息もできない夏祭り 6

 目を開けてみると、無機質な蛍光灯が目に入った。

「気付いたか」

 むっくりと左の方を向くと、父がいた。パチパチと目を瞬きさせる。どうやら固いスプリングの上に寝かされていたらしい。

「ここは?」

「日稲まつりの救護所だと。大変だったな」

 僕は目の動きだけで返事をした。

「佑斗たちは簡単に事情聴取させられて昨日のうちに帰された。お前が倒れたっていうからお義姉さんたちに4人を任せて俺だけ残ることにした。簡単な診療と事情聴取が終わり次第お帰しします、ってな」

 瑞貴たちはちゃんと祖母の家に帰ることができたらしい、僕はほっとした。

 目が覚めたらすぐに知らせてください、と言われていたのか父は医者を呼んだ。すぐさま白衣を着た医者が来て診療が始まった。貧血と診断を下すと、もう少しで警察の方が来ると思うので、と言ってパイプ椅子を用意された。本当にすぐに警察の人が来た。その人は僕を見た瞬間、顔をゆがめた。

「お久しぶりです、風見かざみ警部補」

「最後の事情聴取はあんたか」

 風見警部補は以前お世話になったことがある。今回とは全く別件の話だ。

「で、今回も第一発見者。しかも例のお嬢さんと。――まあいい、始めさせてもらうよ」

 ここでいいのか、と思ったが、風見警部補は話を進めていく。

「とりあえずご遺体を発見した当時の様子を話してください」

 風見警部補は手帳と万年筆を取り出した。

「はい、僕と妹の瑞貴はいろいろあって小宮山杏奈さんとともに僕の弟と妹を探していました。2人、いや3人は無事見つかりました。トイレに行くところだったようなので、妹たちがトイレに行っている間、僕と杏奈さんだけ取り残されたんです。ところが杏奈さんもトイレの方に走っていったので追いかけて行ったところ――」

「まさか覗こうと思ったのか?」

「そんなことしません。話の腰を折らないでください」

 風見警部補は無愛想な顔をして万年筆を持ちなおす。僕は続けた。

「話しかけようとしたところで急に杏奈さんが走り出したんです。何かあると思って彼女の跡を追っていったら、トイレともゴミとも思えない異臭がして」

「確かにトイレの近くにゴミかごはあるがあの時間は回収後だったらしいからな」

「杏奈さんがトイレの裏に回ったのは見えたので僕も行ってみたら杏奈さんに止められました。近づくな、という警告も妹たちの安否を確認して事務所へ報告してくれ、という頼みも聞かずにトイレの裏を覗いたら……」

 僕はそこで言葉を失った。

「それが現場か」

「はい」

「その後は?」

「僕たちの後ろになぜか楠原翼さんがいたんです。杏奈さんは楠原を見てかつてない悲鳴をあげました」

「楠原さんとは知り合いなのか」

「今日知り合ったばかりですけど」

 風見警部補は首を傾げた。

「まあいい。続けろ」

「杏奈さんは楠原になぜ来たのか、と問いただすとともに、その場を動かなかった僕に対しても怒鳴りつけました。ようやく僕は妹たちに叔母さんのところに戻って責任者に伝えるように言いました。ですが野次馬が来てしまい、杏奈さんの指示のもと現場保存のためバリケードを作っていました。それ以降は記憶がなくて……」

 一通り話すと、風見警部補は「あのお嬢さんやお兄さんたちとの証言と食い違いはないようだな」とつぶやいた。

「それじゃあお疲れさん」

 風見警部補はドアを開ける。僕は杏奈さんや楠原のことも聞きたかったが仕方なく部屋を後にした。

 救護所を後にすると、近くの駐車場付近で車の鍵を手にした父が待っていた。僕は「おまたせ」と言って車に乗り込んだ。

「昨日の晩から何も食べてないんだろう?」

 シートに座ると、僕にビニールの袋に入れられた2切れのパウンドケーキを差し出した。

「どうしたの」

「小宮山さんという方から受け取った。息子さんたちの安全を確保できなくて申し訳ないと」

 僕は顔をあげた。

「そんな……」

「朝方あの救護室に来てくれた。ご家族でしょうかと聞いてきて、父ですがと答えたら謝られた。あの人のせいじゃないことは十分わかっている。それでも彼女はお前のことを心配していた。まだお前も寝ていたから連絡すると言ってくれた。食べ終わったらお前から連絡してあげなさい」

 ゆっくりとビニタイを外し、パウンドケーキを出して齧った。ほのかに甘い、優しい味。喉を通らなくてせき込んだ。父はカップスタンドにあった麦茶を差し出す。麦茶と一緒に喉に流し込んだ。

 一緒に勇人と由紀を探してもらって、現場より瑞貴たちの身の安全を考えてくれて、僕が倒れて差し入れまで持ってお見舞いに来てくれて……。

 迷惑をかけたのはこっちの方だ。なのに、杏奈さんは父に僕たちのことで頭を下げた。

 直接お礼が言いたい。メールだけじゃ伝えきれない。

 何とかパウンドケーキを咀嚼するとスマートフォンを取り出した。

 忙しいかもしれない。でも、会ってお礼を言いたい。そんな気持ちでメールを打った。

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