3.生械
「おい、知ってるか? 昨日の殺人事件の話」
「ああ。これで十件目だよな? またあの、
「こえーよな。無差別みてぇだし。夜は気をつけねーとな」
多くの人間が行き交っているスクランブル交差点。
すれ違う若者二人の会話が耳に入った。普段なら、他者の話など気にも留めない俺だが、自分の話をしているとなったら別だ。
人は誰しも、自分のことが話題に出されている時は、耳が良くなるものだろ?
まぁ何が言いたいかっていうと……つまりそう、俺はここら辺じゃ有名な殺し屋だ。依頼されれば誰だって殺す。あぁ、もちろん金もきっちりと払ってもらうが。
昨日殺した奴は、彼女を奪った男を殺してほしいと、そう依頼してきた野郎だ。だが俺が殺しを成功させた途端、この町から逃げ出そうとしやがった。代金を踏み倒そうとしたんだ。
全くひどい話だよな。こっちは真剣なビジネスだってのに。
しかも俺を使って、間接的に人を殺してるにも関わらず、自分は関係ないなんていうスタンスの野郎だった。命をなめてやがる。
人を殺す覚悟をしておきながら、殺される覚悟は持っちゃいねぇ。つくづくなめた野郎だったよ。今思い出してもムカムカしてくる。
……まぁだから、いつもよりちょっと
だからよ、感情なく、躊躇なく人を殺害するからって理由で、鉄鬼なんてあだ名が付いたんだが、昨日は感情剥き出しだったってわけさ。俺も所詮、一人の人間ってことよ。
自分が可笑しくて、つい鼻で笑う。
と、その時、懐に忍ばせているスマホが鳴った。
『鉄鬼さん……かな? 君に、仕事を依頼したいのだが』
仕事の話か。どこから俺の番号を手に入れたのは知らないが、依頼は必ず聞いてみるというのが俺のポリシーだ。請けるかはその後に決める。
俺はすぐさま、待ち合わせ場所を話し合った。
場所は、もう使われていない廃工場だった。入り口には、白衣を着た何人もの人間が俺を待っていた。初めてのことで、さすがに少し戸惑う。
「もしかして、ここにいる全員を殺してほしいってことか?」
「ふふっ、冗談を。私たちではないよ。多いのは多いがね」
白髪に白髭を生やした、かなりご年配の様子の老人が答えた。どうやらこの集団の代表らしい。
「殺してほしい人たちは、あの中にいる。案内しよう、付いてきてくれたまえ」
人たちか……。確かにターゲットは一人じゃないらしいが、この男たちの雰囲気から察するに、すでに捕まえてはいるのだろう。拘束された人間を殺すなど、今までにない容易い仕事だ。
しかしこいつらも、昨日の男と変わらないな。捕まえたはいいが、自分たちでは殺せないのだ。全く……どいつもこいつも。
人間というものに呆れていた俺だったが、予想は面白いほどに的を外れていた。
工場の地下。ガラスに囲まれた広い空間の前まで歩いて、目を見張った。
ガラス越しに映る、白い服を着た人間の集団。千はゆうに超えている数の人間が、まるで今から行進をするかのように、綺麗に並んでいる。
「なんだ? こいつらは? こいつらを殺せってのか?」
「ああ。正確に言えば、ここにいる人たちを全員壊してほしい。彼らは、私たちが作ったアンドロイドでね。失敗作なんだ。普通に処分しても良かったんだが、どうせだから、今巷で有名な君にやってもらおうと思ったのだよ。安心したまえ、彼らが抵抗するようなことはしない」
「ふざけるな。俺は殺し屋だ。鉄の処分なら解体屋にでも頼め」
俺は老人を睨んで、踵を返した。専門業者に頼めば一瞬で終わる仕事だ。俺がやるのは、明らかに時間の無駄だった。
「待ってくれ。相応の報酬は与えるよ。五億だ。もちろん、成功したらの話だがね」
金額を聞いて、俺は思わず踏みとどまる。
五億だと? ……そうそうない仕事だ。
「……いいだろう。引き受けてやる。ただし、金はちゃんと払え。契約を破った時は、お前らの命を貰う」
「決まりだね。じゃあ早速、これを頭に付けてくれ」
老人が、半キャップに似た黒いヘルメットを渡してきた。俺は訝しげな目でそれを見る。
「なに。ただのヘルメットだよ。抵抗しないとはいえ、動くのは動くからね」
「……どうせ何か仕掛けがあるんだろ? まぁいい。ほかに要求は? あるなら今言ってくれ。俺はすぐに始めたい」
