第1章 -2-
いったいこんな田舎の城に誰が攻めてくるっていうんだ?
フランク・ミューラーは、明かり一つない闇夜に包まれた田園風景を見渡しながら、己の仕事の無意味さを嘆いていた。
誰も来るはずなどない。この城にはめぼしいものなど何もないのだ。それは到着初日に城内を隅々まで捜索したミューラー自身がよくわかっていた。
にも関わらずこの厳重警戒。どうにもこの仕事には自分達下っ端には、知らされていない秘密がありそうだ。実際隊の指揮官連中は、何もないはずの城内に、ここ数日こもりっきりでこそこそと怪しげな活動を続けていた。
昼間に現れた二人組のこともある。アメリカ大使館職員を名乗った二人は、本件に関する合衆国からの極秘の通達書を持ってきたと説明した。オーストリア政府の委任状もあったため、彼らは二人を招き入れた。しかしそれからもう何時間も経つというのに、連中はまだ城の中だ。
加えてミューラーが気になったのは彼らの身のこなしだった。常に周囲に気を張った隙のない一連の動作。あれはデスクワークを生業にする者の立ち居振る舞いではない。
自分と同業の――軍人の動きだ。
嫌な予感がしていた。この『ドラハントゥーター』という会社は、給料は良いが、どうも怪しげな任務が多すぎる。今回の仕事が終わったら、転職を真剣に考えた方が良いかもしれない。
「おい、誰か来るぞ」
ふいに、並んで見張りにつくデニスが声をあげた。目を凝らすと、街灯もない城の正面の暗がりから、小柄な人影がとぼとぼと歩いてくるのが見えた。
「女……?」
ミューラーはつぶやいた。挙動不審な様子で現れたのは、東洋人の女だった。こんな田舎にはふさわしくないミニスカートをはき、うさぎのぬいぐるみみたいなリュックサックを背にしていた。
東洋人の女は幼く見えるという部分を加味すれば、年齢は二十代前半といったところか。色気はないが、雰囲気はキュートな女の子といった様子だった。
なんにしろ、この場に相応しくない人物であることに間違いはない。
距離が近づくと、向こうもこちらに気づいたのか、カタコトの英語で大声を上げた。
「すみませーん! わたし、道、迷ったー! 宿、ホテル、知りませんかー?」
「……こんな場所に旅行者だと?」
「まあ、待てよ」
武器を構える相棒を片手を上げて制する。故郷で暮らす娘のことが頭に過ぎっていた。娘はちょうどあの女と同じくらいの年頃だった。もう半年会っていない。
「泊めてー! 暗い、恐いー! お願いしますー!」
「お嬢ちゃん、こっち来な」
「おい、正気か?」
手招きするミューラーにデニスが言った。
「もちろん。なあ、見ろよ。相手は民間人の女だぞ。危険なんてないさ」
「俺は軍にいた頃イラクで戦った。そこで、部隊の仲間は全滅した。あいつらがどんな風に死んだか教えようか? 爆弾を抱えた民間人に殺されたんだ。連中は近づいてくる時笑顔で手を振ってた。今でもあの笑顔が忘れられん」
R.I.P.ERS -ブレイクロード- 浄化 @joker36
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