6 真実を伝える女子アナ
「……」
「……」「……」「……」
全ての真実が明かされてからしばらくの間、1人のレンと3人のアンナの周りを物音一つ聞こえない時間が包み続けました。
先程までテレビのスタジオのような空間にいたはずの4人の夫婦は、いつの間にか本物の自分たちの家に戻っていました。ですが、普段通りにベッドの中に佇んでいたレンとは異なり、アンナは3人にその数を増やしたまま、彼の周りを囲んでいました。同一人物が増え続けると言う常識では考えられない現象ですが、これはれっきとした現実、それも葉月アンナが創り出した『常識』そのものだったのです。
「「「……ごめんなさい……ごめんなさい!」」」
そして、先にこの空気に精神が耐えられなくなったのは、元凶である葉月アンナの方でした。彼女たちは涙を浮かべながら、最愛の夫に必死に謝り続けました。自分は決して愛する夫を利用した訳ではないし、その心を操ったわけでもない。でも、全ての真実を洗いざらい語ってしまった以上、そのように疑われてもおかしくなくない状況。きっともう自分たちは信用を完全に失っているに違いない、とアンナは揃って考えてしまったのです。
「「「私、本当に貴方を愛してる!利用なんてしてない!だから……」」」
絶望のあまりに涙を流し、すすり泣き始めてしまった彼女たちの耳に入ってきたのは、信じられないような声でした。
彼女の最愛の夫である葉月レンが、突然笑い始めたのです。それも、今までにないぐらい大きく、豪快な声をあげながら。
「「「……え?」」」
「あーはははは!!いやほんと最高だよ!!ははほはは!!」
「「「さ、最高……って……え?」」」
その響きに嘲りやからかいなどの悪意は一切篭っていない事はすぐ見抜けたのですが、こんな状況なのにどうして大笑いをしているのか、今度は3人のアンナの方が唖然となり、頭に疑問を抱える番でした。
そしてひとしきり大笑いを済ませたレンは、何も言えないままじっと自分のほうを見つめる合計3名に増えた最愛の妻に、自信満々な目線を送った後、再び大きな声で告げました。
「ったく……なんだよ……そう言う理由だったのか!!だったら出会った時からそう言ってくれりゃ良かったのに!!」
その言葉には、一切の恨みも憎しみも無く、満足感や嬉しさ、そして爽快さに満ちた感情がたっぷりと込められていました。アンナが抱いていた絶望に満ちた思いとは全く正反対の気持ちを、レンはたっぷりと発散し続けていました。嬉しそうな笑いが収まらない彼に向けて、本当に怒っていないのか、と恐る恐るアンナは尋ねましたが、その心配は全く無用でした。むしろ彼の言葉通り、全ての『真実』を知った事で、レンは果てしなく上機嫌になっていたのです。
例えそれが、彼が今まで経験してきた現実を遥かに超越した、SF作品のような世界に足を踏み入れかねないような内容であったとしても。
「……そっか、悪い。よく考えりゃ俺様だってずっと1つ隠し続けたことあるじゃん。だから言えなかったんだよな……」
「「「隠し続けたこと……?」」」
「おう……アンナと一緒さ」
そして彼もまた、最愛の妻に頭を下げて謝りました。先程までずっと見続けたようなオカルトチックな超常現象が本当は心の底から大好きであると言う大事な秘密をずっと明かしていなかった、と言う事に。
葉月レンが葉月アンナに恋心を抱いた要因には、勿論その頑張りぶりや容姿、そして彼女の優しさもありましたが、もう1つ、アンナが遭遇し続ける不可解すぎる『偶然』がありました。彼女はかつてアナウンサー時代、『嵐を呼ぶ女子・アンナ』と言う異名をつけられてしまうほどに、多数の事件事故の現場に遭遇し続けました。朝のテレビ番組、昼の情報バラエティ、そして夕方の地元密着型番組、様々な形で取材に行ったり中継を行うと、喜ばしいことから緊急事態まで、様々な出来事が狙い済ましたかのように起きてしまうのです。
