冬の墓標 5

 老人会へ行った日はそれぞれ授業があったので大学へ戻るなりそのまま別れてしまった。僕たちはあれから何の約束もしていない。電話もメールも来ない。大学ですら会うこともなかった。

 本当にあの話だけで何かをつかんだというのだろうか。

 僕たちには考えるピースが足りないのではないだろうか。

 1人布団の上で寝返りを打つ。考えていても何もできない。杏奈さんにメールを打とうと思いスマートフォンのメールのアイコンをタップしたその時に、着信があった。メールを開く。杏奈さんからだった。


件名:青海大学正門前の交差点で起きた交通事故の原因解明

 連絡遅くなってすみません。小宮山探偵事務所の小宮山杏奈です。事故の背景が明らかになりました。

 資料とともに詳しくお話させていただきますので、久仁さんの都合のいい日時を教えてください。


 もう事故の真相が明らかになったのか。杏奈さんの手にかかればすぐにわかってしまう、それは分かっていたが、僕が依頼したこの件も解決してしまった。なんてすごい人なのだろう。

 僕は何とかスケジュールを確認して、明日の午前中が空いています、とメールの本文を打つ。送信のマークを押すと、画面に送信されましたというメッセージが現れる。杏奈さんからのメールはすぐに返ってきた。今回は事務所に来てくれと書いてある。本当にこの件が解決するのだ、という実感が沸き起こる。指定された時刻に着くためには、少し早起きをしなければならない。遅刻しないようにしなければ。杏奈さんに会う。ふと考えた。こうして調べた結果をわざわざ面と向かって話したいということは、やはり事故の裏には何かがあったということだろう。

 おばあちゃんが亡くなった背景には何があるのだろうか。

 これで事故はめでたく解決するのだろうか。

 その結果を聞く覚悟はできていただろうか。

 メールの送信画面を見つめる僕は、のっぺらぼうのように表情がなかった。

 この気持ちのまま行っていいものなのだろうか。

 このまま杏奈さんに会って話が聞けるのだろうか。

 僕は急に不安になってきた。常日頃から約束は守りなさいとは言われているけれど、このまま杏奈さんとの約束をすっぽかして逃げてしまいそうな気がした。

 それじゃダメだ。何のために僕は杏奈さんに事故の真相を調べてもらっていたのだ。なぜそんなにも知りたいと思ったのか。

 生きている人は亡くなった人のためにも、前を向いて生きていかなければなりません。同じ悲劇を繰り返さないようにしながらも、私たちは死ぬ間際に生きていてよかったと思えるように。

 いつかの杏奈さんの言葉がよみがえる。そっか、僕はただ、あの事故を目の当たりにして、自分が先へ進むための何かが欲しかったのかもしれない。

 だったら、なおさら行かなければいけないじゃないか。

 事故の真相を知って、僕自身が生きるために。

 翌日、僕は杏奈さんに会った。

 杏奈さんはいつもと変わらずニコニコしていた。しかし、それは嵐の前の静けさというものなんだろうか、とても本心から出たものとは思えなかった。

 杏奈さんは調べたことすべてを僕に話してくれた。淡々と、事務的に。

 僕も平坦な、形式だけの相槌を打った。そうでなければ、聞いていられなかった。ただただ最後の言葉だけが耳の中に残っている。

 久仁さん、私はこの件の調査結果を警察の方に話した方がいいと思います。もちろん、嫌と言うなら私は誰にも――もちろん警察の方にも話しません。

 ただ……。

 久仁さんが依頼した動機から考えて、尤も相応しいことなのではないでしょうか。

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