秋の空は高すぎる 2

 屋台にいた僕たち4人と杏奈さんは会長の御簾みすさん立ち合いの下、文化祭実行委員会に報告をしに行った。

「延長コードが切れて発火したのは挟まっていたカードのせいってことですか?」

「そうとしか考えられないんです」

「コードを踏んずけたり包丁やナイフで引っかいたりしてないですか?」

「私が一応見張っていましたが、そんなことはしていません」

 三橋さんが淀みなく事情を説明しても、実行委員の人は取り合ってくれない。

「だいたいそのカードもあなたたちがイタズラで仕込んだものじゃないですよね?」

 三橋さんが唇を噛む様子が伺える。御簾さんが代わりに説明を始めた。

「大学の備品を壊してしまったのは申し訳ないと思います。ですが、この4人も準備に関わったメンバーも心当たりはないと言っています」

 疑わし気な目をしている委員の人に、御簾さんもこれ以上何かを言おうとはしなかった。

「どうしましょうか」

 委員の人は後ろを振り向く。どうやら判断は他の委員にゆだねるようだ。

「まずサークルの名前と会長の名前はメモった? とりあえず大学側に報告しなきゃね。そこからは向こうの判断に任せる。仕方なけりゃ文化祭費かワンダーフォーリッジさんのところから負担するしかないけれどさ」

 指示を出した委員は僕たちの前に出てきた。

「今回は故意ではないと認めます。予備を貸し出すので、こちらにご記入をお願いします」

 そう言って紙とボールペンを御簾さんに渡す。御簾さんは必要事項を記入して紙を渡した。

石丸いしまるさん、来てもらえますか」

 石丸さん、と呼ばれた委員は、御簾さんから受け取った紙を持ったまま呼ばれた方へ向かう。向こうでもトラブルがあったようだ。僕は視線を動かす。呼ばれた先の人は、委員の人に小さなカードを渡していた。

「何ですか、これ」

 ピンクのTシャツを着た女性が半べそを掻いているところを、周りの人たちが慰めている。実行委員の人たちも何と声をかけたらいいかと戸惑っているようだった。

「ちょっと見せてください」

 いつの間にか杏奈さんは彼女たちに駆け寄っていたらしく、彼女たちからカードを受け取った。杏奈さんはワンダーフォーリッジが借りた延長コードから見つかったカードを取り出してじっくり見比べている。

「同じ体裁のカードですね」

 僕も気になって杏奈さんの背後からカードを覗き込んだ。『金融』と今回は書かれている。しかし、文字の色もフォントも、カードの色も大きさも形も、延長コードに巻き込まれていたものと同じものだった。

 杏奈さんが裏に返す。『3』『コ』と書かれていた。これまた全く形式は同じだ。

「どこにあったものですか」

 杏奈さんが聞くと、取り巻きの子たちが「さくらのバックに入ってた」と答えた。

「絶対ストーカーのせいだよ。差し入れ盗られて、代わりにこんなものが入っていたんだから」

 ピンクのTシャツの子が泣き出す。どうやら彼女にはストーカーがいるらしい。

「実はワンダーフォーリッジさんが借りた延長コードにこんなものが絡まっていまして……」

 杏奈さんが説明しようとすると、石丸さんが「あれ、君はワンダーフォーリッジの会員じゃないの?」と声をかけてきた。

「ええ。たまたま居合わせたのでついてきました」

「何で?」

「申し遅れました。小宮山杏奈といいます」

 この申し出に反応したのはピンクのTシャツの取り巻きの子たちだった。

「嘘!」

「本当にいたんだ!」

 彼女たちはあっという間に杏奈さんを取り囲むと、頭を下げ始めた。

「お願いします、この子、宮川みやがわさくらに悪質なストーカーがいて……」

 取り巻きの子たちが事情を話しだした。

 彼女たちは『SOUND LIFE』というバンドサークルで『ポップロックス』というガールズバンドを組んでいるらしい。ポップロックスはライブハウスでも活動をしており、最近ファンがついて人気が出てきたらしい。しかし若い女性グループということもあってか熱心なファンの中にはメンバーに張り付いているような連中もいるらしく、宮川さんには2ヶ月前ほどから執拗にストーカーされるようになったらしい。