多くの人々はただの偶然と思うか、何かおかしな事でもあるのだろうとその偶然から目を反らしていました。ですが、レンだけは例外でした。現実ではあり得ない事だという常識的な考えの方が強かった彼ですが、それでも心の中で、文字通り『不思議』に満ち溢れていた彼女に惹かれていきました。
普段テレビで見せる自分自身のキャラとそぐわないと言う判断や、未だに根強く残るそういった考えへの偏見からずっとその嗜好を隠し続けていた彼でしたが、様々な『嵐』に巻き込まれるアンナを見る度に、偶然では片付けられない不思議さをどんどん感じるようになっていました。そして、彼の抱いた予感は今、この場で見事に的中しました。アンナはただの元・女子アナではなく、あまりにも凄まじすぎる力が宿るとんでもない女性だったのです。
「つーか、俺様は今回の件でもっとアンナの事が好きになったぜ。こんな最高の女性、宇宙の果てまで探してもいないからな!」
「「「ゆ、許してくれるの……?」」」
「何言ってんだよ、アンナは素晴らしい力を持った『宝石』じゃねえか!」
もしこのまま真実を語らず、ずっと内緒にし続けたままなら、『絶対に許さない』と言う最悪のカードを引いてしまったかもしれない、とレンは言いました。でも、正直に全てを告白してくれた今、彼には最愛の妻の気持ちは全て受け止めると言う度胸や勇気がみなぎっていました。むしろ、常識では考えられない力と言うのは、自分にとって最高のプレゼントだったのかもしれない、とまで告げたのです。
そんな彼の言葉に、ようやくアンナも安堵の表情を少しづつ浮かべ始めました。そして、ずっと長い間心の中で隠し続けた秘密を全て洗いざらい受け入れてくれたと言う嬉しさが、再び大粒の涙となって現れ始めました。今度は悲しみではありません、レンに対する感謝と嬉しさの涙です。
「「「ありがとう……ありがとう、あなた!!」」」
「どういたしまして……でへへ……もっと抱きついてもいいんだぜ、アンナ♪」
「「「も、もうっ……!」」」
喜びの涙を流す3人の妻に抱きつかれると言う、今まで考えた事も無かった極楽の中、レンは照れ混じりの笑みを浮かべました。彼女を安心させるべく、少しばかりスケベな言葉も交えながら。
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それから時間が経ち、ふとアンナが近くにあった置き時計を見た時、彼女は驚き、そして慌て始めました。既に時計の針は正午――最愛の夫である葉月レンが出演するはずの生放送の番組が始まる時間になっていたのです。ですが今の状況では間に合うはずも無く、完全に仕事をサボってしまったも同然でした。
どうしよう、と焦る彼女でしたが、彼女の夫であるレン本人は全く動じていませんでした。それどころか、『今日』はこのまま一緒にゴロゴロのんびり過ごして、思いっきり語り合おうと言い出したのです。一体何故そんなに悠長な真似ができるのか、それは自分以上にアンナがよく知っているはずだ、と言う最愛の夫の言葉に、ようやく彼女たちも気づきました。
「そうそう、もう全然大丈夫だからな。俺様の前で自由に『力』を使っても」
「……そっか、そうだよね」「うん、今日は一緒にのんびりしようか」「私もいっぱい話したい事があるし」
そう来なくっちゃ、と言うレンを合図に、笑顔を取り戻した4人の夫婦は寝室を後にリビングへと向かいました。
これからは、どれだけ家の中でのんびりしても、どれだけ体調が悪くなっても、そしてどれだけ夫婦の時間を過ごしても、仕事に支障が出る心配をする必要性はほぼ無くなりました。彼らが仕事をする時間まで巻き戻したり、別の自分を創造して仕事を任せたり、最悪仕事そのものを無かった事にしたり、様々な手段で対処する事が出来るからです。
葉月アンナが持つ、彼女の思い通りに世界、いえ宇宙の全てを自由自在に操り、作り変えることが出来てしまうという、全知全能とも呼べる不思議な力、『時空改変』を使えば……。
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