第7話 斎藤の縁談
五戸にあった斗南藩庁を田名部に移したのが明治4年(1871年)2月。伴い幼い斗南藩主松平容大公も田名部に移った。そして家名再興後も和歌山藩で謹慎していた松平容保公は斗南藩へ預替えとなり、同年7月、田名部にへやってくることになった。小参事の倉沢や上田七郎らは、容保公を迎えるため田名部に向かい、斎藤も同行した。
「容保公は、新撰組の働きを高く買っておられた。五郎が最後まで会津に留まり、斗南藩のために尽力していることをありがたく思っておいでだ。」
「もったいないお言葉です。」
倉沢の一言で、斎藤は「新選組」と言う言葉をかみしめる。新選組にいた頃、斎藤は多くの人間を斬ってきた。正直、その名前を忘れてしまいたくなることもあったが、自分を形容するときに必ずその名前が出てくることを認めないわけにはいかなかった。
「ところで五郎君、やそと夫婦になる気はないかね。」
「七郎、何ゆえ急にそのようなことを申す。」
驚いた倉沢が上田に尋ねる。やそは上田七郎の家に同居している。
「やそを独り身にさせておくのが気の毒でなぁ。やそは、もともと大身篠田家の娘、五郎君にも悪い話ではなかろう。あんたのことも気に入っているようでな。この話をしたら顔を真っ赤にしておった。」
上田は娘を思う父親のようだった。
「上田殿、せっかくですがその話はお断りします。」
斎藤が表情を変えずに落ち着いて答える。
「何か、問題でもあるのかね。」
「俺には決まった者がおりますゆえ。」
「…綾部君のことかね。あの近藤局長の遠縁の。」
「五郎と綾部君には、京にいる頃からのつながりがある。誰もそれを断ち切ることなどできん。」
倉沢が斎藤の気持ちを代弁する。
「だがなぁ、五郎君。こんなことを言ってはなんだが、綾部君といれば、どうしたって新選組の名が出てきて過去の事件をほじくり返され、あんた自身も罪に問われるのではないか。新選組のことを表沙汰にしないためにも、彼女とは関わらない方がいい。・・・それに五郎君は会津藩士となったのだから、やそとの縁談は箔がつくだろう。」
一介の浪人だった斎藤には、大出世の話であった。
「…しかし、拙者の考えは変わりません。」
「まぁ、五郎もそう急いで結論を出す必要もあるまい。」
倉沢がなだめて話題を変えた。それでも斎藤の心は決まっており、どういわれようとも迷いはなかった。
斎藤たちが田名部に到着した次の日、円通寺にて旧会津藩士たちは松平容保公に謁見した。斗南藩主である幼い松平容大を横に、容保は旧会津藩士たちにねぎらいの言葉をかけた。やがて、広間に居並ぶ旧藩士たち一人ひとりに話しかけた。後方に隠れるようにいる斎藤と目が合うと、
「今は藤田五郎と申すのだったな。そなたの働きには大変感謝している。最後まで会津のために高久村で戦っていたことは聞いている。」
「もったいないお言葉です。」
「藤田よ、そなたはまだ独り身か。」
「はぁ。」
斎藤は戸惑い素っ頓狂な声を出し、周囲の笑いを誘う。
「妻をめとる気はないのか。」
「大殿、藤田には篠田家の娘を考えております。」
斎藤の隣に座っている上田が口を挟み、やその父が大身の身分であると告げる。
「おぉ篠田内蔵の娘か。それなら申し分なかろう。」
「大殿、せっかくですが拙者はそのような話をお受けできるような立場ではありません。」
斎藤は平伏したまま申し立てる。
「いや、そなたはりっぱな会津藩士であるぞ。」
「しかし、拙者には決めた者がおりますゆえ―」
「ほぉ、どこの女子か。」
「綾部真純という、新撰組のもと隊士です。」
数ヶ月前に一時捕縛された真純のことを知っている者もおり、広間がざわついた。
「綾部…。新撰組に女子の隊士がいるとは聞いたことがあったが―」
容保の側近が、耳元で容保にささやく。
「おぉ直鉄の縁談の相手か。そんなこともあったな。」
原直徹の名前を聞き、一堂はまたざわついた。原直徹は新政府転覆計画の実行するグループにいたが、計画が明るみに出た後捕縛されて打ち首となった。
「藤田、綾部という女子のことはよくわからぬが嫁にするなら会津の娘がいいぞ。いい知らせを待っている。」
そういい残して容保は別の藩士と話し始めた。さすがの斎藤もこの時ばかりは元会津藩主に返す言葉がなかった。
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