8 嵐を呼ぶ女子アナ

『こんにちはー、葉月アンナです♪♪今回私は、稲香乃山いなかのやま公園に来ております。ご覧ください、この瑞々しい緑!!』 


 『嵐を呼ぶ女子・アンナ』こと「富谷とみたにアンナ」が苗字を「葉月はづき」と改めた後、再びテレビの世界に舞い戻ってから幾月かが経ちました。

 復帰当初は各地のテレビ局や雑誌、スポーツ新聞となり、各地でインタビューが行われたり番組内でも突然業界に舞い戻った事に対しての意見が出たり、落ち着かない日々が続きました。勿論賛成の意見ばかりではなく、彼女に向けて直接批判的な意見、侮辱する言葉が投げかけられてしまった事もありました。ですが、かつての現役時代から自分の立場も姿勢も一切変えることなく、持ち前の『嵐を呼ぶ』積極さや、人々に爽やかな風を吹き込む誠実さ、そして的確に風を読む真剣さをそのまま維持した事が功を奏したのか、次第にそう言った賛否両論の議論は静かになり、アンナは無事アナウンサーとして活躍する日々に戻る事が出来たのでした。


『それでは、明日の天気をお願いします♪♪』


 ですが、今の彼女は過去の彼女――自分の真の心や能力を誰にも明かせないまま、ただテレビカメラの前で人気女子アナとして仕事に邁進し続けた時代とは異なっていました。昔から馴染みだったスタッフの人からも、以前と比べて落ち着きが出てきた、少しづつベテランの感じが現れている、と言われるようになりました。

 なんとなくアンナ本人には、そう言われる理由が分かる気がしてきました。今の彼女には、これまでには無かった大きな余裕が生まれていたからです。


『変わりまして、ニュースをお伝えします……』


 女子アナ・葉月アンナの生中継が終わり、番組はスタジオで待つ別のアナウンサーによるニュースへと移り変わりました。地方のニュースをきめ細かに伝える、重要な役割です。

 そんな若き女子アナの様子を、テレビの向こうからのんびりと見守る者たちがいました。


「ふふ、なかなか頑張るじゃない」「流石後輩ちゃんね」「昔から結構実力あったからね」「こうやって家から活躍するのを見るのも」「良いよねー」


 それは、先程まで遠くの自然公園で生中継をしていたはずの、葉月アンナ本人でした。しかも5も。

 普通の人には決してありえないような事態でしたが、全員とも全く動じることなくごく普通に、先程まで生中継のテレビ番組に出演していた自分自身の事を楽しく語り合っていました。窓は網戸が全開、外部までその賑やかな声が聞こえるぐらいです。閑静な住宅地とは言え、美味しいネタを狙うパパラッチの事を考えるとあまりにも無防備すぎますが、彼らにはそう言った心配は全くありませんでした。この場所は、彼女と最愛の夫以外、一部の例外を除いて誰も入る事が出来ない、文字通り『2人だけの世界』なのです。



「「ただいまー♪」」

「あ、おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」


 姿も声も5人の美人女子アナが談笑すると言う幻想的な場所にさらに2人の彼女が加わった事で、部屋の中はさらに賑やかになりました。女性陣は全員とも、姿形は勿論服も声も、そして名前も皆同じ、女子アナの『葉月アンナ』でした。

 このような不可思議な空間も、彼女が持つ不思議かつ凄まじい力、自分の思い通りに世界、いえ宇宙の全てを創り変えてしまう『時空改変』をもってすれば簡単に創れてしまう、それが彼女と言う存在でした。


 自分の力を最愛の夫である芸能人の葉月レンに明かした日、彼はその力で新しい『2人だけの世界』を作り、そこで一緒に暮らしてしまう事を提案しました。勿論『外の世界』との繋がりを絶つことはなく、あちこちに自分たちしか知らない秘密の出入り口を作り、そこから仕事や遊びに出掛けたりするようにしていますが、自分たちの世界の中には、レンとアンナ夫婦や、2人が認めた存在以外は誰も入れないようにしたのです。

 元々この世界はアンナが自分自身の気持ちを抑えきれずに暴走して創り出してしまった、女子アナ姿の自分で覆いつくされた空間そのものでした。ですが、せっかくこれだけ精巧に作ったものを呆気なく消滅させるのは勿体無いし、いっそ世界ごとリユースするのはどうか、とレンが考案したのです。


「それでね、今日のスタジオは……」「カクカクシカジカで……」

「「「「「あはははは、そんな事になってたんだー♪」」」」」


 勿論、『外の世界』ではアンナもレンも、最低1人だけでいるように心がけています。今までもずっと本来の性格や姿を隠し続けてきた彼らにとっては、そこまで気を遣う事ではありませんでしたが。ただし、そこで我慢した分はこの『世界』で思いっきり発散する事に決めていました。外でたっぷり溜めたストレスも、ここできれいさっぱり解消して、思いっきり好き勝手して、次の仕事に臨む、と言う訳です。

 そのお陰なのか、最近は夫婦揃って以前より仕事での評価が高くなっているように両者共々感じるようになっていました。仕事をする自分と休憩する自分、その2つを二重に経験するという不思議な日々の中で、心に不思議な余裕が生まれてきたのかもしれません。

 そんなアンナたちが、最近の様々な話題を仲睦まじく話していた時でした。突然テレビの画面が、緊急速報の画面へと変わりました。ただしそこに映し出されているスタジオは、『外の世界』で見られるものとは異なる姿でした。そう、この画面は――。



「レンさんアンナさんこんばんは、葉月アンナからの臨時ニュースです!!」


 ――葉月レンと葉月アンナ、夫婦専用の臨時ニュースなのです。


 『女子アナ』として自分と夫の名前を告げた彼女の姿は、外の世界のニュースでの衣装、太ももを覗かせるスカートに、胸元を空けて黒いアンダーシャツと僅かな谷間を見せるワイシャツと言うものでした。この世界でも、彼女は思う存分に女子アナの仕事をこなしているのです。ただし、そのニュース内容は――。


「葉月レンさんの本日の仕事が早めに終わり、私たちの世界に戻ってきた模様です!!

 間もなくそちらの様子が……はい、中継移ります、現場の葉月アンナさーん??」

「はい、葉月アンナですー!!」


 ――完全に個人的な内容でした。

 スタジオに座っていた葉月アンナから、家へと向かう道でマイクを握る葉月アンナにカメラが移動すると、そこには外の世界では決して見せることのない、彼女の力が思いっきり解放される場面が映し出されていました。


「レンさん、今日の仕事の内容は??」

「いや~、今日もドラマの収録ですよ~」


「今回のドラマはファンタジックな内容だそうですねー!!」

「タイムスリップものですからね~。ま、僕にとっては慣れっこですよそういうのは~♪」


「そうですねー!!今朝も2時間ほどタイムスリップしていましたね!!」

「それは言っちゃ駄目ですよアナウンサーさん~」

「いえいえー、でも寝坊は駄目ですよレンさん♪♪」

「いやぁ~、失礼失礼♪」


「レンさんこちらの質問にも♪♪」「レンさん♪♪」レンさん♪♪」レンさん♪♪」レンさん♪♪」レンさん♪♪」レンさん♪♪」レンさん♪♪」レンさん♪♪」レンさん♪♪」レンさん♪♪」レンさん♪♪」レンさん♪♪」レンさん♪♪」レンさん♪♪」レンさん♪♪」レンさん♪♪」レンさん♪♪」レンさん♪♪」レンさん♪♪」レンさん♪♪」レンさん♪♪」レンさん♪♪」レンさん♪♪」レンさん♪♪」レンさん♪♪」レンさん♪♪」レンさん♪♪」レンさん♪♪」レンさん♪♪」レンさん♪♪」レンさん♪♪」レンさん♪♪」レンさん♪♪」レンさん♪♪」レンさん♪♪」レンさん♪♪」レンさん♪♪」レンさん♪♪」レンさん♪♪」レンさん♪♪」レンさん♪♪」レンさん♪♪」レンさん♪♪」レンさん♪♪」レンさん♪♪」レンさん♪♪」レンさん♪♪」レンさん♪♪」レンさん♪♪」レンさん♪♪」レンさん♪♪」


 太陽が沈む夕暮れの道は、四方八方、何万何億もの女子アナ・葉月アンナの大群に埋め尽くされていました。同じ服を着込み、全く同じ楽しそうな笑みを浮かべながら、ある彼女は手元にマイクを持ち、ある彼女はボイスレコーダーを手に質問を投げかけ、別の彼女はデジタルカメラで写真を撮り続け、そしてその傍の彼女は巨大なテレビカメラを背負い、悠々と道を歩く俳優・葉月レンに注目を浴び続けていたのです。

 大好きな人との世間話を楽しみつつも立派な女子アナとしてしっかりとインタビューを続けるアンナの一方、レンもカメラと外の世界で見せる、飄々としながらも明るい口調や態度を見せ、彼女へ敬意を払い続けていました。ただその内容は家庭的、個人的なものばかりでしたが。


