最終話 辿り着いた意義
旧校舎の火災事故から、さらに一ヶ月。梅雨も明け、いよいよ夏本番、というこの季節の中。
「……で。なんでまだ、あんたがいるんだよ」
「……? 以前もお話ししましたが――学園長から、単純に用務員として有能だからここにいろ、と言われましたので」
「わかってるよそんなこと! あーもー! なんか腹立つ〜!」
「……?」
袈裟ベルトを外した才羽幸人が庭の整備に勤しむ傍らで、玄蕃恵は口先を尖らせていた。その頬は、夏の暑さとは無関係の熱を纏っている。
あの日、もう会えないと覚悟し流した涙は、すっかり無駄になってしまっていた。
あの火災事故の後。幸人は任期を満了し、「救済の遮炎龍」を引退。スーツは開発元の救芽井エレクトロニクスに引き渡され、解体が決定している。
現在ではパッタリと姿を消した「救済の遮炎龍」に代わり、蒼い装甲強化服で身を固めた量産型「救済の遮炎龍」が消防庁に配備され、あらゆる火災現場で活躍していた。
彼らのスーツを完成させた時点で、才羽幸人のヒーロー生命は終わったのである。
だが、ヒーローでなくなった今も、その仕事ぶりを理由に用務員を続行する運びとなり……こうして変わらず、恵や真里と平和な日々を送っている。
恵個人としては余計な心配で涙を流す羽目になったので、腑に落ちないところもあったのだが、この先も愛する男と共に過ごせる結末は、素直に喜ばしいものでもあった。
「才羽くん、恵! お待たせっ!」
「おせーぞ真里、三十分オーバーだ」
「ご、ごめんね恵。生徒会の仕事って、まだまだ全然慣れなくて……琴海先輩にも、迷惑かけっぱなしだし」
「いーんだよそれは。文村先輩なりのケジメって奴さ」
そこに、新たな生徒会長として選ばれた佐々波真里が、息を切らせて駆けつけてくる。
半月の療養を経て、すっかり回復した彼女は、文村琴海に代わる生徒会長として、テニス部を牽引するエースとして、多忙極まりない毎日を送っていた。
植木鉢の件の犯人が、生徒会に紛れ込んでいたこと。その犯人が、さらに真里に危害を加えたこと。
それら諸々の生徒会の不祥事の責任を被る形で、文村琴海は生徒会長の座を退くこととなり、彼女に次ぐ成績優秀者である真里が、その後継者となった。
この女学院の生徒達の頂点である生徒会長。その絶対的存在に、庶民の出が君臨する。その衝撃は女学院全体を震撼させ、前代未聞の事態となった。
だが、後見人となった琴海自身のサポートにより佐々波政権は徐々に人望を集め、今では琴海に次ぐ女学院の有力者としての地位を確立するに至っていた。
「それにどーせ遅れた理由はアレだろ? 文村先輩に『救済の遮炎龍』の話をせがまれ、そっから先輩のヒーロー講座が始まり、抜けるに抜け出せずってとこだろ」
「ぎく……」
「あのなぁ、先輩の顔を立てようってんだろーが……バレバレなんだっつーの。何年の付き合いだと思ってやがる」
「うう……ごめん」
「ま、そこがいいところになることも、たまーにあるけどさ」
恥ずかしそうに頭を掻く真里は、上目遣いで幸人を見上げ、舌先をぺろっと出す。
そんな彼女に対し、幸人は相変わらずの仏頂面の中に微かな笑みを滲ませ、首を振る。
「才羽くんもごめんね? お昼ご飯、一緒に食べる約束だったのに」
「いえ。こちらこそ、生徒会長の昼食に立ち会えることを許可して頂き、至極光栄に存じます」
「だ、だからぁ、そういう畏まった感じはやめてぇ! そもそも誘ったの私だし!」
「おーおぉ、赤くなっちゃって。こりゃほっといたらガキでも仕込みかねないなぁ」
「恵ぃぃい!」
「そうですか。しかし佐々波様は未だ学生の身。世継ぎのことをお考えならば計画的に……」
「才羽くんも乗らないでえぇ! 楽しんでるでしょ!? この状況楽しんでるでしょっ!?」
「はて、何のことでしょうか」
昼下がりの中庭を舞台に始まった、平和なひと時。そこから始まった遣り取りの中で、才羽幸人は確かに。
自分のヒーローとしての意義を、噛み締めるのだった。
(父さん。オレは、やっと……)
季節は夏。恋が始まるこの時の中で、新たな日々が幕を開けた。
ヒーローの物語は終わったけれど。才羽幸人の物語は。佐々波真里の物語は。玄蕃恵の物語は。まだ、終わらない。
この先もずっと。続いて行く。
◇
「……へぇ。ヒーローを降ろされてしょげてるかと思ってたが、意外と元気じゃん」
「もうその辺にしておけ。才羽先輩の様子を確認するというのが、茂先生の命令だ。私生活まで盗み見るものじゃない」
「わぁってるよ。人を盗撮魔みたいに言うんじゃねぇ」
――その頃。聖フロリアヌス女学院の校庭を、遥か遠くから二人の少年が見つめていた。
遠方に聳え立つ高層ビルの屋上から、双眼鏡で才羽幸人を監視する短身の少年は、吹き抜ける風に金髪を揺らす。
その傍らに立つ長身の少年は、黒髪を靡かせて踵を返し、この場から立ち去り始めた。そんな彼を追うように、短身の少年も双眼鏡を懐にしまい歩き出す。
「まぁ、アレだ。仮に任期満了じゃなかったとしても、外部に身バレしたってことで遠からずヒーローはクビになってたろうな。あの人らしくねぇ幕引きだが」
「俺達も油断していると、思わぬミスでバレるかも知れん。特に、お前は何かと迂闊だからな」
「うるせぇ。もしお前が先にバレたら『ばっきゅんきゅん☆ミニスカポリス』のブルーレイボックス没収だからな」
「フン、ならお前がバレた時は『ぷすっとおちゅうしゃ☆ミニスカナース』の限定フィギュアを貰おうか」
軽口を叩き合いながら、屋上から消え去って行く二人。彼らの胸には――
「……さぁて。次のテストは、オレ達か」
「抜かるなよ。俺達の責任は、ある意味では才羽先輩以上に重い。何せ、使い方を誤れば凶悪な兵器にもなり得る『G型』の後継機なんだからな」
――幸人が身につけていた物とは、似て非なる。銀と銅の色を持つ、鋼鉄の袈裟ベルトが巻かれていた。
「
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