真純は、新選組の本を手当たり次第読んだ。夢とはいえ、自分がその歴史の中にいたような錯覚がした。

  真純は夢の興奮が冷めず剣道を習い始めた。夢の中で斎藤に剣術を教わった記憶が体に残っていて、それを忘れたくなかった。道場で先生と手合わせすると、

「剣道は初めてだと言ってたが、太刀筋がなかなかいい。どこかで習っていたのかね?」

と褒められ、真純は幕末の剣士、斎藤一に稽古して貰ったと言いたいのをこらえた。斎藤には会えずとも、竹刀を振ることで斎藤に近づける気がした。

 真っ青な天気の日曜日。真純は隅田川の土手を歩いていた。夢の中で斎藤は、よくここに来ていたと言っていたのだ。子供達が野球やサッカーをしたり、大人が犬を散歩させたり、カップルが仲睦まじく歩く平和な光景がそこにはある。

 真純は 新撰組のことを検索するうちに 、斎藤が斗南移住後上京して警察官になったこと、時尾と結婚したこと、西南戦争へ従軍したことを知った。

「時尾さんなら、いいか…。」

 と言いつつ、真純はふとやそのことを思い出した。夢の中でやそは斎藤のことを慕っていたが、斎藤は縁談を断り真純を選んだ。やそは自分のことを恨んだだろうか・・・。現代の史料では、篠田やそのことは消息不明となっており、斎藤と婚姻関係があったかどうか確証はない。

(でも、ホントは時尾さんがうらやましい。)

 斎藤とこんな景色の中をゆっくり歩いてみたかった。お酒を飲んだり、斎藤を笑わせたり。

 しかし、斎藤はあの後、上京して内務省の警視局で警部補となり(1877年・明治10年2月)、同5月17日に「警視第二番小隊半隊長」として西南戦争へ従軍することになる。そこで大分県豊後口の戦闘に参加し、敵に斬り込みをかけて 大砲2門を奪う手柄を立てた。その後、高床山(大分県佐伯市葛原浦、三川内辺り)で銃創を負った。

「斎藤さんとまた稽古がしたい!」

 真純は竹刀を振るまねをした。自分でも夢に出てきた人にここまで恋焦がれるのもどうかしていると思う。現実には、斎藤とは150歳以上も年が離れており、時代が違うとはいえ斎藤は人を斬った事があり、自分とは世界がかけ離れすぎている。それでも、真純は自分が新撰組とともに過ごしたことを夢だと言って終わらせたくなかった。


「行ってきます。」

 真純は模擬刀の「池田鬼神丸国重」に向かってつぶやき、家を出た。今日もこれから剣道の稽古がある。

 防具をつけ他の弟子と打ち込みの稽古をする真純。斎藤への思いを断ち切るように、竹刀を強く振り下ろす。すると他の弟子が割って入り、真純の練習相手に話しかけ、交代した。

「本気でかかってこい。」

(何?弟子のくせに…。)

 面をつけていて相手の顔がよく見えないが、真純と打ち込みをしたいらしい。それなら喜んで手合わせしてやろうと、

「えぇぇぇい!!」

 真純も力いっぱい竹刀を手にぶつかっていく。突然、真純ははっとする。面の奥にある瞳、俊敏な動き、相手の重い竹刀…この感触は―。すかさず、真純から一本取った相手はいきなり面を外す。

「もう一度、かかってこい。」

 そこには真純が今一番会いたい剣士が立っていた。    

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新選組 夢想録 ~明治編 @kokisa

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