第3話 目標

一度部屋に戻りマニュアルを真剣に読む。

魔法少女管理者には如何なる場合でも責任問題は発生しない。とあるが実際、何かあったら精神衛生を保つことなど出来ないだろう。


そう考えてみるとアニメやマンガの魔法少女物って恐ろしい。何で自分が勧誘した少女に何かあっても平常心を保てるのだろうか。どんな利益があるとしても俺にそんな真似は出来ない。

だって怖いじゃないか。今まではただの引きこもりとして世の中の役に立つこともなかった人間がいきなり人様の命を扱うことになったのだ。


今までの自分への後悔。そう言ったら少し違うかもしれないが俺の語彙力で表現するならここが限界だろう。昔はしょっちゅういつか後悔するぞ言われていたが、あの時もし言われた通りに生きていたらこういう時には多少なり自分に自信をもって行動できるのかもしれない。そんなことを言っていたらキリがないのだが、今までほとんど人間に関わったことが無い奴よりも何事にも真剣に取り組んできた奴の方が信頼できるだろう。


結局、精神論に近くなってしまうがその自信が真面目にやってきた奴の糧になる。反対に何もやってこなかった奴の劣等感はずっと足を引っ張り続けるのだろう。俺は死ぬまで劣等感を抱え込まなくてはいけないのだろうか。


どうしたらいい?

一度受けてしまった以上辞めることは出来ないらしいし、職務放棄は俺自身の命に関わるだろう。


そんな時どこからか湧き出たかのように考えが浮かんだ。

今からでも遅くないのではないか?

どうすれば人並みに胸を張ってこの劣等感を払拭できるだろうか。

この仕事は命を懸けて世界を守る少女を支える仕事だ。ならその少女たちを誰が守る?

それをやってこそ、俺はまともな人間だと言えるようになる。

俺なんかが勧誘して自分から参加してくれた娘だ。俺はそれに答える義務があるだろう。


「俺が、守る……のか?」


何気なく呟いた言葉は今まで何一つ決められなかった俺に何かを植え付けたかのように感じた。


アリサは間違いなく来るだろう。

そう確信し、俺は空間作成とやらを実行することにした。


生活空間を作るのは勿論のこと戦闘時には閉鎖された空間に敵を送ってから戦ってもらうという滅茶苦茶大事な能力だ。


イメージから空間を作成するため俺は自分に出来る最大限の想像力を発揮しどこかの国の宮殿をイメージする。家具、装飾品はそれに合っている物を想像する。それから庭だ。テレビやカレンダーで見たことのある噴水やら植木が並んでて花が咲き乱れてるやつ。


よし、イメージは固まった。


次に扉をイメージする。

すると俺の部屋に不釣り合いなアンティーク調の扉が突如として現れた。

後は扉を開けるだけ。俺はその重厚なドアノブに手を掛けて空間を出現させた。

扉の向こうにはだだっ広い庭と大きな宮殿風建築物。青く澄み渡った大空と地面を照らす太陽はまるでこっちの世界と変わらないが、開放感が桁違いだ。


屋敷の中も確認したいが外の出来を見るに中も綺麗だろうから今はカットしよう。

アリサを迎えに行くまでにマニュアルを熟読しておきたいからな。


俺は扉を閉じて元の狭くて小汚い部屋に戻る。

そしてこれまた小汚いマニュアルを開く。何ページあるのかなんて見たくも考えたくもない。



部屋の壁に掛けてある時計は午後六時五十分。

十分前だ。俺は半分開いたままの窓から飛び出し学校へと向かう。結構この時間帯は暗くて昼間とはまた違った光景が見えて面白かったりもするのだが遊覧飛行などしても何の役にも立たない上に約束に間に合わなくなる可能性もある。急いでいることを考えると俺も少しは楽しみなのだろうか。


中学校の前では昼間に見た少女が立っていた。アリサだ。

俺は早速降りて話しかける。


「少し遅れてしまったようで申し訳ない」


「そう? まだ二分前だけど」


「そうか。で、ここに来たということは……」


「その魔法少女になるということよ」


「分かった、認める」


「ありがと」


「ただ、何でなるのか教えて貰ってもいいか」


「構わないわ。差し詰め周りから忘れられるのに何でかということでしょうけど。まあ人の上に立ちたいの、それを叶えたいのよ。でも私が居なくなったら周りは探すでしょ? だから忘れられた方が好都合な訳。私は魔法少女になることで人より優れている優越感に浸りたい。これで満足?」