 そして、そんな彼に歓声を浴びせるアンナはこれだけに留まりませんでした。


「あなたー♪♪」あなたー♪♪」あなたー♪♪」あなたー♪♪」あなたー♪♪」あなたー♪♪」あなたー♪♪」あなたー♪♪」あなたー♪♪」あなたー♪♪」あなたー♪♪」あなたー♪♪」あなたー♪♪」あなたー♪♪」あなたー♪♪」あなたー♪♪」あなたー♪♪」あなたー♪♪」あなたー♪♪」あなたー♪♪」あなたー♪♪」あなたー♪♪」あなたー♪♪」あなたー♪♪」あなたー♪♪」あなたー♪♪」あなたー♪♪」あなたー♪♪」あなたー♪♪」あなたー♪♪」あなたー♪♪」あなたー♪♪」あなたー♪♪」あなたー♪♪」あなたー♪♪」あなたー♪♪」…


 四方八方、あらゆる場所にある家やビルの窓と言う窓から、全く同じ姿形の葉月アンナが一斉にレンに向けて声をかけてきたのです。ただし、こちらのアンナは皆全く同じ、露出度が高めのミニスカートやタンクトップで旦那に自分の美しさを存分にアピールする、彼の『妻』としての葉月アンナです。 

 女子アナとしての彼女や妻としての彼女が数限りなく増えまくり、四方八方から歓声を浴びせ続ける帰り道にも、すっかりレンは慣れていました。大量に押し寄せて容赦なく質問を浴びせるマスコミほど迷惑なものはないですが、それが自分の愛する妻となると話は別でした。彼女の元気ある声にその明るい表情、ついでにたわわな胸やむっちりした腰つき、太腿がどこまでも連なり、次々に夫である自分自身に可愛らしくも美しい声をかけてくれると言うのは、面倒な相手と長々付き合う場面も多い彼の仕事で抱えたストレスを思いっきり発散させてくれる、最高の気分転換の材料だったのです。


 そしてもう1つ――。


「あ、今レンさんが家の鍵を開けました!!」「中ではアンナさんたちが待っているはずです!!」「一体今日はどのような帰宅シーンになるのでしょうか!!」


「おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」…

「よーっす、ただいま、アンナ♪」



 ――いつの間にやら何十何百と言う数に増え、自宅で待っていたアンナに挨拶をする事も、レンにはすっかり慣れていました。どこへ言っても妻がいると言う今の状況は、まさにアンナと言う女神様によって授けられた最高の状態である、と言う考えは日々抱き続いていましたが。


「おっとカメラさんこちらへこちらへ!!」「ご覧下さい、葉月夫婦の仲睦まじい様子!!」「これが味わえるのは今のところ大量の葉月アンナさんだけというのが寂しい限りです!!」「それにしても良い眺めですね、アンナさん♪♪」「本当ですねー♪♪」


 そしてアンナの方も、最愛の夫の前で無限に愛を放つ事ができるこの世界を、毎日思う存分楽しんでいました。

 片やごく普通の芸能人、片やあらゆるものを思い通りに出来る超能力者。ですが『2人』は今、互いを愛しながら最も幸せなときを過ごしているのです。


「そうだアンナ、せっかくたくさん飲み物あるんだし、一発パーっといかねえか?」

「いいねー♪」「賛成♪」「私といっぱい飲んじゃおうか♪」「いいねいいねー♪」「賛成♪」「賛成♪」「賛成♪」「賛成♪」「賛成♪」「賛成♪」「賛成♪」「賛成♪」「賛成♪」「賛成♪」「賛成♪」「賛成♪」「賛成♪」「賛成♪」「賛成♪」「賛成♪」「賛成♪」「賛成♪」「賛成♪」「賛成♪」「賛成♪」「賛成♪」「賛成♪」「賛成♪」「賛成♪」「賛成♪」「賛成♪」「賛成♪」「賛成♪」「賛成♪」「賛成♪」「賛成♪」…


「どうですか~♪そこの葉月アンナさんたちも、僕たちと一緒に♪」

「いいですねー!!」「私たちもぜひぜひ!!」「という事で、今日はここで取材は終わりにさせていただきます!!」「また明日お会いしましょう!!」「さようならー!!」「さようならー!!」「さようならー!!」「さようならー!!」「さようならー!!」「さようならー!!」「さようならー!!」「さようならー!!」「さようならー!!」「さようならー!!」「さようならー!!」「さようならー!!」「さようならー!!」「さようならー!!」「さようならー!!」…



 そして今日も、無限に増え続ける女子アナとその最愛の夫の宴が、誰も知らない広大な『世界』で繰り広げられるのでした。2人の間を結ぶ、誰にも負ける事がない無限かつ無敵の絆を祝福し合うかのように……。


「かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」かんぱーい!」…


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