秋の空は高すぎる 13
コンコン、と実行委員の本部へ通じるドアをノックする。目的の人を呼び出すと、ここにはいないと言われた。そんなときのために、杏奈さんからあの人がいそうな場所をすべてピックアップしてもらったのだ。探偵には探偵のコネというものがあるらしい。それで犯人は分かる。でも説得はできない。あくまで正規のルートから手に入る情報と僕の仮説だけを頼りに、杏奈さんから託されたのだ。
「探しましたよ」
僕はその人に声をかける。やはり学生会館の屋上にいた。
「小宮山さんは? しっぽ巻いて逃げたのかい」
「彼女が犯人はあなただというのです」
僕はまず実行委員の中に犯人がいる、という話をした。
「それで? その中でなぜ私だと」
「はっきり言って証拠は、無いに等しいです。杏奈さんが防犯カメラの映像を手に入れれば確実なものだと言っていましたが」
「そこまでできねえわな」
カカカ、と笑う。実際はできるのだろうけれど、不当に手に入れた証拠は全く使えないのだ。
「唯一の証拠があるとすれば、あなたが今回の騒ぎがなかったように大学側に掛け合ってしまうことでしょうか」
その人は押し黙った。
「あなたならできるでしょう? 起きた騒ぎはどのサークルにとっても不名誉なものですし、大学側にもせいぜい備品の弁償程度。実行委員長として丸め込んで、SNSの投稿も名誉棄損等で削除依頼をかけてしまえばいい。あるいはこれだけの一大イベントになってしまったのだから、誰かに犯人役を押し付けてイベントにしてしまえばいい。そうでしょう? 石丸実行委員長」
僕が呼びかけると、石丸さんはくるりとこちらを向いた。
「けけっ。じゃあ、証拠もないんじゃ話にならんわな」
「いえ。この一連の事件の中でまだ生きているものがあります。動機です」
石丸さんは口をつぐんだ。
「これが単なるバカ騒ぎなら、カードの暗号ももっとシンプルでわかりやすい、例えばオウミサイ、とかそういったものでよかったはずです。また、わざわざ大学の備品を傷つける必要もなかった」
「何が言いたい」
「この事件の動機、それは制裁、そして復讐です」
風の音だけがよぎる。
「被害に遭ったどのサークルも、文化祭の評判を落としかねない爆弾を抱えていました。
まず第一の事件。僕らワンダーフォーリッジには、当時もほとんど顔を出していないとは言え、春の凄惨な事件に密接にかかわった部員がいます。しかも、起きてから半年ほどしか経っていません。
第二の事件。SOUND LIFEのバンド、リジーブルースとポップロックスには悪質なストーカーがいます。他にも、このサークルのバンドにはあまりマナーがいいといえないファンがいるようですね。
第三の事件。コンパスはコスプレの規則違反でしょう。あのサークルでは以前から薄かったようで。例えモデルガンとはいえ明らかに目に見える形で所持していては罰則どころか警察沙汰になりえます。
第四の事件。オーシャンは去年のクイズ大会でトラブルを起こしています。サークル内のトラブルで済まず、実行委員会にまで非難が降りかかったそうですね。
第五の事件。ポケットを調べるのは随分苦労したようです。どうやら彼女たちが開いている合コンというのが、援助交際の斡旋ではないか、そういった噂があるようですね。
第六の事件。あきまへんで! に関してはやはり横山さんでしょう。サークル側が出禁にしても現れる彼を実行委員が止めに入らざるを得なかった。
これだけのグレーなサークルがあるにも関わらず、正当な理由が立てられなかったために参加を許可せざるを得なかったのではないですか?」
「ま、はっきり言えばそうだね」
石丸さんはよいしょ、と立ち上がった。
「そこから考えると、このような暗号をつくった理由の1つは、あなたが復讐として起こすトラブルの目印とするため。全くバラバラの事件も、同じカードが置いてあれば連続犯ということが明確になります」
例えばミステリー研究会で起きた万引きのような、別の人間が引き起こした事件が起きる可能性だってある。それと十把一絡げにされたくなかった。
「それからもう1つは、復讐相手に思い出させるため。
暗号の答えは、マスコユキホ、ですよね」
石丸さんはぴくっと体を震わせた。
益子雪穂。去年の文化祭実行委員長だ。去年の文化祭のトラブルを処理したのはすべて彼女だ。
ここからは僕たちの想像の域を出ない。
なぜ単語から文字を抜き出させた上にアナグラムにしたのか。もし途中で答えが出てしまったら、最後まで復讐をやり遂げることができなくなってしまうからではないだろうか。例えば興味半分で暗号を解こうとしたSNS上の彼らのような、に解かれてしまっては途中で事件が防がれてしまうかもしれない。去年大きなトラブルを起こしたサークルへの事件が後半に集中しているのも、暗号が解読されかかってから気付いてほしかったからかもしれない。
「ここからなら見えるかもしれませんね。彼女が入院している病院」
「……そこまでわかってるのかよ」
石丸さんが僕を睨みつける。
「ま、ここまで来たっていうことは、そういうことか」
石丸さんはフェンスに体を預けた。
益子雪穂は、文化祭実行委員長を務めたことを売りに、とある企業に就職が決まった。しかし、彼女が配属されたのはお客様対応の部署。彼女が買われたのはクレーム処理の能力だったのだ。
「ほんっとにさ。委員長引き受けて役得だったのは就職がさくっと決まったことくらいだってのにさ。その結果がそれかよ。頑張ってきた人が壊れちゃうなんてさ、どう考えてもひどすぎるだろう!」
石丸さんはずるずると崩れ落ちていく。彼女に駆け寄った。
「はっきり言って実行委員長を引き受けなきゃよかったのかも。でも引き受けちゃった以上、二の舞を踏むもんかって思ったら怒りが湧いてきちゃって……あんな奴らのせいで、あんな奴らのせいで!」
彼女の背中をさする。これ以上僕にできることと言ったら、歩き出した彼女がふらついたら、支えることくらいだろう。
荒涼な秋風が、すじ雲さえも消し去っていく。
スピンオフストーリーはこちら
https://kakuyomu.jp/works/1177354054882046943/episodes/1177354054895922112
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます