7 語り合う女子アナ

「……いやー、それにしてもやっぱり肝っ玉潰れかけたぜ、俺様」

「まあ、そうだよね……」「私が貴方でも同じ気分だったと思う」「こんな凄い力だもん……」


 ようやく互いの心が落ち着いた後、葉月レンと葉月アンナの『4人の夫婦』はのんびりとリビングに座り、今回の状況を整理し始めました。


 時計の針は既にレンが仕事に向かうべき時間を指差していましたが、彼は家で妻とのんびりする事に決めていました。事務所にもテレビ局にも一切遅刻や欠席の連絡は入れていませんが、そのような事をする必要は、もうレンにもアンナにもありません。どれだけたっぷりと話してのんびりダラダラしても、自分たちの周りの時間を仕事に向かう前に戻してしまえば、一切問題が無いのです。

 あまりにも無茶苦茶で荒唐無稽な解決策かもしれませんが、かつて『嵐を呼ぶ女子・アンナ』と呼ばれていた元女子アナである葉月アンナの手にかかれば、そのような事は朝飯前でした。『時空改変』と言う、途轍もない影響力を持つ超能力を自在に使いこなす事が出来るのですから。


「いや、ほんとすげー力だよな……世界中をアンナでいっぱいにしたり、俺様の部屋をスタジオのセットにしたり」

「「「それに、こうやって私を3人に増やしたり……ね?」」」


 世界を司る様々な物理法則や人間が決めた様々なルールを瞬時に書き換え、自分の思い通りに世界を動かしてしまう、文字通り神様のような力――それが、アンナが自身で『時空改変』と名づけた不思議な力でした。レンが朝起きてから気絶するまでに味わった、無限に増えて彼の周りを覆い続ける女子アナ姿の葉月アンナの大群も、アンナとレン以外誰もいない町並みも、さらに地平線が見えそうなほどに膨れ上がった記者会見用のホールも、全て彼女が創造した産物でした。彼女の手にかかれば、普段暮らす世界とは別の、もう1つの世界を作り出す事もいとも容易く行えてしまうのです。


 ですが、それらは全て、彼が『無理をするな』と言ってくれた事に対する不思議な思いが交錯しあった結果創造してしまった産物でした。きっとその気遣いに対する嬉しさが暴走してしまったのが、今回の騒動の要因かもしれない、とアンナたちは揃って思い返していました。


「なーんか、アンナが女神様に見えるぜー」

「「「う、うん……ありがとう……」」」


 ですが、自分の妻のせいで散々な目に遭ってしまったレンは、逆に今までの事がその凄まじい超能力によって引き起こされたのを知った事で、すっかり安心しきっていました。勿論女神『様』のように恭しく丁重に扱うと言うわけではなく、むしろ最愛の女性、一生を添い遂げたいパートナーとしての魅力が増したように感じたのです。

 そんな中、彼はふと心に抱いた疑問を言葉に出して投げかけようとしました。


「でもよー、なんで今まで大っぴらに使わなかったんだ?俺様ならきっと……いや、そりゃ無理だ!」


 しかし、そう言いかけたレンは、自身の意見を途中で否定しました。ずっと昔見た事があるSFのテレビ番組の内容を思い出したのです。

 その主人公も、アンナの『時空改変』と同じように世界そのものを自在に作り変える能力を持っていました。ですが主人公はそれを自分の好き勝手に使い、季節も食べ物も思い通りにして、気に入らない相手は一瞬で抹殺するなど人々を苦しめ続ける暴君そのものだったのです。

 最終的に主人公は自分の力の暴走を抑えきれずに、自分を含めた宇宙の全てを消滅させてしまうと言う結末を迎えてしまいましたが、その破滅に至った一番の理由は、主人公が自分勝手でわがまま、そして自分以外誰も頼ることが出来ない孤独の中にいたからでした。もしこのような力――最愛の妻と同じ力を自分が持ってしまえば、きっと同じような事になってしまうだろう、と彼は考えたのです。


「「「……あれ、どうしたの?」」」

「い、いやちょっとな……やっぱアンナはすげえよ、そんな無茶苦茶な力があってもやりたい放題しなかったなんて」


「「「……そ、それが……」」」

「ん?」


 褒め称えるレンにアンナが少し恐縮したような、申し訳無さげな声を出したのには、非常に深い理由がありました。そもそも彼女がかつて『嵐を呼ぶ女子・アンナ』と呼ばれるほど様々な事件に遭遇し続けたのは、そもそも彼女自身の『時空改変』のせいだったのです。

ここら辺で何か盛り上がる嬉しい事が起きないだろうかと心の中で密かに願ったり、何か不味い事が起きそうと言う予感を抱く度に、彼女は自分の心を満足させるために能力を使用し、様々な特ダネを創造し続けていました。彼女の周りで起こっていた『嵐』は、アンナ自身が創り出した、文字通りの自作自演だったとも言えるでしょう。


 しかし、ともすれば信頼を失いかねないような告白を受けてもなお、レンは最愛の妻を褒め続けました。確かにここまで凄まじく鮮やかかつ大規模な『やらせ』は見たことも聞いた事もありませんでしたが、彼女が起こしたと言う事件や出来事――議員の頭髪がカツラだったり、取材先の近くで赤ちゃんが産まれそうだったり、とある芸能人が浮気をしていたり――は、どれも唐突に起きた出来事ではなく、以前から様々な疑惑や予兆がおき、いつ起きてもおかしくなかったものだったからです。自分の能力がばれないようにするため、とアンナは慌てた口調で自分の非を強調しようとしましたが、それでもレンは彼女を社会のルールをわきまえ、自分の能力を上手く制御する素晴らしい超能力者だ、と言い続けました。目の前にいるのは凄まじい力を持った冷酷な暴君ではなく、素晴らしい力を持った最愛の妻、最高の女子アナである、と。


「「「ありがとう……そんなに言ってくれて……嬉しい……」」」

「そんなに照れるなって。旦那として当然の事をしたまでさ。つーか、よく今までそれくらいまで我慢し続けてたなー」


「凄い力を持ちすぎるとどうなるのか」「私、何度も見てきたから……」「一応『マスコミ関係者』だもん……」

「あー……まあ、そりゃなぁ……」


 大きすぎる権力を持った者が弱者や疑惑の主を追い詰め続けるとどうなるのか、芸能界で働く身であるレンは嫌と言うほどその答えを見てきました。まるで暴君のようにその権利を活用しまくり、人々に伝える情報を自在に改変させ、やりたい放題していた人々を。まさかその当事者の1人、しかも最強クラスにやりたい放題していたのが我が妻である葉月アンナだとは、今日まで全く想像も出来がつきませんでしたが。

 ですが、多くの人たちがその権力と言う美味しい餌にのめりこみ、そのまま抜け出せなくなっているのに対して、彼女は表面上はその誘惑に従うような素振りを見せながらも、内側では自分たちの行為に対しての疑問をずっと抱き続けていたのです。あの時、女子アナとして復帰しても良い、と伝えたレンの言葉に対して嬉しさとは逆の思いが湧き上がってしまったのも、そういう要因があったからかもしれません。

 もしかしたらそれも、自分に対する戒めと言う『時空改変』の一種かもしれない、とレンが感じた時、3人のアンナは改めて、改変を一切行っていない自らの思いを告白しました。


「……正直、復帰したい……」「多分今までのようにはいかないと思うけど」「取り上げられ方も変わるだろうし……」


「まあ、そりゃ仕方ないぜ。アンナよりも面倒で厄介な連中はうじゃうじゃいるしよぉ……」


 それに、もし復帰したとしても、あまりに唐突な事態のせいで根も葉もない噂が立ち、自分たちの私生活を面白おかしく、そして様々な悪意を持って書いた記事が雑誌やネットに掲載されるかもしれません。時空改変でどうにかする事は出来るかもしれませんが、どちらにしろ自分たちが嫌と言うほどその悪意に晒されるという事態は避けられないでしょう。

 何とか最良の手段は無いか、としばらく頭を悩ませた時、レンは突然笑顔で立ち上がりました。


「……そうだ、そうだ!これだよこれ、良いアイデア思いついちゃった。流石俺様♪」

「「「え、本当!?」」」


 これなら絶対大丈夫だ、と自信を持って伝えたその考えを聞いたアンナは最初心配そうな顔を見せました。確かにこれなら面倒な連中を完全にシャットアウトし、アンナも思う存分大っぴらに自身の『時空改変』を披露する事ができます。ただ、レンの方はそれで平気なのか、と心配したのです。


「へへー、何言ってやがんだよ。実はさ、俺様ちょっと後悔してんだよ。朝からのアレ、なんで『夢』だって思ったんだろうなって」


「え、後悔?」「あ、あんなに混乱してたのに…」「大丈夫なの?」


「そりゃあの時は何も知らないまま投げ出されたからさー。でも今度は大丈夫だぜ……なぁ、アンナ♪」


 世界の全てが最愛のものに変わった空間は、自分にとっては最高の極楽、究極の花園だ、とレンは元気良く言いました。少々スケベな心も混ぜてしまいましたが、それでもアンナを安心させるには十分なものでした。妻の前でしか見せないお調子者ぶりを取り戻していると言う事は、レンは完全にアンナの全てを受け入れたと言う証だからかもしれません。

 自分自身の暴走を何の恨みも無く許してくれた自身の夫の優しさに、彼女は改めて感謝しました。


「こっちこそだぜ、アンナ。お前はずっと、俺様の輝きだ」

「「「私もよ、レン……♪」」」


 こうして『2人』はもう一度、互いの心を確かめ合いました。歴史をも自在に書き換える『時空改変』で無理やり創り出したのではない、2人の心の奥底から沸き上がった真実の愛を。

 その日、すべての活動が一時停止した宇宙が再び動き出すまでに、レンとアンナの時間で半日近くを費やす事になりました……。

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