息もできない夏祭り 7

 意外にも杏奈さんはすぐに返信をくれた。待ち合わせ場所はVille natalesだった。

「久仁さん!」

 杏奈さんは僕に向かって手を振った。

「忙しい所をわざわざすみません」

 杏奈さんに駆け寄ると、杏奈さんは「とんでもありません」と首を横に振った。

「昨日は倒れるまで気付かなかったものですから……無事でよかった」

「こちらこそお菓子、ありがとうございました。おいしかったです」

 杏奈さんは息をついた。

「杏奈に会いに来たのは君か」

 すぐさま再開の場面が壊れる。楠原、一緒にいたのか。けれど仕方がない。もしかしたらあのお菓子を作ったのは楠原かもしれないわけだ。それに、ここに来た目的はそれだけではないことをメールで伝えてある。

「翼さん、少し出てきます」

「そんなに心配しなくても平気だから」

 楠原は小鹿のようなまなざしを向ける。杏奈さんは何か言いたげそうだったけれど、そのまま僕を店の外へと案内してくれた。

 杏奈さんが選んだのはテラス席の端の方だった。ガラス越しに楠原と店長が何か話しているのが見えた。

「まず、事件について昨晩の現場で知りえたこと以外はどこまでご存知でしょうか」

「メディアに流れている情報一通りくらいです」

 他に報道する情報がないせいかどの媒体でも同じことしか伝えていなかった。

 まず被害者は誰かに両腕を押さえつけられて身体の動きを封じられ、気道を塞がれたために窒息したということ。

 被疑者は見つかっておらず現在捜査中だということ。

 そして、被害者が何と日稲市市議会議員の高梨清吾だったこと。

「それでも私に会いに来た理由は分かります。ですが、久仁さんは深く知らない方がいい、いや、私は広めてはいけないと考えています」

「被害者が市議会議員だからですか」

「それならマスメディアはもっと突っ込んだ情報を流すでしょう。そういうことではありません。守秘義務がある。それは久仁さんに対しても例外ではありません」

「そんな」

「ここは引いてください。すべてが解決したその時に話します」

 杏奈さんの訴えに僕は何も言えなかった。

「ここにいたか、お嬢さん」

 誰もいなかったはずのテラス席に、いつの間にか風見警部補と何人かの刑事が現れた。

「何か知ってんじゃないのか? なぜかお嬢さんの名前が被疑者全員から出てきたけれど、どういうことだか説明してくれないかね」

「そういうことでしたら、令状を見せてくれませんか」

 杏奈さんは突き返すような言葉を発した。

「でもそれじゃあ事件は解決しないんだよ。今回はいつも首突っ込んでくる誰かさんが捜査してくれないようだし」

 杏奈さんは唇を噛んだ。やがて背中越しに言った。

「久仁さん、こんな手前言えることではないのですが、どうしてもお願いしたいことがあります」

 杏奈さんの肩が震えている。

「何ですか」

「翼さんの、傍にいてください」

 僕はポカンと口を開けた。改まって何を言うかと思えば、楠原の傍にいてほしい?

 杏奈さんはこちらを向いた。

「今は久仁さんに頼るしかありません。翼さんには私から話します。暗くなる前には戻ります。引き受けてくれませんか」

 なぜ楠原のことをそんなに気にかけるのか。それは分からない。ただ、杏奈さんにとって楠原は大切な友人、それ以上かもしれないけれど気がかりなのだ。きっと捜査に加わっていないのも楠原についていたせいかもしれない。

 嫉妬心より、杏奈さんの頼みの方が大事だ。

「引き受けます」

「ありがとうございます」

 そう言ってぺこりと頭を下げると杏奈さんは店内に駆け込み、2,3分で戻ってきた。

「お店の片付けが後30分ほどで終わるそうです。よろしくお願いします」

 再び頭を下げに来た杏奈さんは、そういい終わると、僕の耳元まで近づいた。

「私が戻ってくるまで、翼さんから目を離さないで下さい」

 そう言い残して、杏奈さんは行ってしまった。

 杏奈さんの方が心配だったのに、気を付けて、とも言えなかった。

 パンパンのゴミ袋を持ったチャラいオーナーとぶつかるまで、ただただ楠原のことをボーっと見ていた。

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