第2話「押し込めた想い」
前回私は、自分の記憶を貯蔵している「秘密の図書館」の話を書いた。
今度は逆に「忘れること」の重要性から、人がもつ記憶の不思議さに触れていきたいと思う。
「忘れること」
というのは、
実はとても大事なことである。
あんまり忘れっぽいのは困り者だが、日常生活の中で「忘れることができない」というのは、とても苦しみを伴うからである。
ある種「忘れる」行為は、世の中を生き抜くために備わった偉大な能力なのかもしれない。
だが「忘れる」ことはあっても、「なくなる」ことはないのが記憶である。
「忘れる」というのは、記憶を自分の無意識下においた状態だと思う。
意識下におくか、無意識下におくかは、他でもない自分自身が選択しているのだ。
かくいう私は、人よりも記憶力が良い。
それも苦い経験ともなると、
当時の空間、人の言動、全てを、スクリーンで再生するかのように思い出すことができる。
つまり、
同じ過ちは二度としないように、
その経験を今後の人生の糧とするべく、
私自身が選択して、記憶しているということになる。
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それとは別に、私には、
ハッキリと思い出せない出来事があった。
断片的には覚えているので、どのようなことがあったかという事実は知っている。
だけど、その体験したはずの詳細には触れることが出来ない。
何度アクセスを試みても、どうしても思い出せないのだ。
この部分に触れると、必ずといっていいほど、
なんとか思い出そうとする自分と、
そこに白い霧のようなものをかけていたい自分が
拮抗した状態になってしまう。
このまま思い出さなくてもいいじゃないか。きっと私の記憶が忘れることを選択したのだから。
今の私には必要がないから覚えていないのだ。
…だとしたら、必要な時がきたら私は全てを思い出すのだろうか?
時折、そんなことを考えたりもした。
現在私は27歳になった。
無駄が多くて、遠回りの多い半生だったが、そのいずれもが、私のかけがえのない宝物だ。
必死でかけ抜けてきた日々には、勿論苦しい事が沢山あった。
だが今振り返ると、そのいずれもが、本当の自分自身を思い出すために、天から与えられた試練だった気がしてならない。
そんなある日。
ふとしたことから、
自分の中でずっと触れることが怖かったことに、1つの回答が導きだされることになる。
それに付随して、当時のあれやこれやをようやく鮮明に思い出すことができた。
記憶というのは凄い。
まるで今の自分なら受け止められると判断したかのように、どんどんどんどん湧き出てくるのだ。
つらい記憶を思い出すのは、他でもない自分自身からの「しっかり癒されたい」というサインのような気がする。
ならば、とことん向き合って、当時の自分を受け止めてあげたいと思う。
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夢や希望に溢れていた高校一年生の頃、声に違和感を覚えはじめた。
徐々に悪化し、やがて生活に支障が出るようになってからしっかりとした病院で検査をうけるまでに2年の月日を要した。
「伝えたいことがあっても声がでない」という苦しみは、やはり実際に体験したものにしか分からない感覚だと思う。
意外なことに、一番辛かったのは、罵倒された時でも、周囲の人々に理解されなかった時でもないのだ。
自分の大切な人に、感謝を伝えたい相手に、「ありがとう」という一言が上手くいえなかった時が一番苦しかったし、自分に対して心底ショックだった。
「声が出づらいこと」というと、
そんなこと全然気にしてないよ!とか、
心配しなくて大丈夫だよって言われてきたが、
問題は、声が出づらいこと自体にあるわけではない。
「声が出づらい状態で日常生活を生きていくこと」が、何より大変だった。
どうして声がでないのか?
自分はどうなってしまったのか?
声を使わないで働くなんて出来るわけがない。
どうしたらいいのだろう。
どうやって生きていったらいいんだろう。
このエッセイは特別なものでは決してない。
ずっと押し込めてきた想いを、なぜこのタイミングで綴ろうと思ったのかは正直分からない。
ただ、ようやく書きたいと思った。
ある日突然、声の自由がきかなくなった私の、
当時から現在に至るまでの生々しい程の心の叫びを、
ふと、誰かに聞いてほしくなった。
声に悩む全ての人に捧げたい。
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