第5話 もう、なんも怖くねえんだよ!
それは例えようのない事態だった。
俺とアリサで今月分の給料から食料や生活用品の買い物に行っている時だ。
当然、最高に楽しい時間だ。だが、そんな時間はすぐに終わってしまった。
「なんか雲行き怪しくなってきたな」
俺がそう言うとアリサは空を確認して何かに気付いたようだった。
「確かに、でもなんか胸騒ぎがするのよ」
「とりあえず急いで買い物を終わらせるか」
「そうね、でももう遅かったみたい」
突如として雨が尋常ではないレベルで降り始めた。
今日の降水確率は限りなく低かったはずだし台風は来ていなかったはずだ。
その時マニュアルの一文をふと思い出した。
『急激な環境変化には何らかの敵が関わっている可能性が高い』
どうやら敵が襲来したようだ。
この場合マニュアル通りの対応をすることが求められる。
まずはアニュアルの通信ページに書き込み、状況を本部に伝える。
すると五分以内に返信が帰ってくるのでそれに沿って行動する。
今回は、やはり敵の反応らしい。
本部の指示は至って単純。
「アリサ。初仕事になるぞ」
「あれが、敵?」
「ああ、俺が空間を作るからそっちに移動するぞ」
「分かったわ」
どれくらい時間があるのか分からないので扉などは作らずに穴だけで済ませる。
強度は俺が精一杯の力を使っても三時間程度で壊れるぐらいだ。
そこにアリサを入れた後で敵を取り込む。この作業がもっともエネルギーを使う。なぜなら敵というのは怨恨などの強い思いを主体としているため実体がない。これを形にする上で込められた思いを解析してその奥の奥ぐらいにある形をつかまなくてはならないのだ。
「よし、出来た!」
そいつと共に空間へ移動する。
敵はモヤモヤとした人型でカラーリングは毒々しい。
それ以外は分からなかった。
「アリサ、気をつけろ」
「大丈夫よ、能力を手に入れた時からイメージしてるから」
「そうか、俺もサポートするから何かあったら言えよ」
俺が言い終わるか言い終わらないかぐらいの時に敵は何か雲のような物を体外に放出した。段々とそれらが固まっていき翼の生えた人のようなものになった。無数の人型が空を埋め尽くす。これら一つ一つにどのような力があるかは分からないが気迫だけは十分に感じられる。
「本体を狙おう」
「今やってるけど無理、操れない!」
操れないだと?
俺が散々喰らってきたあれがか?
回避法など無いはずだ。効かないなら大ピンチではないか。
「アリサ、後ろ!」
そんなことをしていると隙をついて人型が攻勢に出てきたようだ。
回避不可能か。
気付けば、俺はアリサを避けさせさっきまでアリサのいた場所に立っていた。
ゆっくりと人型が飛び掛かってくるのが流れていく。初仕事で殉職か。
「ゴハッ」
胴体部に直撃した。
衝撃が身体全体を突き抜け一瞬遅れて痛みに変わった。
そして人型はまた上昇してアリサに狙いを定めている。
今まで生きてきて死に直面したことなど無かった。こうも突然に訪れるとは思いもしなかった。昨日だってアリサと明日は一緒に買い物に行こうって話をして、いつも通りの最高の日だったのに。
口の中が血の鉄臭い味と臭いで埋め尽くされた。
さっき吐き出した血がまだ残っているらしい。何かで吐血はやばいと聞いたことがあるが確かにやばい。一気に思考回路が麻痺して何も考えられなくなる。
ただ目の前に広がる光景だけが目に入ってくる。
そして現実が突きつけられる。目下に迫る無数の人型には恐怖しか感じない。逃げようと手足を動かすが動かない。当然飛ぶことも出来ない。
「これ以上、近づくな!」
アリサの怒声を通り越した叫びが聞こえた。
しかし、人型には届かない。せめてアリサだけでも外に逃がしたいが、空間制御さえ出来ない。
『何だよ、結局なんも出来ないじゃないか』
自分の声が頭に響く。
そうだな。俺には何もできなかった。こんな終わり方って無いだろう。まだ俺の新しい生活始まったばっかだぜ。何でこんな無様に死ななくちゃいけないんだよ。
「クソ……」
最期に一矢報いようとよろけながら立ち上がり一気に飛び上がった。
少し動くだけで激痛が走っていたはずだが痛みはあまり感じなくなった。これなら現状最高の終わらせ方ができるだろう。
自爆なんてかっこいい終わり方では無く、俺に出来ることなど体当たりが限界だ。
でも、もう後悔なんて何も残らないだろう。
もう、なんも怖くねえんだよ!
人型との距離が縮まったと思った瞬間にふっ飛ばされた。一匹ぐらいどうにかなっただろう。
後はアリサに頑張ってもらいたい所だ。時間は少しぐらい稼げたか?
地面へと落ちていく中で人型が切れてバラバラになっていくのが見えた。
まるでピアノ線でも張ってあるかのように一定箇所を超えた人型がバラバラになっていく。
俺を追いかけて集まった無数の人型が散っていく様は中々充実感がある。
そんな感覚の中で目を開けているのが困難になった。滅茶苦茶眠い時の感覚に近い。ただ一つ違うことと言えばその眠気から覚めることが出来ないことだろう。
俺が死んだら確か契約解除で魔法少女は元の世界に戻っていく筈だ。
向こうでは全ての人間に思い出される代わりに魔法少女は俺のこと、魔法少女の活動なんかを全て忘れる。
ハッピーエンドじゃないか。
最期に手を伸ばして落ちてきた紙切れを掴む。なかなか固い材質だ。何で出来てるんだろうか、痛い目に合っちまった。
それより、俺の囮作戦は成功したんじゃないか?
良い死に方じゃないか。
いよいよ死ぬらしい。
視界が真っ暗になった。
ごめんな、アリサ。嫌な思いさせちまって。
やっぱり死にたくない。何でこんな楽しかったのに終わらなきゃいけないんだよ。悪夢だってもっとまともな終わり方だぞ。こんなの最悪だ。無責任にも程があるだろう、勝手に誘っておいて勝手に死ぬなんて……
◇
目を開けると上には屋敷の天井があった。
最期に走馬燈でも見してくれるのだろうか。
動けるようなので起き上がって廊下に出るとアリサがいた。傷一つ無い。
俺が安心しているとアリサは泣きそうな顔をして言った。
「この、クソ……。最低マスコット。目が覚めたなら言いなさいよ。馬鹿!」
「あ、ありがとうございます……」
お礼しかないだろ、こんなの。最期に会えてよかった。
「本物なの?」
「分からない。走馬燈だからな」
「走馬燈? 現実よ、少なくとも私の中では……」
「つまり、俺は生きてると?」
「当たり前でしょ、誰が勝手に死なせるのよ。あんたもう三日も寝ててずっと心配してたんだから」
生きている。そんな答えが返ってた。心の底から嬉しい。今まで感じたことのないぐらいだ。多分これからも無いだろう。
しかし迷惑をかけてしまったな。
「ごめんなさい」
「ごめんなさいじゃなくて、ありがとうって言いなさいよ、このクズ……」
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