秋の空は高すぎる 12
あきまへんで! の皆さんから話を聞き終えた後、スマホを確認すると、杏奈さんからの帰宅命令が入っていた。ミス研の売り場に行くと、事が事だけにミス研の方は警察沙汰になり追い払われてしまったのだ。分かったことと言えば、売り場に積んでいた部誌『蜃気楼』がごっそり持っていかれてしまったことくらいである。
あきまへんで! に宛てられたカードは矢次さんが持っていた。預かったカードを家に持って帰ってしまったため、杏奈さんにお詫びのメールを入れた。
電車に揺られながらSNSをチェックする。各企画の宣伝、近況報告、そして今回の事件の考察が飛び交っていた。かなりくだらない情報が垂れ流された画面に、向こう側の人間に怒りすら覚える。スマホの画面を消した。
とあるカラオケボックスに呼び出されたのだ。ロビーではすでに杏奈さんが待っていた。杏奈さんは1時間分の部屋を取る。マイクセットと1ドリンク、僕がコーラ、杏奈さんが野菜ジュースを持って部屋に入った。
「どうしてこんなところで?」
「誰の目に触れることなく話ができ、防音がされている素晴らしい場所です」
まあ、そうも考えられるか。
「では、あきまへんで! から預かったカードを拝見できますか」
「はい」
リュックサックの中を漁り、ビニール袋に入れておいたカードを渡す。杏奈さんは裏返してまじまじと観察した。
「メールの通りカタカナ1文字がありませんね」
今回のカードは表に『麒麟児』、裏に『1』。カタカナはなかったのだ。
「私の推測だと、カタカナは次のターゲットとなるサークルの頭文字。とすると犯人はもう次の事件を起こす気はない、と考えられます。今日が最終日というのが少しネックですが、」
文化祭は今日丸1日あるのだ。実行委員は会議の結果、1時間ごとの備品チェックを行うことを義務付けることを条件に、文化祭の続行を決定させた。
「前提として、ミステリー研究会の件はおそらく別の件と考えられるので、放置します」
「いいんですか」
ミステリー研究会で起こった万引き。売り子が1人で接客にあたっていた数分で、売り場に積んであった部誌20部が消えてしまったそうだ。しかしカードは落ちていなかったらしい。
「裏ルートから集めた情報も加味して考えると、犯人ではありませんから」
さすが、探偵なら裏ルートからの情報入手も行えるらしい。
「あの、先に私事からいいですか?」
杏奈さんは首をかしげたが、まあ、と勧めてくれた。
「僕はワンダーフォーリッジを辞めます」
杏奈さんは黙ったまま聞いてくれる。
「他のサークルの様子を見ていて、今の僕にはついていけないな、そう思ったんです。2年生となると、サークルの中心になる時期でもあります。体制が固まりつつある大事な時期にいなかったのにするりと入れるほど、僕は厚顔でも器用でもないんです」
「久仁さん……」
「いいんですよ。結構会費も痛かったわけですし」
こればかりは、春の事件のせいでも杏奈さんのせいでもない。本音を言うなら、やり直すだけの情熱すら僕には持ち合わせていなかっただけなのだ。
杏奈さんは、「ご自身でゆっくり答えを出すのが得策でしょう」とだけ言った。
「まず暗号の方から片付けましょう。久仁さんが昨日のうちにデータを送ってくださったので、暗号の解読を試みました。こちらが、暗号のデータを整理したものです」
杏奈さんはスマホのメモ画面を見せる。
求人広告 6 ポ (ワンダーフォーリッジ)
金融 3 コ (SOUND LIFE)
ステルスマーケティング 5 オ (コンパス)
法人税 1 ポ (オーシャン)
エンゲル係数 7 ア (ポケット)
麒麟児 1 (あきまへんで!)
