第6話 捕縛

 明治4年を迎えたある日、五戸の町に軍服姿の役人が馬に乗って現れた。ここ五戸がある三戸郡を黒羽藩(今の栃木県大田原市にあたる、下野国にあった藩)が取り締まっており、その兵士も黒羽藩の役人であった。

〔※黒羽藩は、会津藩との国境である三斗小屋で会津藩士(旧幕府軍)と激しい戦を繰り広げ、会津藩寄りの地元民を虐殺した。〕

 地元の人間は物珍しげに見ていたが、会津から移住してきた人々は明治新政府の監視と気づき、目をあわさず歩いている。その役人のところへ野良着姿の密偵が近づき、小声で何かささやいている。話を聞いた役人は馬を歩かせ、向こうから歩いてくる真純を呼び止めた。

「なぜ、そのような出で立ちをしている。女子が散髪するなどあり得ん。」

「どんな髪形をしていようと本人の自由ではありませんか。」

「女子にそのような自由などない。何より見苦しゅうてならん。いっそのこと剃髪して尼にでもなるがよい。おい、この女子を代官所につれていけ。」

 役人が命令し、野良着姿の男が真純の腕をつかんだ。

「待ってください。髪を剃るつもりはありません。」

「いいから来い。話は向こうで聞く。」

 しかし真純は地に足をつけ、動こうとしない。

「貴様…まぁ、ここで禊をするのも悪くないな。お前、何者だ。移住者名簿に名前しか載っておらんぞ。」

 この役人たちは、三戸で真純を見かけておりすでに調べ上げていた。真純は、自分が江戸にいたこと、松本良順のつてで会津に来たことを告げるが、

「そんなことはどうでもいい。お前は、反乱を起そうとした原直徹の許婚だったそうじゃないか。」

 真純はそんな個人的なことまで調べられてしまうことに驚いた。

「許婚ではありません。縁談があっただけです。」

「もと会津藩主の側近だった男をお前にあてがったのは、新選組の近藤勇だというじゃないか。武装蜂起してもおかしくない理由だらけだな。」

 原直徹と縁談があったことは京都にいた会津藩士が知っていてもおかしくない。そのことを覚えている藩士が斗南にいるかもしれない。当時、近藤は真純のことを自分の親戚だということにして縁談を進めようとしたのだ。

「武装蜂起だなんて考えてません!」

「だが、会津藩に仕えた悪名高き新選組の名を聞いて、引き下がるわけにはいかぬ。お前が新選組の事件に片棒をかついだことなど、すくわかる。」

 役人は野良着の男に真純をつれていくよう合図する。いつのまにかできていた人だかりを割って、倉沢が前に出た。

「お待ちください。その者は、病気の移住者たちを看病し、斗南開拓に尽力しております。決して怪しい者ではありませぬ。」

「何もかも調べてからだ。」

 役人は倉沢に背を向け、去っていく。倉沢はなおも追いかけようとするが、親戚の上田七郎に止められる。

「おい、やめておけ。あんたも知ってのとおり、謹慎されている容保公が斗南藩へ預け替えとなる話が出ている。今騒ぎを起せば心証を害し、さらなる罪を着せられるやもしれん。」

 そう言われると倉沢は引き下がるしかなかった。

 倉沢の家では、真純が捕らえられたことで皆気分が沈んでいた。しかも斎藤は留守である。 五戸にあった斗南藩庁を田名部(青森県むつ市)に移すことになり、それに伴い幼い斗南藩主松平容大公も田名部に移るため同行しその護衛に当たっていた。

 次の日、真純は縄で縛られ、牢から代官所の庭に連れて行かれた。たった1日暗い部屋にこもっていただけなのに、日差しがとてもまぶしく感じられた。

(もしかして切腹・・・?それかひょっとして、長かった夢が終わろうとしている?やっぱり、これは夢だったんだ。夢なら切腹しても痛くないはず。でも・・・最後に―)

 思い浮かべたのは斎藤の姿だった。

「綾部真純、おじげづいたか。お前の素性はどうもはっきりせぬが、土方歳三率いる新選組と函館まで行って戦ったそうだな。明治政府の敵であることには変わりあるまい。よって、剃髪し戦闘の意思がないことを示せ。」

「えぇ!?そんなの嫌ですよ!!」

「医者は皆剃髪している。お前も女だてらに医者ならちょうどいいではないか。」

「いやです、絶対に剃髪なんてしません!」

「口答えするな!!俺がやってやる。」

 役人は真純の首根っこを掴み、無理やり地べたに座らせ、懐から剃刀を取り出した。。

「動くと頭がが斬れるぞ。」

 役人の部下が真純の体を抑える。蓑笠をまとった町民がやめろ!と訴えたり、見るに見かねて眼を覆っている女たちもいた。時尾と克子と民、やその姿もあった。

 真純は悔しくて涙が出てきた。なぜ新選組にいたからといって、女だからといって、剃髪しなくてはいけないのか。自分のことを信じてもらえないのか。

(近藤さん…。)

 真純はふと板橋で斬首刑となった近藤勇のことを思い出していた。近藤は恐れおののくことなく、刑を受け入れた。真純の頭のてっぺんの髪が切られ、地面に落ちた。

(私も、近藤さんのように―)

「やめろ!!」

 馬のいななく声とともに代官所の門から斎藤が現れ、真純に駆け寄った。そして、役人をにらみつけた。

「新選組の副長助勤3番組組長の方が、相手としては面白いのではないか。」

「3番組組長だと?」

 部下が何かつぶやくと役人の顔色が変わった。斎藤の殺気がみなぎっているのを感じ取った。

「会津で新選組を率いていた山口、いや斎藤一・・・。生きていたのか。」

「証拠も示さず、ろくに調べもせず罪に陥れようとするとは明治政府も地に落ちたものだ。先の戦では、敵味方どちらにも髷を結わずに散髪する兵士も多数いた。女子だけが長髪である必要もあるまい。」

 斎藤は真純の頭に眼をやる。頭頂部の皮膚があらわになっているが、剃り方が悪く血がにじみ出ている。斎藤は怒りがこみ上げ、

「あんたにも同じ傷を作ってやる。」

 斎藤は瞬く間に刀を抜き、役人の頬に刃先を向けた。

「いずれお前を洗いざらい調べれば、罪に陥れることなどたやすいだろう。」

 そういい残し、役人たちは代官所の門を出て行った。様子を見守っていた人々は安どの表情を浮かべ、帰っていった。

「真純さぁん!」

 時尾が駆け寄って、真純の頭にてぬぐいを当て蓑笠をかけてくれた。

「弟が田名部にいる藤田様を呼びにいきました。間にあってよかった…。」

「皆さん、ありがとうございます。ご心配おかけしました。」 

「真純さんがそのような髪型をなさっていなければ、大きな騒ぎにならなかったのではないでしょうか。」

 ずっと黙っていたやそが、つぶやいた。

「やそさんの言うとおり…でも、この髪型は、私にとって譲れないものです。時代がそうだからとか人目が怖いからといって変える気はありません。」

「真純さん…。」

 やそは、それきり押し黙ってしまった。


 帰り道、真純の隣を歩く斎藤が言った。

「明治政府の監視を甘く見ていた俺が悪かった。」

「いいえ、髪型のことで今まで何のお咎めなかったのが不思議なくらいです。私のためにわざわざ、すみませんでした。」

 急に真純は体の力が抜けて地べたにしゃがみこむ。

「大丈夫か。」

「やっぱり、ちょっと怖かったかもしれません。」

 真純は作り笑いを浮かべた。

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