「お、おう。まあ自分で決めたなら良いんじゃないか。ただ死ぬかもしれないんだぞ?」


「死なないわ。だってあなたは私を誘ったんだからその命に代えても私を守るでしょ?」

タイムリーだ。今の俺の決意は固い。そう、世界を守る彼女たちを守ることが俺の使命だ。


「勿論だ。じゃあ能力はどんなのが欲しい?」


「そうね、じゃあ誰よりも偉くなりたいかしら」

なるほど、中々彼女らしいといえば彼女らしい答えだ。どんな能力が良いだろうか。俺がイメージした能力が相手に付与されるがそれよりもネーミングが難しい。

「うーん。糸繰人形マリオネットとかはどうだ?」


「まあ、なんでも良いからあなたに任せるわ」


「了解。じゃあこのまま目を瞑ってくれないかな」


そういうと彼女は素直に目を閉じた。

俺は浮遊して額に手を当てて能力を送り込む。初仕事だから失敗しないか不安だ。図説通りに進めれば失敗はまずないらしいから大丈夫。そう自分に言い聞かせて能力を送り込んでいく。大事なのはイメージ力だ。


「まだかしら?」


「もう良いぞ。じゃあ早速ちょっと変身してみよう」


「ど、どうやって?」


「なんかポーズを決めて」


「ポーズ? ここで?」


「そう、人が来る前にお願い」

人が来たらかなり恥ずかしい目に合うだろう。俺だったらやりたくない。まあ元の状態じゃ、変なポーズに関わらず笑い者だったが。


「いきなり言われても……」


「じゃあ腕組むだけでいいから」


「こ、こう?」

うーん。惜しい何かが足りない。このままでは大き目の人形に一人で腕組んでる恥ずかしい娘だ。


「もっと見下す感じで、最初に俺を見た時の感じで良いぞ」


「……」


「ああ、良いな」

すると彼女の周りに眩い光が発生した。俺がびっくりして目を閉じ、それを開くころには変身は終わっていた。もう少し光を抑えていただかないと見えない。何がというわけではないが。


アリサはまだ腕を組んでいるが先ほどまでのパーカーではなく、黒を基調としたゴシック調のスカート。短めのスカート丈からは綺麗な足が目に映る。これ、飛んだら直ぐに真下に行かなきゃいけない気がする。


いや、そんなことより解説を続けなければ。

俺の作り上げた能力、糸繰人形マリオネットは特定の対象人物を操れる他、自分で人形を出して命令通り動かせるというものだ。本人の望みと性能を両立させらることが出来ればそれだけ強い魔法少女になる。とのことなのでここに行きついた。


「能力の紹介は分かったわ。でも試さないと実感が無いわね」

そう言ってアリサは微笑みながら俺に手を向けた。実験台になれということだろう。

「ま、待て早まるな」


「三遍回ってワン」

その言葉を聞いた瞬間俺の足は勝手に動き始めた。どうやら能力は絶対のようだ。動きたくなくても体は言うことを聞いてくれない。アリサの周りを三周すると今度は口が動いた。


「ワン!」

それを聞くと満足そうに笑ってアリサは何か面白い発見でもあったかのように目を輝かして言った。

「犬なんだから四つん這いでやりなさい。もう一回」


今度は四つん這いだ。やりたくないが命令は絶対だ。まあ、能力なくてもやれと言われたらやるが。これもこっちの身体の俺がやってるから遊びに見えるが元の身体でやってたら通報事案だ。

通報事案? そうか、この高さからなら上を見上げればアレが見えるのでは……

首の自由は利くため上を向くために動かそうとした瞬間に三周目が終わった。もっと早く気付いていれば拝んでおけたというのに。


「ワン!」

残念な心境とは裏腹に元気な声が響く。何とも言えない後悔感だ。


「凄い能力ね。協力のご褒美に……」


「なんだ、パンツか?」


「お礼を、言おうと思ったけどやっぱり止めとくわ」


「何でだよ、俺頑張っただろ?」


「じゃあ一度しか言わないからよく聞きなさい!」


「……」

辺りは静まり返っている。そんな中でそこそこ大きな声で言ってしまったことにアリサは気付き、顔が赤くなっている。


「あ、ありがと……」


「ん? もう一回お願いします」


「馬鹿!」

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