第16話 東京

 斎藤は松平容保親子らの護衛を務めた後、東京の町を駆けずり回った。会津藩士になれと、君主のように自分に言い放った真純を探すために。見つけ出してどうするなど、考えていない。五戸から一人去って行った真純の安否だけでも知りたかった。

 身寄りがいないと言っていた真純の行きそうな場所といえば、松本良順の病院だった。真純が江戸で新撰組の沖田総司の看病をしていた頃、松本は会津へ向かい負傷者の治療をし、会津降伏後は東京で禁錮の身となったが、放免された後、早稲田に病院を設立した。松本は軍医としての経験を変われ、現在は兵部省の軍医頭となっていた。早稲田の病院を訪れ松本と会うことはできたが、彼のもとに真純は来ていないし連絡もなかった。

「私が君たちの仲人になるかと思っていたよ。」

 応接室に斎藤を迎え、松本は腰を下ろした。斎藤は無言で頭を下げた。

「否が応にも時代は変わった。斎藤くんも、好きに生きたらどうだね。君は新選組では汚れ仕事を引き受け、近藤君や土方君を支え、会津藩のために十分働いた。これからは自由に生きたらいい。綾部君は、いつも自由だった。無茶なことをと思ったりもしたが、生き生きしていた。彼女は剣術はからきし弱くても、新選組一の強さを持っているかもしれんな。」

 一度、斎藤は真純に聞いたことがあった。「あんたの逞しさはどこからくるのか」と。

真純は、夢を見ているからだと言っていた。夢と言うのは人を強くするものなのか―。

 松本は、真純のことがわかったらすぐ書状を送ると言ってくれた。

 斎藤は松本から真純の行きそうな場所を聞き出し、沖田総司の墓や沖田が息を引き取った千駄ヶ谷の柴田平五郎宅を訪ねたが、真純が来た形跡はなかった。

 斎藤はその後日野へ足を運んだ。日野には土方の姉夫婦がいて、昔隊士募集のため江戸へ来た時、土方と真純はここを訪れていた。土方の姉のぶの夫、佐藤彦五郎は日野宿の名主で、京にいる新選組の支援をしていた。

 斎藤がのぶと彦五郎に面会すると、旧幕府軍が箱館で降伏した後、市村鉄之助という土方の小姓がのぶのもとを訪れた話を聞いた。土方は自分の写真や髪を日野に届けるよう命令したのだ。

「市村さんの話では当初、綾部さんがその役目だったそうですが、綾部さんが頑なに拒んだので、市村さんが引き受けたそうです。市村さんも最後まで戦いたかったと言っていました。」「綾部は、土方局長の最期を看取ったと言っていました。」

「真純さんが最後までついててくださったなんて、歳三は幸せ者です。」

 のぶは、仲がよかった弟を思い出し目頭を押さえた。

「あの、綾部は、ここに来ませんでしたか。」

「いいえ。甲州へ向かう時以来、残念ながらお会いしていません。藤田様、秀全先生のことはご存知ですか。」

 斎藤秀全とは、新選組では斎藤一諾斎と名乗っていた人物である。一諾斎は甲陽鎮撫隊に物資援助をしたのをきっかけに55歳という年齢で入隊し、近藤、土方とともに勝沼で戦った。江戸に敗走の後一諾斎は彰義隊に加わったが、上野戦争終結後真純と会い、2人で会津に向かったのだった。その後仙台にて降伏し、静岡で謹慎の身となったのち、しばらく佐藤家に身を寄せていたのだった。今は、甲州の寺で住職となっているという。

「綾部と会津に来られたときに会いました。」

「秀全先生が真純さんにどうして新選組の後を追うのか尋ねたところ、『自分はずっと前から沖田さんの病死と土方さんが箱館で討ち死にするのを知っていた。沖田さんは助からなかったけど、土方さんのことはどうしても阻止したいのです。』と真純さんが言われたそうです。」

「…それで一諾斎殿は―」

「不思議と真純さんの話を信じられたそうです。だから真純さんは身の危険を顧みず、箱館まで行ったのかもしれません。」

 斎藤は真純が、「やそと結婚することが運命だ」とか「生まれてくるであろうやそとの子」などと言っていたのを思い出した。まるで、この先起こる出来事を知っているかのようだった。

「何だか不思議な方ですわね、真純さんは。そういえば、先ほどの話に続きがありましてね。

真純さんは『あと、鬼隊長の山口さんと上等のお酒を飲んで、思いっきり笑わせたいんです。』と話されたって。山口さんって藤田様のことですよね。」

 のぶは、湿っぽくなった空気を変えるように笑った。斎藤は照れ隠しに茶を口に運んだ。

 斎藤は佐藤家を辞して品川に戻った。そこから船に乗り、田名部に戻るつもりだった。

(真純…あんたはどこで何をしているんだ。)

 船が陸奥湾に入り函館を経由した時、斎藤は思った。あの時成し得なかった箱館に今度こそたどり着きたいと。

 会津での戦の真っ只中、土方は援軍要請に庄内藩へ行ったが叶わず、仙台に行き軍を立て直して新政府軍に抗戦する構えだったが、斎藤は会津藩や旧幕軍の兵士が目の前で戦い倒れていくのを見て、立ち去ることができなかった。降伏後も会津藩に身をささげる覚悟だったが、土方率いる新撰組が蝦夷地で戦っていると聞き、越後高田の謹慎所を脱走した。もう一度土方と共に戦いたかったが、解きすでに遅し―。蝦夷地に渡る前に土方の死を知ったのだった。


 斎藤は函館港に降り立つと、真純が以前治療を受けたと聞いた箱館病院を訪れた。真純が患者の所へ行っていると言われ、斎藤は病院を離れ弁天台場を見にここまで歩いてきたのだった。

 斎藤はここまで来た経緯を真純に聞かせた。

「とにかく、無事で何よりだ。」

「…」

 斎藤は弁天台場に眼をやる。

「真純。」

「…」

「何かあったのか。」

 真純は斎藤を直視できなかった。

「どうして…こんな時に斎藤さんがここにいるんですか…」

 斎藤は真純の肩を抱いた。

「土方さんが、俺とあんたを引き合わせた。」

 斎藤が耳元でつぶやいた。

 物陰から、2人を激しい憎しみに満ちた眼差しで見つめている男がいた。

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