2 増える女子アナ

 その昔、『嵐を呼ぶ女子アナ』として名を馳せていた自身の妻。その過去を捨てたことを悔やんでいたのかずっと悩み続けていた彼女にアドバイスをし、無事元気になってほしいと思い続けながら別の部屋で寝りについた次の朝――。


「ふわぁぁああ……」


 ――テレビで見せる様子とは真逆、その大きな口でだらしなくあくびをしながら、俳優の葉月レンがゆっくりと起き始めました。普段通り、明るい太陽の光を浴びながらの爽やかな目覚めでした。


 今日の予定は、大好きな妻が作る美味しい朝ご飯を食べ、準備を整えた後にテレビ局へ向かい、午後の生放送番組への出演のための準備やリハーサルをするもの。早めに妻の愛がこもった美味しい食材を頂いて、今日の活力を得なければなりません。早速、彼女と美味しい朝食が待つリビングへ向かうため、レンがベッドから立ち上がろうとした、まさにその時でした。


「おはようございます!!」


 突然扉が開き、彼の妻である葉月アンナが元気な声をあげながら部屋に押しかけて来たのです。


 あまりにも唐突な朝の挨拶にも驚かされましたが、彼女の姿を見てレンは更に唖然としました。普段なら、この時間帯のアンナはピンク色や水色など淡い色のパジャマを着て、大きく豊かな胸を揺らしながら笑顔で美味しい朝ごはんと共に待っているはずでした。

 ところが、部屋の中に現れた彼女の姿は、レンの記憶の中だけにある過去の姿――白いブラウスに茶色のスカート、胸元を開いて黒いアンダーシャツを見せ、右手には銀色に輝くマイクを握った、かつての『女子アナ』そのものの格好だったのです。


「葉月レンさん、今日のお目覚めいかがですか??」

「お、お目覚め……よ、良かったぜ……」


 かつてテレビカメラの前で何度も見せたような積極的に真実に迫ろうとする押しの強さを見せつけられたレンは、テレビの前や報道関係者の前で述べる明るく気さくな口調になる暇の無いまま、ぶっきらぼうな言葉で慌てる事しか出来ませんでした。

 確かに昨日、彼は愛する妻に対して、自分の気持ちを抑え続けてばかりでいるよりも、たまには思いっきり発散するのが良いとアドバイスをしました。しかし、だからと言って突然アナウンサーの格好で現れるのは唐突過ぎます。容赦なく笑顔でマイクを向けてくるアンナに様子に混乱しきっていた、その時でした。


「おはようございます!!」


 突然、レンの傍からもう1つ、元気な声が聞こえてきました。2人しか住んでいないはずの部屋の中に。


 そして、アナウンサーの格好をしたアンナの隣で笑顔を見せる声の主の姿を見て、レンは心臓が飛び出そうなほどに驚きました。


「「葉月レンさん、今日も一日頑張ってください!!」」


 一緒に声を合わせ、彼にマイクを向けてコメントを貰おうとしている2人の姿は、どちらもふんわりとした髪の毛にモデル顔負けの微笑み、大きな谷間をのぞかせる胸、そして滑らかな腰つき――声も姿も全く同じ、全く見分けが出来ないほどに似た、葉月アンナだったのです!


 しかも、レンが驚いたのはそれだけではありませんでした。突然聞えた大きな音と共に、大きなテレビカメラを背負いながら美形俳優を撮影しようと押しかけて来たスタッフの顔も体も声も服装も、彼の妻である葉月アンナと全く同じではありませんか。


「へ、へ、へぇぇ……?」


「うふふ♪♪」「うふふ♪♪」「うふふ♪♪」「うふふ♪♪」



 突如4人も現れた、女子アナ時代そのままの姿の妻を見たレンは、リビングへ向かうのをやめ、そのままベッドへと引き返し始めました。ここは夢の中の世界だ、と解釈したのです。当然でしょう、同じ人物がいきなり4人も現れるなんて、ドラマや映画の合成映像やアニメのワンシーンぐらいしかあり得ない事ですから。

 今度こそしっかりと目覚めるために、4人のアンナに目を向けないようにしながらベッドの中に潜り込もうとしました。ですが、乱暴に毛布を開いた彼を待っていたのは――。


「おはようございます、葉月レンさん!!」


 ――彼のベッドの中で横になりながら、笑顔でマイクを向けてきた、女子アナ姿の葉月アンナでした。

 しかもその側には、レンに巨大なテレビカメラのレンズを向ける、6人目の彼女まで姿を現していたのです。


「これからいかがなさいますか??」いかがなさいますか??」いかがなさいますか??」いかがなさいますか??」いかがなさいますか??」いかがなさいますか??」


 増え続ける女子アナからの質問攻めに遭い、夢の外に逃れると言う手段も封じられてしまったレンに残されていたのは、彼女たちマスコミの取材を押しのけてこの場から逃げると言う選択肢だけでした。

 普段からそういった事には慣れている彼でしたが、今回はあまりに異常な事態。いつもの姿を見せる余裕も無く、レンは固い表情のまま急いで自室から逃げ出すしかなかったのです。


 幸いレンの鼻の中には、今日も美味しそうな朝ご飯の香りがたっぷりと入り続けていました。きっとエプロン姿の自分の妻が待つリビングに入れば、あの混沌とした夢の空間は消え去るかもしれない。そんな一抹の希望を抱いて飛び込んだ部屋の中には、彼が普段から見慣れている、可愛いエプロン姿のアンナの姿がありました。


「おはよう、あなた♪」

「よ、よう、おはよ……」


で すが、それに返すはずのレンの挨拶は途中で止まってしまいました。美味しい朝ご飯が置かれたテーブルの周りを――。


「「「「「「おはようございます!!今日も気持ちの良い朝ですね!!!」」」」」」」


 ――清々し過ぎるほどの笑顔を見せる女子アナ、『葉月アンナ』の大群が、何重にも葉月夫婦を取り囲んでいたのです……。

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