異聞 着鎧甲冑ドラッヘンインパルサー

第1話 消防士の死と、少女の決意

 少女が見上げた空は、黒煙に満ちていた。


 逃げ惑う人々の叫び。激しく行き交う車。誰もが、この一瞬を懸命に生きている。戦っている。


 これは死者が絶えない戦争でも、人類の終末でもない。単なる、デパートで起きた火災だ。

 確かにただならぬ事態ではあるが……車への引火、誘爆が連発して大火災に発展した――という程度スケールが違うに過ぎない。あくまで人類に降りかかる災厄としては、単なる「火事」だ。


 だが、その程度でも人は死ぬ。焼かれるより先に煙に巻かれ。煙から逃れようと、窓から飛び降りて。

 少女の目の前に頭から落ち、弾けるように頭部を失った犠牲者も、そんな内の一人だ。


 幼気な少女はそんな惨劇に震えながらも生きることだけは捨てまいと、ひた走る。だが、彼女の頭上にも「悲劇」は迫っていた。


 設計の想定から外れた衝撃、即ち爆発を受け、変形した天井に亀裂が走ったのだ。やっとの思いで愛娘を見つけた両親は、眼前に迫る娘の「死」に絶叫する。


 その声は、まるで宣告のようであった。直後に天井が崩れ、少女の全身をその影で覆い尽くす。黒煙でも火でもない「何か」に視界を埋められ、少女の思考は停止した。


 しかし。少女の思考は、再び動き出した。そこに待っていたのは永遠の眠りではなく。


 知らない顔の、男性。

 だが、その男性の白い服に、少女は見覚えがあった。


(消防士、さん……!)


 その時。少女の身体が、自らの意思に寄らない力に突き動かされた。

 少女を庇い、その背で天井の崩落を受けた男性は、血だるまになりながら、それでも。小さな背を押し、両親の元へと送り届けたのだった。


「……もう、大丈夫だ」


 それが。少女が聞いた、最初で最後の男性の声。消防士、鳶口纏衛とびくちまとえの最期だった。


 ◇


 その消防士の葬儀は事態の終息後、彼の仲間達の間でひっそりと行われた。両親も妻も既に亡くしていた彼の遺族は、一人息子だけであり、この少年もまた、父だけが拠り所だった。

 ただ一人の肉親であり、家族であった父を喪った息子は誰からも距離を置き、葬儀場の端で膝を抱えていた。


 あの火災で纏衛に命を救われた少女――佐々波真里さざなみまりの一家が、喪に服してその場に現れた時。幼い少女の瞳に、少年の後ろ姿が映された。


(わたしが……わたしが、なくしたんだ。あの子の、たいせつな人を。たいせつな、全てを……)


 幼心に、少女は自らの罪を悟り、幼心にその痛みに胸を痛める。小さな胸元を握る手は、その苦痛に耐えようとするかのように震えていた。

 両親が涙ながらに、纏衛の骸に賛辞を送る中。真里の瞳は、自分自身の罪の象徴とも云うべき少年の背を、貫いていた。


 そして。


(あの子は……)


 全てを喪った少年も、また。葬儀を終え、去り行く少女を見つめていた。


幸人ゆきと君。少し、いいかな」

「……はい」


 ふと、少年の前に壮年の男性が現れる。黒スーツの上からもわかる、筋肉質な体躯の持ち主である彼を、少年はよく知っていた。父の親友である科学者、才羽誠之助さいばせいのすけである。


 父は生前から、彼が開発する強化服――新型着鎧甲冑のテストに協力していた。完成すれば、より多くの人命を救えるようになる、と。


 そんな彼が、真摯な眼差しで自分を見下ろしている。彼の目を見つめる少年はすでに。彼の用件を、概ね察していた。


「……ねえ、パパ。ママ」

「どうしたんだ、真里」


 その頃。葬儀場を去り、帰路についていた真里は。車の後部座席から喪服の消防士達を見つめながら、呟く。


 運転していた父は娘を労わるように、優しく声を掛けた。この一件で傷心した愛娘への、気遣いが感じられる。

 そんな父に。少女は一拍置いて、己が使命を語った。


「わたしね……お医者さまに、なる。お医者さまになって……どんなケガをした人も、みんな治してあげるの。誰も……誰も泣かないように」

「真里ちゃん……」

「……わかった。思うままに、やってみなさい」

「……うん」


 幼くも力強く、そう宣言する娘に助手席の母が心配げに見つめる。だが父は、強い目標を抱いた娘の背中を押すことに決め、娘の決断を支持するのだった。

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