秋の空は高すぎる 3

 午後いっぱいステージの周りで荷物を持ち出した人がいないか聞きまわったが、誰1人として知らないという。

「やはりステージ優先になってしまい、荷物の方は手薄になってしまったのでしょうか」

「貴重品含め私物は鍵のかかった部室に置いてあったようですし、自分たちは機材の方を見ていた。また、準備の一環で同じサークルの秋元希子さんと庄司しょうじ美羽みはねさんが近くにいたようですし。それに一応実行委員会の人たちも近くにいた。まさか飲み物を盗られるとは思ってもいなかったのでしょう」

 そりゃあ、まさか盗られて困るものではないけれど。

「でも、ストーカーがいるなら、彼女のものなら何でも欲しい。そう思っても仕方ないのでは?」

「未開封のものだったようですが、そういうことも可能性としてはあるでしょう。一番考えなくてはならないのがストーカーですからね。

 ですが、そうだとすると、なぜワンダーフォーリッジにもあんなことを……」

 杏奈さんの言う通り、そこが問題なのだ。宮川さん目当てなら無関係なワンダーフォーリッジがなぜ被害に遭ったのか。うんうん唸りながら考えている間に目の前のステージでは、リジーブルース、秋元さんと庄司さんのバンドの演奏が始まった。秋元さんはボーカル、庄司さんはドラムスということだけしかわかっていないのでライブを見て顔を覚えなくてはならない。ガールズバンドという名目だが体裁はビジュアル系バンドを彷彿とさせる。だが仄暗い歌詞と秋元さんの伸びやかなボーカルを生かした落ち着いた演奏だった。庄司さんのドラムスは派手さはないもののしっかりと皆をけん引しているし、他のパートも繊細な演奏をしている。ありがとうございましたー、と大声で叫ぶ秋元さんに合わせて歓声が上げるまで彼女たちの音楽に聞き入っていた。

 僕たちはステージ袖に移った彼女たちを目で追った。目当ては当然、ポップロックスの準備を手伝っていたという秋元さんと庄司さんだった。ファンが散るまで僕たちは待つことにした。ステージが終わって落ち着いてから話を聞こう、という杏奈さんの考えに賛同したからである。

「それにしてもこの辺、ゴミが多いですね」

 僕は辺りを見回した。杏奈さんに言われて気付いたが、ポイ捨てされたのかチラシや紙袋やペットボトルなんかが散乱している。実行委員やボランティアたちがせっせとゴミ拾いをしていた。

「どうしてでしょうね。普段はそんなでもないはずなのに」

「一つでもゴミがあると集団心理によって自分一人くらい、と軽い気持ちでゴミを捨てていくんです。それに大学祭ですからそういう細かなマナーが雰囲気によって押し流されてしまう残念な一面もあります」

 きらびやかな仮装をした通行人たちを眺めながら杏奈さんの答えを聞いていた。普段とは違う装いで集まって狂乱気味に騒ぐ人たち。テレビに映っていたハロウィーンの中継映像が重なる。カードを配りながらコードを壊したり差し入れを盗んだりする犯人。大学祭だから、では済まないのに。

「一応ゴミ箱も調べてみましょうか。一番探しやすいですし」

「そう、ですか? たくさんありますが」

「いえ、今年のゴミステーションは4か所。その一つがあそこにあります」

 杏奈さんは目線でテントをさした。確かにゴミかごがいくつか置いてあり、学生と思しき人物が2人いる。

「ゴミ捨て場が減ったんですか?」

「普段使っているゴミ箱を利用したゴミステーションが使えなくなったんです。普段の活動で出たゴミなのか大学祭で出たゴミなのか分からなくなってしまうから、と。処理費を誰が持つのかという問題があるからと聞きましたが」

「大学の設備費か大学祭の予算で、かということですか」

「去年そこで揉めたので大学側から要請が来たようです」

 そんなに変わることなのかな、と思ってしまう。それでもきっちり分けておかないと困るのだろう。

「どーもー、オリエンテーリングサークル『コンパス』です。よかったらスタンプラリーやりませんか」

 テンガロンハットをかぶった三つ編みの女性が用紙を差し出す。白いシャツ、茶色いジレ、ブーツカットジーンズに編み上げブーツ、首には真っ赤なスカーフ、腰にはおもちゃの拳銃と西部劇から出てきたような出で立ちだ。僕は仕事中ですので、とお断りした。

「構いませんよ」

 杏奈さんが僕の方を向く。

「特別やりたいわけでは」

「では私に1枚ください」

 杏奈さんはテンガロンハットの人に向き合った。彼女は説明用らしい用紙とスタンプラリーの枠の方の用紙を杏奈さんに手渡す。彼女は杏奈さんにすらすらと説明を始めた。スタンプ設置場所は全部で5か所。ヒントを頼りにスタンプをすべて集めてコンパスのテントまで行けば景品がもらえるらしい。大学祭期間中ならば日をまたいでもよく、スタンプを集める順番も決まっていないらしい。何か質問ありますか? と彼女は最後に聞いた。

「そうですね。あなたは正真正銘、青海大学のサークルのメンバーなのでしょうか?」

「そうですけど」

「なら実行委員等の許可を受けていますか? そうでなければ宣伝や勧誘は基本的に禁止のはずですが」

 テンガロンハットの彼女ははっと息をのんだ。見落としていた。普通こうやって自分の陣地以外を練り歩いて宣伝を行うような場合は腕章や名札などが必要だろう。そうしないと正規の団体なのか見わけがつかない。

「場合によっては、実行委員に通報しなければなりませんね」

「実行委員――ちゃんと正規のサークルです。お、お願いです。信じてください」

 彼女は慌ててポケットからスマートフォンを取り出した。手帳型ケースの中からカードを引き抜いて僕たちに見せる。青海大学の学生証だった。写真の彼女はやぼったい顔をしているが、化粧とコスプレでこのくらいなら変化するだろう。

 杏奈さんは涙ぐむ彼女に用紙2枚を突き返した。彼女は杏奈さんから用紙を受け取る。

「お願いです。独断でやったことです。目をつむっていただけないでしょうか」

 彼女は深々と頭を下げた。ちらりと杏奈さんの方を見る。これで辞めてくれるのなら、と口だけ動かした。青海大学の学生ということは確かだし、1年生のようだったから本当に知らなかったのかもしれない。

「ベルトについているそれですが、外したほうがよろしいのでは? あなたにとってはコスチュームプレイの一環でも、身に着けている以上危害を加える可能性のある人物に見えますから。

 そのままサークルの元へ帰り、衣装を脱いで勧誘も宣伝も行わない、ということでしたらあなたの行動は目をつむります」

 テンガロンハットの彼女はそそくさと姿を消した。

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