「ミステリー研究会の解読の1つ目、数字の通りに並べ替えてみるというのは外れます。なぜなら1が重複しているからです。
今度はミステリー研究会の解読の2つ目、数字が単語の頭からの数と仮定して抜き出してみます」
ほうじんぜい
きんゆう
すてるすまーけてぃんぐ
きゅうじんこうこく
えんげるけいすう
きりんじ
「『ほ』『ゆ』『ま』『こ』『す』『き』。やはり全く意味が通らない単語となります。ところで彼らはこうも言っています。
『小説の中で暗号カードが出てくるなら、まあほぼ犯人への手掛かりになるわけですよ。なぜかって読者はそれを期待して読んでいるわけですから。でもですよ、現実はそう律儀な人たちばかりとは限らないじゃないですか。捜査のかく乱、いたずら、むしゃくしゃしてやった、とにかくいろいろな可能性が考えられるわけですよ』
逆に考えると、この暗号法則は、犯人の中で秩序が取れているのなら構わない。何かコード表のようなものが必要かもしれない。それがもしとある組織の部外秘の情報だったり、特定の人間しか知らないようなネタから作っていたとしたら? そうなるとかなり具体的な犯人像から犯人を絞り出すことになります。
暗号ではなくもっと確実な証拠から犯人を導かなければならないのです。何と言ったって現実の探偵ですから」
そうか、そういう可能性もあったわけか。例えばワンダーフォーリッジのメンバーの名簿から誕生日を抜き出して暗号をつくりました、とかだったら杏奈さんには知りようがないことだ。
「暗号が出ている事件はすべて同一犯、くらいの手掛かりしかないということになりますね」
「今のところはそれで構わないでしょう。なので私は暗号がなかった場合の事件の見方を考えました。
まず第一の事件。ワンダーフォーリッジの出店でワッフルを焼いていたところ、延長コードから煙が上がる。
第二の事件。SOUND HOUSEのバンドポップロックスに差し入れられた飲み物が消えた。しかし飲み物を焼失させたのは別のバンドの秋元希子であるため、この事件ではカードを置いていったのみと考えられる。
第三の事件。コンパスが設置したスタンプ台がなぎ倒される。
第四の事件。オーシャンが開催するクイズ大会に使用されていた解答ボタンに電流が流れるものが混じっていた。
第五の事件。ポケットの出店で綿あめに使う予定のザラメが入った袋に切れ目が入れられる。
第六の事件。あきまへんで! のステージライブ中に倒れそうになったマイクスタンドにつながるコードを掴んだ出演者が感電。
単独犯ならこれらすべてを行うことができるのは、実行委員の人間だけです」
「そ、そうなんですか?」
相変わらず推理が早い。
「まず、この事件は誰にでもできるものと、特定の人にしか実行が難しいものがあります。後者が第一、第四の事件です。
第二の事件はカードを置いてくるだけ。第三の事件は深夜から早朝の人気のない時間帯に起きていること、スタンプ台が屋外にそのまま放置されていたことから絞り込みはまず不可能。第五の事件も出店のテントの裏からこっそりカッターなどでザラメの袋に傷をつけるだけなら、目を離した隙にでもできます。
付け加えるべきかどうかは迷いましたが、ミステリー研究会の部誌が万引きされた件を仮に第七の事件としておきましょうか。
ですが後者の2つの事件は外部の人間には難しいのです。
まず第一の事件の場合、延長コードにカードを巻き込むとなると、一旦コードをすべてほどいてカードを仕込み、もう一度巻くという作業をしなくてはなりません。そんなことができるのは、事件前に延長コードの管理にあたったワンダーフォーリッジのメンバー、あるいは点検にあたった実行委員にそもそも絞られるのです。
次に第四の事件。毎日すべての解答ボタンを試し押ししていますし、必ず会場に部員がいるので人の出入りを見ている。ということは部員も含めて2日目に会場に入った人だけに限られるでしょう。
最後に第六の事件ですが、ステージに水を撒く、コードを傷つける、マイクスタンドを倒す、と3つの事故をすべて起こさなければならない。これはステージ上の状況を把握していたから起こるように仕向けたのでしょう。特にこのマイクスタンドの倒れ方は、誰かがマイクのコードを引っ張ったからではないでしょうか」
そういえばステージの配線は普通養生テープなどで固定するはずだ。それすら行っていないということは、意図的に事故を誘発させたのかもしれない。
「ということは犯人はオーシャンのクイズ大会にお情けで来たという実行委員の5人の中にいる、ということですか」
「結論はそうです。が、オーシャン、あるいはエコの人の中に実行委員がいたことも念のため。ただし」
杏奈さんは冊子を開いて見せる。文化祭のパンフレットの一ページ、スタッフリストだった。
「この中にいるんです。でも、ここからは裏ルートから集めた情報からしか推理できません」
それが何を意味するのかは僕でもわかる。証拠を提示して犯人に訴えるわけにはいかなくなってしまったのだ。
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