「特にないが、あの部屋にある物だけで壊してほしい」
「それだけか。了解した」
俺は半キャップを被り、部屋の中へと入った。
すごいな……。かなり精巧なアンドロイドだ。近くで見ても人間にしか見えない。軽く触ってみても、自分の肌と変わらない感触だ。
これで失敗作か。……まぁいい。急いで取り掛かろう。
近くにあるナイフを手に取り、まず一人目、黒髪の男に突き立てる――
「ぎゃあぁぁぁ!!」
突然上がる悲鳴に、俺は思わず後ずさった。
「なにっ……! 声出すのかよ!」
ガラス越しに俺を見ている老人たちは、何も答えない。
ただ、鳴き止んだアンドロイドが、倒れる音だけが返ってきた。
「上等だ。ただの機械が!」
俺は次々に、ナイフで壊していく。
痛そうに悲鳴を上げるやつ。
痛そうに切られた首を抑えるやつ。
作られた血を飛沫させ、悶えるやつ。
アンドロイドは、様々な反応を示した。
まるで本当に生きているかのように……。
涙のようなものを流し、助けてと命乞いするやつ。
運命を受け入れたように、壊されるのを待つやつ。
裂けた皮膚の間から、本物のような骨を見せて、
だがこれは、ただの機械だ! 人間じゃない、人間じゃない!
俺はただただ、無我夢中で壊し続ける。
ハンマーで壊して。
飽きてはチェーンソーで。
飽きては銃で。
飽きては手榴弾で。
俺は、ひたすら壊し続けた。
「止めてくれ! まだ死にたくない!」と、逃げる男。
「ぃきたい……生きたいっ!」と、首から血を噴出して叫ぶ女。
「いやだ! 助けて! 誰か助けてくれよ!」と、泣いて怯える子ども。
「この人殺し! お前は、最低な人間だ!」と、無い指で俺を差して、罵倒する老人。
「あぁ……神様……」と、両手を失いながらも祈る女。
そして、腹から出た疑似の臓器を引きずったまま、何かを求める男。
「大切な人がいるんだ! 僕は、まだ死ねな――」
容赦なく、その叫びを止めていった。
もはやどれだけ殺したのかわからない。どれだけ時間が経ったのかも。
無数の残骸で、床が確認できなくなった頃。
いつの間にか、余裕がなくなっていた。
「もう止めてくれ! この女は、ずっと俺にしがみついてんだぞ! 俺をずっと、見つめてくるんだ! これは抵抗してるってことだろうが!」
肩に抱きついている、もはや下半身のない金髪の女が、涙を浮かべた顔を寄せて俺を見てくる。
その瞳の中の、血にまみれた俺に、女は透き通った綺麗な声で語りかけた。
「……あたしを愛して。なんでもするから、殺さないで……」
ただの機械が……。
俺は、おかしくなりそうだった。
「うるせぇぇぇ! もう死んでるだろうが! そうだろ? この女は死んでるんだよなぁ? おい! この部屋を開けろぉ!」
耐えきれずに、暴れた。ガラスを叩いて、向こう側の白衣の男たちに叫ぶ。
が、誰一人聞こうとする様子はなく、ノートパソコンの画面を、じっと覗きこんでいるだけだった。
くそっ! ふざけんな! なんなんだこいつらは!
声が止まない、死にゆく奴らの顔が消えない!ただの機械の声、機械の顔なのに……!
今までだって殺してきた筈だ! それなのに……。
「……頭を潰しても、両手両足を潰しても、どいつもこいつもまだ這いずってやがる。まだ……命を求めてるみてぇに……その目で俺を見てきやがる! ……うぅぅ、あぁぁぁ!!」
ついに、俺は膝から崩れて発狂した。
「博士、彼の脳波が……」
ガラスの向こうにいる、一人の若い男が老人に話しかける。
「ああ。実験は成功のようだ。人殺しの彼に、人間としての感情を抱かせた。しかも、アンドロイドを人間と同一視したのだ。我々のアンドロイドは、限りなく人間に近い物となった!」
そう言って、老人は高らかに笑いだした。
「ははっ! 素晴らしい! 素晴らしいよ! 誰の命も冒されない! 素晴らしい実験だった! ははっ! はははっ!」
歓声が湧く向こう側とは正反対に、こっちの部屋は静かだ。
気力が失せ、項垂れる俺の頬に。
女がそっと、キスをする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます