息もできない夏祭り 3
僕が祖母の家に着いたのは夕方になってからだった。
「まさか一番に家を出たあんたが一番遅く着くとはねえ。家に上がったらおばあちゃんとおじいちゃんに挨拶して」
家の前に待っていた母にせがまれ、僕は祖母の家に上がった。
「お邪魔します」
「遅かったじゃないか」
やはり玄関で待っていた祖母に挨拶をすると、靴を脱いで広間に向かう。広間には亡き祖父の仏壇があった。
「あんたの母さんも、帰りが遅くてよくお父さんに怒られていたっけ」
線香を立てると祖母が言う。怒っているような祖母の顔を見たくなかったのでそのまま手を合わせた。母が「今言うことじゃないでしょう」と近くに座ったのが分かった。
「どうせお婿さんと遊んでいたんでしょうけれど」
「
祖母は僕のお父さんのことをお婿さん、と呼ぶ。実際には結婚後に苗字が変わったのは母の方なのだけれど、祖母から見たらいつまでも父はお婿さんなのだろう。
線香の灰が鉢に落ちる。後ろを振り向きたくなくて仏壇の脇に目をやると、チラシが目に入った。どうやら選挙の立候補者の一覧のようだ。
「うわ、
一面に載っていたので気付いたのだろう、母がチラシを覗き込んだ。
「知ってるの?」
「中学の同級生。そこのお父さんも議員をやっていたけどさ」
ふうん、と僕は頷く。チラシに載っている今宮びんは自信に満ちた明るい笑顔を見せていた。
「この前市議会議員選挙があったんだよ。今宮さんは落ちたよ。親子揃って仕事してくれないからね。前回当選してまともに仕事してくれたのは
祖母はため息をついた。
急に興味が湧いたのか母がチラシをめくっていく。祖母の言っていた『千賀きんいちろう』と『たかなし清吾』の名前も載っていた。
「やっぱりみんな女性が輝く日稲市にします、としか言っていない」
僕も注意深くチラシをめくる。確かに、多くの立候補者が「女性が安心して住める街づくり」や「女性が生き生きと活躍できる市を」と言うように、女性の支援を謳う誓約が多い。
「何で?」
「あんた知らなかったの? 1年前に――」
「その話はよしなさい。それに、女の子の方も問題はあるんだよ。あんたみたいにふらつきまわってさ」
祖母にぴしゃりと窘められて母は居住まいを正した。
「それって責任転嫁だよね」
「若い人たちはだらしがないんだよ」
そう言ったっきり祖母は奥へと引っ込んでしまった。
「さっきの続きは――」
「ここで話すことじゃないし気になるのなら自分で調べなさい。あ、後お風呂は5時までだからそれまでに支度して入っちゃって」
時計を見ると、3時になっていた。
「あ、ひーちゃん!」
そう言って弟の
「すいかがあるから早く食べて」
「そうじゃないと
勇人と由紀がそうせっつく。まだ小学生の従兄妹2人に勝ちたくて仕方ないのだろう。勇人も由紀も中学生だというのに遠慮とか手を抜くということを知らない。
「わかったわかった」
僕はそう言って居間に足を踏み入れる。
「ねーお兄ちゃん! 1人だけカフェに行ったってずるくない?」
ふすまを開けて飛び込んできたのは、妹の
「自分のお金で行ったから」
「バイトができるじゃん」
瑞貴はほっぺたを膨らませた。瑞貴の通う高校はアルバイトは禁止されている。
「やっと来たかのろまの久仁」
居間の隅には兄の
「昼間から」
「夜は飲めないからな」
酒を飲んでいるせいか従兄妹たちからは距離を置かれている。僕は1切れだけ残されたスイカを手に居間の隅に座り込んだ。元々兄さんの快く思っていない瑞貴もなるべく兄さんから離れたいのか、僕を盾にするように隣に座りこむ。すぐさま勇人たちはボードゲームを始めた。
「多分子どもたち遅くに入ることになるから佑斗、お風呂入っちゃって。久仁も悪いけどスイカ食べたらすぐに入って」
母からそう言われて、兄さんは缶の中身を飲み干して居間を出て行った。僕は「かき氷奢ってよね」とむくれる瑞貴の隣で黙々とスイカを齧る。
今日は大勢の親戚が集まるのでお風呂の時間が決まっているのは分かる。それにいつも5時くらいから夕食が始まるからその時間にいないのも無礼だろう。僕はこの時何の疑問も抱かなかった。
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