息もできない夏祭り 2

 『Ville natales』は木造の平屋建ての小さな店だった。店先にちょこんとたった木製の看板、開放感のある開けっぴろげのテラス、木製のイスやテーブル、手作りと思われる置物。ここまでバスで来る途中で、杏奈さんは「今流行りの古民家カフェなんですよ」と教えてくれた。

 杏奈さんと楠原さんが席で待っていてくれるようなので、僕はその間に母に連絡をしに外へ出た。一応約束の12時はとっくに過ぎていたし、出迎えてくれるはずだった祖母たちにも詫びておかなければならない。「祖母の家に行くのが少し遅くなる」と電話し終えると、ちょうど店に来た若いカップルとすれ違った。この暑いのに女性の方はショートパンツの下にスパッツを履いている。

「どうしても行かなきゃダメ?」

「悪いな、ミキ。爺さんが腰壊してな、代わりにジュース売りに行かなきゃなんねえんだよ。親父は警備に行くから俺しかいねえって」

「だったらミキも行く」

「ダーメだ。夜は危ない。もうあんな思いさせたくねえんだよ」

 2人は戸を開けて入っていく。

「去年の祭りでもあったんだから祭りなんか辞めちまえばいいのに」

 男性の方はボソッとこんなことをつぶやいた。

 何だろうと思いつつ、待たせている2人のことを思い出し、ガラガラと音を立てて僕は店内に入っていった。

 店は古いが、店内はエアコンが効いていて、半そでだと少し寒かった。しかし、今の一押しは例のかき氷らしく、杏奈さんはかき氷を頼む。僕もそれを頼めるだけのお金は持っている。結局僕も梨のかき氷を注文した。取り留めのない会話をしているうちに、注文した品が運ばれてきた。示し合わせたわけでもないが、3人とも「いただきます」と挨拶をしてスプーンをとる。

「甘くておいしいです。梨の瑞々しさとさっぱりした甘さがたまりません」

 杏奈さんは実においしそうに雪のようなふわふわしたかき氷を口に運んでいる。

「杏奈のお眼鏡にかなうものでよかった」

 アイスコーヒーを頼んだ楠原は腕を組みながら杏奈さんの方を向いていた。

 確かにおいしい。おいしいけれど、僕にはちょっと甘すぎる。中腹くらいまで食べた僕はスプーンを置いた。

「もしかして、嫌い、でしたか?」

 杏奈さんの方を見ると、杏奈さんは僕と僕のかき氷を交互に見ている。もちろんそんなことは無い。

「冷房ガンガンに効いているって言っても、かき氷、すぐ融けちまうぞ」

 楠原もこちらを見る。僕は「そんなことは無いですよ」と手前の方をかきこんだ。途端に頭が痛くなる。慌てて僕は頭を抑えた。

「そんなに急いで食べるから」

 楠原はため息をついた。

「楠原さん、友達連れてきたんだ」

 カフェエプロンをした男性が楠原に話しかける。

「接客しているんですか?」

「まあね」

「珍しいですね」

 店員さんと楠原がこんな会話をしている。

「……店員さん、なのですか?」

 杏奈さんが楠原に話しかける。杏奈さんに言われて僕は男性をまじまじと観察する。パーマのかかった茶髪。耳にはピアス。上半身は白いTシャツ。腰にカフェエプロンを巻いているがその下はジーンズ。そしてビニール製のサンダルを履いている。絶対にこの人は調理スタッフ、いやホールのスタッフでもない。

「ああ、ここのオーナー」

 楠原が杏奈さんの疑問に対してそう答えた。オーナーと紹介された男性は「どうもー」とにこやかに手を振る。

 随分今風の若い人だなあと思いながら僕はスプーンを口に突っ込む。

「そういえばさあ、実は今年も日稲まつりでウチの店を貸し出すことにしたんだよね」

 杏奈さんの手が止まる。

「お祭り、ですか?」

「そうそう。毎年この時期にやる日稲まつり。明日から3日間の開催なんだけれど、日稲駅周辺で屋台を出したり、ステージパフォーマンスなんかをするの。今日は日稲市の各地区で前夜祭があって、ここの近くの広場で盆踊りをやるから、その休憩スペースとしてウチの店を貸し出すわけ。実はそのために少しシフトの時間をずらしてもらっていつもは閉まっている夜の間に出てもらう人がいるから、いつもより人手が少ないんだよ。あと休憩スペースを貸し出している代わりに焼き菓子も売ろうと思っているから、今調理スタッフがガンガンパウンドケーキとかクッキーとかを焼いてる」

「すみません、出られなくて」

 楠原の表情が暗くなる。

「いいのいいの。今日はシフトに入れてないんだし。夜だって危険でしょ? しかもお友達連れてきてくれたんだから感謝するよ」

 オーナーはへらへらとした口調だが、楠原を励ましているのは確かだ。

 僕は何を焦っているのだろう。きっと杏奈さんと楠原はただの友達だ。

 友達。

 大学生の男女が喫茶店で語りあう。たったそれだけのことなのに。

 僕は自分が嫌になった。

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