第2話 初仕事
当てもなく飛び出してみたが今は平日の真昼間。こんな時間帯ということもあり外には誰もいない。透明になっている必要性を全く感じない程だ。
よく考えてみたら学校に行ってるのか。
一応近くには中学校がある。かと言って学校に行くのはちょっとばかり気が引ける。
というのも俺は変質者にはなりたくない訳で、もしスカウトに失敗して面倒くさいことになったらなんてことを考えると気が引ける。
「上空から見てみるか」
空を飛ぶというのは一時期憧れていたがあまり楽しいものではない。今の季節、風は冷たい。あともし落ちたらとか考えると足が竦む。
中学校までは10分程で到着した。ただあくまで上空からの視察だ。そして絶対に透明化していること。それを心がけて飛行する。
体育の時間だろうか。
校庭には生徒が集まって座っている。そして少女たちの上には数字が浮かんでいる。
マニュアルによるとこの数字の大きさが訂正に比例しているらしい。
基本の値は3。それを基準に考えると3と2しかいないこの学校は普通といえるだろう。
これもマニュアルからだが魔法少女の適正というのは生まれ持った運命と感情によって構成されているとのことらしい。
うーん、このままだと初任給が……
そんなことを考えた俺は低空飛行に切り替える。
もしかしたら一人ぐらい4とか5がいるかもしれない。
地面すれすれを飛行する。
駄目だ。何度見ても変わらない。
校舎の方も見てみるか……
まあ、中には入らないで外から巡回する程度にとどめておくが。
窓の向こうでは中学生たちが様々な教科の授業を受けている。
俺にもこんな頃があった。馬鹿やって数少ない友達と笑い合えた幸せな日々だ。
あれ、涙が……
きっと目に砂が入ったのだろう。そう思いたい。
「お、あれは」
俺が見つけたのは教室の窓際に一人で座っている少女だった。
適正は7。
見た目はかなり可愛い。
ハーフの子なのだろうか、ツーサイドアップの髪は金髪に近い色で目にはほんの少しだけ青が混ざっている。身長は少し高めだろうか、足は長くて綺麗だ。
適正は五段階評価ではなかったらしい。
尋常じゃない適正だ。これはアプローチを掛けなければ。
それに可愛い。
可視化モードに移行して俺は窓ガラスを叩く。
すると中の少女が気付き、驚いたような表情をしてこっちを見ていた。
開けてもらわないと話も出来ないのでガラスを叩き続ける。
しかし、叩いても少女は何もしてくれない。というより状況を理解できていないようでポカンとしている。
ならば意思疎通を図らなければ。
俺はガラスに指で「開けて」と書く。
やっと少女が状況を理解したようで椅子から立ち上がり鍵を開けてくれた。
こういう時は最初の印象が大事だ。
俺はとびっきりの笑顔で話しかける。
「やあ、こんにちは!」
「……」
少女は人形が喋ることに困惑している。
無理もない。俺も変な動物が話したときは少なからずや驚いた。
「もし良かったら一人でいる理由を聞かせてくれないかな」
「嫌……」
そういって少女は俺を冷たい目で見た。
気に障っただろうか。
「なら、名前を教えてもらっても良いかな?」
「こういう時は自分から名乗るものじゃないの?」
またも俺をゴミでも見るような目つきで見てくる。そんな事をされると俺としては嬉しいのだが、世間一般の考えに従い悲しんでおこう。
「申し遅れました。今はこんな姿だが元は人間。クマノと申します」
「そう。私はアリサ。舞風 亜理紗よ」
「じゃあアリサ。お願いがあるんだ」
「お願い、私に?」
「実は魔法少女になって貰いたいんだ」
「魔法少女って何をするの?」
「えっと……」
何と説明すればいいだろうか。マニュアルでは世の平和を乱す異形いぎょうとやらが出現したら俺が空間を作ってそこで戦うとかなんとかなんだけど。
「世の中を平和にする簡単なお仕事です!」
「平和?」
「そう。幸せな世界を築く為にたまに出てくる敵と戦ってくれないかな? 勿論、今のままではなく変身してもらった状態で」
「良い事なの?」
「勿論、その代わり周りの人はアリサを忘れてしまうんだ」
これを言うのは正直辛い。何せこれを喜ばしいと考える人間などほとんどいないからだ。でも、ほとんどだ。そう、初仕事である今回は俺の予想をを裏切る答えが返ってきた。
「じゃあ、やる」
少女はほんの少し青が入った綺麗な目を少し大きくして答えた。
説明不足だったか?
いや、そんなことは無いだろう。するとこの少女は本気なのか。
「え、良いのか? 存在自体が消えるんだぞ」
「別に構わない。でも、もう少し詳しく教えて貰ってもいい?」
「ああ、つまりこの世にアリサという人間が存在した記録も、誰の思い出も跡形もなく……」
「そうじゃなくて、魔法少女についてよ」
意外だった。俺としてはこっちが頼んでなって貰うものだと思っていたからだ。もう、覚悟を決めているんだろう。なんとなく適性が高い理由が分かるような気がする。
俺は魔法処女の概要をあらかた話た後でもこのまま魔法少女になって貰って良いのか分からなかった。
自分から声をかけておいて無責任だが怖いのだ。
魔法少女になった以上、死ぬ可能性もある。その時に何で私を魔法少女にしたんだと恨まれるのが怖い。
自分に耐えられる自信が無い。
しかし、相手は自分からなりたいと言っているのだ。
俺はアリサに最後の判断を任せた。
「もし、本当になってくれるなら今日の午後七時にこの学校の校門前に来てくれないか?」
「じゃあそれまでに身辺整理しておくわね。で、魔法少女になったら私はどこに住めばいいの?」
「それなら、新しい空間に居住スペースを設ける。空間に関してはさっき話した通りだ」
「そう、物の持ち込みはできるの?」
「大丈夫。だと思う」
「それじゃあまた後で会いましょう」
そう言って彼女は微笑んだ。
俺は今までの人生で美少女に微笑みかけられたことが無く嬉しい反面、心のどこかでは俺が遊ばれているだけで夜には現れないで欲しいとも思っていた。
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