「うちらも何となく目星はついているんですけど、警察に行ったところで活動を控えるよう言われただけで、これからって時に……」

「でも今回はやばいよ。飲み物も盗られちゃったし」

「先ほどもお聞きしましたが、差し入れを盗られたのですか?」

 杏奈さんが聞き返す。そのセリフは僕も聞き捨てならなかった。

「はい。バンドの先輩が買ってきてくれたものです。機材の準備をしていたら、なくなってしまって。その代わりにこんなカードが落ちていたんです」

「その先輩の名前は?」

秋元あきもと季子きこさん、SOUND LIFEの4年生の先輩です。この後13時からライブやりますよ」

 杏奈さんはスマートフォンを取り出した。

「私立探偵なのでここから先は依頼料が発生します。依頼内容は宮川さくらさんのストーカーの対処と差し入れの奪還。よろしいでしょうか?」

「ええ!」

 取り巻きの子の1人が杏奈さんの手を握る。

「ちょっと待った、リナ。結構高いんじゃ――」

「さくらとポップロックスのことを考えれば高くない!」

「いや、警察に相談するのが筋じゃん?」

「こんなことで動いてくれないよ」

「いや、一番はさくらの気持ちを考えなよ。さくらは?」

 取り巻きたちが騒ぐ中、宮川さんに視線が注がれる。

「……いいよ、私だけだし……お金もそんなに持ってないし……」

 宮川さんはそれだけ答えるとどこかに駆けて行ってしまった。他のメンバーが彼女を追いかけていく。杏奈さんは最後のメンバーに声をかけた。

「最後に1つだけ。お代もいりませんし守秘義務は守ります。どんな飲み物をもらったのですか?」

「水とサイダーです。炭酸の入ったものを飲むと喉が持つからって」

「容量は?」

「すべて500mLのペットボトルで合わせて5本」

 「もういいですか?」と言って、リナと呼ばれていた彼女もメンバーを追っていった。

 後に残された僕たちは呆然とする。

「どうしますか、杏奈さん」

「カードは預かったままですので、このままこの件だけは追っていきます」

「お、じゃあそれはあなたに任せますよ。そんなもの持ってこられたってこっちじゃどうしようもないし」

 石丸さんが杏奈さんに言う。

「おい、ひっさー、お前はどうするんだ?」

 多田君にポンと背中を叩かれる。衝撃が骨を通って頭まで来た。

「痛った」

「どうせこっちはシフトが変わる時間になるし、販売はみっちゃんに押し付けて大丈夫だよ」

「ああん?」

 三橋さんが多田君を睨みつける。

「間違えました、任せて大丈夫だよ」

「――それもそうかもね。調理はできないわけだし呼び込みも下手だし」

 三橋さんがだいぶきついことを言う。

「いいなー、かわいい子と一緒かいいなー」

 寿哉に羨望のまなざしを向けられる。僕は御簾さんの方を見た。

「行っていいよ」

「いいんですか?」

「今の時間は暇を持て余しているメンバーにいてもらっているだけだからシフトを代わってもらおうとか、いいよ。それよりは、延長コードをわざと壊したんじゃないって証明してくれた方が助かるから」

 御簾さんがそう言うと、杏奈さんから声をかけられた。

「どうしたんですか」

「小宮山ちゃん、依頼には助手が必要でしょ?」

 今度は寿哉が僕の背中を押しだす。杏奈さんの方が先輩だということは分かっているのだろうか。

「簡単に言えば依頼料は払いたくはありませんが延長コードの無実は証明していただきたいのでウチの佐伯をタダでお貸しします」

 三橋さんからも突き出される。杏奈さんは少し考えた後、「男子トイレなどにカードがあるとと困りますからね」と僕の方を向いた。

「久仁さん、よろしいですか」

 杏奈さんの口から聞かれる。僕には「はい」以外の選択肢はなかった。

 杏奈さんは屋台の方を調べると言って駆けだしていった。

「佐伯君」

 御簾さんはついて行こうとした僕を呼び止める。

「今ね、シフト以外の時間でグループごとに企画を立ててもらっているの。もう主体は君たち2年生で動いている。この機会に考えてもらいたい。サークルを続けたいのか、そうじゃないのか。そりゃあ、気持ちはわかるけど、でもほら、来てくれないと何もできないわけだし、後、サークル費も……」

 だんだん小さくなる御簾さんの声。色々あったせいでワンダーフォーリッジから足が遠のいていたところに、後期から忙しくなってしまった。サークル費も滞納している。なのに大学祭には空いているから、という理由で気まぐれのように参加した。中途半端はよくないのは、自分でもよくわかっていた。

「分かりました」

 僕は返事をする。

「企画に参加するなら責任者に声をかけておくから。……できれば早めに。

 後、荷物は持って行って。戸締りの関係もあるから」

 御簾さんはそう言って部室の方に向かっていった。気づくと誰もいない。

 これからどうしたいのか。ちゃんと参加できるのか。

 部室に入ると、5,6人のグループを作って話し合いをしていた。邪魔にならないようにカバンを手に取る。「失礼します」と言って部室を出るときも、軽く挨拶を返してすぐに話し合いに戻っていった。

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