第4話 目覚め

馬鹿と言われるとありがとうございますと反射で言いたくなるがここは堪えよう。


「じゃあ、今から出す扉を開けてくれ」

扉を呼び出して出現させる。ポケットから出せたらもっと便利なんだけどな。


「これ?」


「ああ。いい感じの扉だろ?」


「まあまあね」

そう言ってアリサはノブに手を掛けて扉を開く。俺が開けるよりも何倍も気品が漂う。ドアが開かれるとさっき見た通りの庭が広がっている。


「何なのこれ?」

不思議に思うのも無理はない。何せ扉を開けたら立派な庭とお屋敷に繋がっているのだ。まるでロボットが出してくれるどこにでも行ける扉みたいじゃないか。


「まあ俺の力だ」


「ふーん。じゃあお邪魔します」


「お邪魔されよう」

アリサは一歩足を踏み入れると辺りを見渡し表情に出さないよう抑えてはいるが楽しそうなのが良く分かる。やはりまだ少女なのだろう。可愛いではないか。


「じゃあ行くぞ」


「あの屋敷に?」


「そうだけど俺も入ったことないからどうなってんのか分からないんだよな」


辺りはだんだんと日も落ち暗くなっている。薄暗い上に屋敷前の階段が中々長いので結構歩くのにも気を配らなくてはいけないのが面倒だが階段を上がった先には見事な造りの扉があった。

獅子を模ったドアノッカーなんて生で初めて見る。まあ中に人がいる訳では無いから使わないが。

押すのか引くのかどこを持てば良いのかなど、こういう扉の開け方はいまいち良く分からない。

俺の身体では届かないから気力を使って開ける。この時に開けるイメージが無いとぶっ壊して開けてしまう恐れがあるから厄介だ。こういう情報も書いといてくれるマニュアルのありがたさよ。


「開けて良い?」


「アリサ、開けられるのか?」


「あんたどれだけ常識無いのよ」

そういうと彼女はいとも簡単に。まるで押すタイプの自動ドアを開けるかのように平然と扉を開けた。俺の苦労はなんだったのだろうか。


屋敷の中は全体的に豪華としか言えないような構造だ。まず扉を開けた先にはエントランスがあり上には天窓。下には赤絨毯、それが大きな階段まで続いている。階段の奥には立派なステンドグラスがあり、まるでどこかの教会の様だ。一回には調理室、浴室、トイレなど生活に必要な設備がある。風呂はかなり大きく何かで見た古代ローマの浴槽を思わせる。

二階へ上がるうちにこんな建物造ったらいくらぐらい掛かるのだろうか気になるがあまり考えたくない。

二階では大食堂があった。無駄に大きなアンティーク調のテーブルには真っ白なクロスが掛けられている。そして金属製の燭台がいくつか置かれていて雰囲気を延長している。ただ現状二人しかいないので使うことは無いのではないかという気がする。建てておいて無責任だが無用の長物ではないだろうか。


次に左右の廊下にはいくつも扉があり中は広い個室になっていた。それと廊下の窓からは庭が綺麗に見える。それと廊下の突き当りから出ることができるバルコニーは開放感が異常なほどに漂っている。こんな建物に住める人間は地球上のごく一部にも満たないのではないだろうか。


一通り見て回った後は部屋分けだ。

「じゃあ、俺は端っこの部屋にしますのでお好きなところにどうぞ」


「じゃ、じゃあ仕方なくその隣にしてあげるわ。感謝しなさい!」

腰に手を当てこちらを指さし、定番の姿勢でアリサはそう言い放った。

別に嫌な思いまでして隣になって貰わなくて良いのだが……

「ん? 他にもたくさん部屋あるんだから好きなところで良いんだぞ?」


「人が隣になってあげるって言ってるんだから素直に喜びなさいよ」


「あ、ありがとうございます。で、その大荷物は何だ?」


「着替えとか、必要最低限の荷物」


「最低限ってどういう意味か知ってるか?」


「これ以上は無理なのよ。荷物置いたら早速お風呂使うから、絶対に一階に来ないこと」



「分かった。神に誓って一階には行きません!」


「そう、じゃあ宜しくね」


 そう言って彼女は一階へと袋を持って降りて行った。約束通り俺も下に行くのはやめておこう。初日から信頼を失うからな。でも、勿体ないのは事実だ。上手くバレない方向で手は無いだろうか。


「うーん、透明人間にでもなれたら……」


ん?

そういえば俺は可視化と透明化が切り替えられるではないか。

誰も不快に思わない画期的な方法だ。俺が透明になれば良いのでは?


「よし、行くか」

そう呟き俺は透明化に切り替えた。自分では消えているような気はしないが周りから見たら消えているのだ。回れ右をして階段方向へ向かう。その時だった。


「どこに行く気?」

アリサだ。さっき居なくなったと思っていたのになぜ


「考えてることが顔に出てる。着替え忘れたから取りに来たのよ」


「お前俺が見えるのか?」


「はい? 急にどうしたの?」


「もしかして魔法少女には見える的なやつか、これ?」


「人が言いたいのか分からないけど、何かに縛り付けておく必要がありそうね」

アリサは俺を踏みつけてすかさずベッドへ移動。どこからか長い紐を取り出した瞬間に俺を括り付けるという達人級の動きをして俺を拘束した。そういうことはまだ望んでいないのだが……


「そこで待ってなさい。あと言うことは」


「ありがとうございました……」


「普通はごめんなさいでしょ!?」


「あ、そっちでしたか……」


アリサはこちらを怪訝そうに見て風呂へ行った。

紐をほどこうと色々試してみるが上手くいかない。いや、正確には紐はほどけたが身動きが取れない。恐らくここで待ってろというのが命令になっていたのだろう。


縛る意味無かっただろうに。

いや、そういう趣味を持っているのかもしれない。だとしたら何だ?

そもそも、そんな中学生いないだろう。趣味を聞かれたら縛って拘束することですなんて答える奴がいるわけがない。もしいるのなら一度会ってみたいぐらいだ。


生まれて初めて縛られたのがアリサだったのは誤算だ。

もし、お巡りさんとかだったら変な方向には向かわなかっただろうに、今の俺は多分何かに目覚めようとしているのだろう。目覚めちゃいけない何かだ。


身動き取れないというのも案外嫌じゃない。

そんなことを学べるなんてこの仕事はなんという素晴らしい仕事なのだろうか。と、まあポジティブシンキングだ。


数十分するとアリサが帰ってきた。

パーカーに戻っている。さっきとのギャップがまた大変宜しい。


「何ジロジロ見てんのよ、縄ほどいたなら自分の部屋に帰りなさい」


「いや、これお前の能力のせいで身動きが取れないからだからな」


「あ、忘れてた。じゃあさっさと帰りなさい」

その瞬間に何かから解き放たれると同時に足が動き始め自分の部屋へと戻らされた。


そんな感じでアリサと過ごす日々が始まった。

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