第3話「戦争の足音」
当時、日本はすでに開戦していましたが、祖父の生活はしばらくの間は変わりませんでした。
それは、東京に住む多くの人たちも同様です。
今でこそ「第二次世界大戦」というと、多くの方が犠牲となった惨劇を思い浮かべますが、当時の人にとっては、それは歴史でもなんでもないのです。日常です。平和に日常を生きていた最中に突然、自分たちはいま、戦争の真っただ中にいるんだと自覚させられる出来事が起こるのです。
祖父>
「日本は戦争をしているとは言っても、それは海外でのことであって、新聞で活躍が書かれているだけだからなぁ。自分たちの生活が変わるわけじゃないんだから、戦争に対して危機感をもって生活しているような人はあまりいなかったな。今の日本と一緒だよ。平和ボケしていたら、ある日突然、自分たちの頭上に敵の戦闘機があらわれるんだ。どれほどの恐怖かわかるかい。その時にはじめて、日本の民衆は戦争というものを自覚したんだ。気づいた時には、すでに戦火の中だったよ。」
平凡な祖父の日常にも、徐々に戦争の足音が近づいてきました。
工場で作業をしていた祖父の元に、同僚の一人が駆け込んできます。
同僚>
「味噌君!外に出てみてくれないか。飛行機がいっぱい飛んでいるんだ!」
祖父が外に出ると、アメリカの戦闘機「B-29」が見えました。
祖父>
「あれは敵の戦闘機なのか…?どうしてここに?」
嫌な予感がしました。
B-29は、その後も度々東京の空に現れては偵察を繰り返し、やがて空襲を仕掛けてくるようになりました。
祖父>
「防空頭巾って知ってるだろう?爆弾っていうのは直接打たれなくても、爆風で死ぬことがある。それほど凄い威力なんだ。だから、その時代の人はね、空襲警報がなるとまずは防空頭巾をかぶる。そして、手で目を覆うようにして、腹這いになってしのぐんだよ。爆風の威力で目ん玉が飛び出さないようにしなきゃいけないからな。」
度重なる空襲の中で、次第に食べ物は少なりなり、町にはお腹を空かせる人たちが溢れるようになりました。
当時、祖父の住んでいた地域には、国が公認した「食堂」が2軒あったようです。
食堂が開いている時間帯は12時~14時。
営業日は曜日で決まっていたようで、
飢えた民衆は、お昼時になると、その食堂の前に必死に行列を作りました。
行列に並んだからといって、すべての人が食べられる訳ではありません。
お店の人が順番を数えていき、50番以降の人はどんなに泣き叫んでも、そのまま帰されました。
私>
「食堂って何が食べられるの?」
祖父>
「雑炊だよ。」
私>
「どんな雑炊?」
祖父>
「残飯汁だよ。昔はね、工場が多くてなぁ。社員の人たちが寮で食べ残した物は、1つのバケツに集められたんだ。で、それを食堂の人が引き取りにくる。人が食べ残した残飯を、大きな鍋に入れて、塩や醤油で薄く煮込んだのが残飯汁。だから何が入っているかわからないんだよ。おじいちゃんが食べたときは、ねずみのしっぽが入っていたな。魚の骨なんかもあった。当時の人は雑炊の正体をみんな知ってたよ。けど、必死に食べにいった。生きるためにね。あんな残飯汁でも飢えた状況では、美味しく感じられたものでよう。」
お腹を空かせた民衆には、闇市でこっそり食料を手に入れるという方法もあったようです。
ですが、運が悪く憲兵に見つかり、食料をそのまま没収される人も多かったとか。
祖父>
「この憲兵っていうのが意地の悪い男でなぁ。綺麗な娘っ子には見逃してやることも多かったんだけど、年のいった女だとダメだな。どんなに泣いてもわめいても、食料をはぎとっていくんだ。けど、その憲兵がちゃんと役所に食料を届ける訳じゃない。そのまま自分の懐に入れるんだ。そのことを皆分かっていたけど、逆らえたもんじゃない。こらえるしかなかった。あの娘たちは本当に可哀想だった。おじいちゃん、今でもその時の憲兵の顔を忘れないんだ。」
祖父は社員寮で「この戦争は間違っている。日本が勝てる訳がない。」とよく同僚に話していました。
先輩>
「味噌君。壁に耳ありだぞ。そんなこと口に出してはいけない。もし誰かの耳にはいったら、非国民として連れていかれることになるぞ。何が正しいとかじゃない。それを追求できる世の中ではないんだ。これが、戦争なんだ。そのことを忘れるんじゃないぞ。」
と寮の友人たちに、よくなだめられていたそうです。
それでも祖父は、「この戦争はなんなんだ…?戦争ってなんだ?」と考えたそうです。
世の中は、ますます暗い時代に突入していきました。
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