第19話 改造電池人間の闇

 フェザーシステム。

 二◯三◯年に初めて誕生した着鎧甲冑の新技術「二段着鎧」の運用を前提とした新世代のレスキューシステムである。


 飛行ユニットを含む増加装甲を搭載した、専用小型ジェット機「超飛龍の天馬ペガサス・ファイター」にパイロットが搭乗、一定の高度まで上昇した後に脱出。その動作に応じてコンピュータが増加装甲を射出し、空中で装着、「飛行形態ファルコンフォーム」へと移行する。


 専用マシンにも搭乗員が必要だった「超水龍の方舟」とは違い、自動操縦機能の導入により一名での運用を可能としており、ダイバーシステムよりも高精度な新型スーツとなっている。


 だが、二◯三◯年の時点で未熟だった飛行OSを完成させる技術は並大抵の研究で実現するものではない。ダイバーシステムよりも難度の高い実験の中で、すでに何十名もの殉職者が出ている。

 その殉職者にはテストパイロットだけではなく、飛行場内で起きた爆発事故に巻き込まれたエンジニアや研究員も含まれている。それでも実験を秘密裏に断行した結果、二◯三三年に入ってようやく完成形である六十二号がロールアウトされた。

 だがこの時点でほとんどの人員がプロジェクトを去り、今では責任者と医療スタッフを兼ねる西条夏と、テストパイロットとエンジニアを兼ねる雲無幾望の二人だけとなってしまっている。


 プロジェクトを頓挫させることなく、この数多の犠牲の中で誕生した六十二号を世に放つ術はただ一つ。最終テスト要員として派遣された伊葉和士が、フライトを成功させること。

 それがフェザーシステムの理想を実現させる、唯一の手段なのだ。


「――と、いうことです。ご理解頂けましたか?」

「ええ、わかってます。――わかってはいたんです、ここに来る前から。ただちょっと、覚悟が足りてなかっただけで」

「心配には及びませんわ。あの誰もが諦め掛けた状況の中で、巧みに『超水龍の方舟』を操縦して見せたあなたなら、必ず出来ます」


 深緑と黄色に塗られた小型ジェット機「超飛龍の天馬」六十二号。通称「至高の超飛龍アブソリュートフェザー」の操縦席に腰を下ろし、手元の資料を頼りに計器類を確認する和士。そんな彼を見上げる西条は、彼を安心させようとするかの如く穏やかな笑みを浮かべるのだった。


「そういえば、雲無の奴どこに行ったんでしょう? メンテを終えたと思ったら、もういないし……」

「彼なら――今頃、慰霊碑にお参りに行っています」

「慰霊碑?」


 そうやって三二一便のことを話題にされることへの、居心地の悪さから逃れようと――和士は話題転換を試みる。だが、帰ってきた言葉に思わず首を傾げてしまった。


「ええ。十一年前に起きた、航空機墜落事故。あなたもご存知でしょう?」

「……まぁ、知ってますが」

「その犠牲者を悼む慰霊碑が、この近くに在るのです。彼はその日のテストフライトを終えたら、ほぼ毎日欠かさずそこまで足を運んでいるんですよ」


 麗の兄を奪った、最悪の事故。

 その話題を出された和士は、神妙な表情で相槌を打つ。だが、西条の口ぶりに不審なものを感じた和士は、思わず聞き返した。


「……ほぼ?」

「年に一度。事故が起きた日に、遺族の方々が列を成して慰霊碑に来られるのです。その日だけ、彼はお参りを避けています」

「なぜ避ける必要が? 亡くなった人を悼む気持ちが同じなら、遠慮することなんて――」


「――会ってはならない人が、来るから、ですよ。自分の遺族に会うわけにはいかない、というのが彼の考えですから」


「……、は?」


 変な声が出てしまった。


 今、彼女は何と口にした? 自分の遺族?

 どういう意味なのか、さっぱりわからない。まるで雲無を幽霊扱いするかのような彼女の物言いに、和士は思わず身を乗り出してしまった。


「……なん、なんですか、それ。どういう意味ですか」

「言葉通りですよ。彼は一度……少なくとも、戸籍上は死んだ人間なのです。自分が生きていると知らない家族に会えない――いえ、会ってはいけない理由が、彼にはあるんです」

「な、なんだって……! じゃ、あいつは……!」

「ええ。十一年前の墜落事故の、ただ一人の生き残りです」


 ショックのあまり、操縦席から転げ落ちそうになる。落ちたら怪我をする、という本能の命令に体を支えられたまま、和士は西条を凝視した。


「ちょっと待て……十一年前の事故を生き延びて、今が十六歳って……ま、まさか!」

「――さすが、ヒルフェン・アカデミーの首席ですわ。その察しの良さ、イッチーさんにも見習って頂きたいものです」


 齎された情報から辿り着いた仮説。西条の反応が、それが正解であることを裏付けていた。判明してしまった事実に驚愕する余り、和士は操縦席に身体を預けるようにへたり込んでしまう。間抜けなあだ名を口にする、西条の呟きに反応する気力もない。


「あいつが……麗の、死んだ兄貴……!?」


 橘花家の長男、橘花隼人。

 五歳の時にサッカーチームの応援のため、SP同伴の上で飛行機に乗り――事故に巻き込まれ命を絶たれた。破片に抉られた胸の肉だけが、遺体として発見されている。

 ――そう、世間には公表されていた。


 その橘花隼人が生きていた上に、こんな地獄のような飛行場で新型レスキューシステムのテストパイロットになっているなどと、どうして想像出来よう。


(こんなこと……麗に会ったとして、なんて説明したらいいんだ……!)


 兄のためにあれほど気丈に生きてきた彼女が、兄の存命なんて知ったら卒倒では済まないのではないか。恐らくは彼女だけではなく、彼ら兄妹の両親も。

 ――だが、当の雲無が彼らを避けている以上、彼は家族には会うつもりがないということになる。何よりそれが、和士には理解出来ないことであった。


(だいたい、家族に会えない理由ってなんだ! 胸の肉まで抉れる重傷から、やっと生き延びたってのに! ……ん? 胸の肉……!?)


 ふと、和士の脳裏に先ほど見かけた雲無の姿が過ぎる。あの時、彼の露出した胸には――大きな傷痕があった。さらに、そこからは怪しげな電光まで出ていた。


「もしかして……あいつが家族に……麗に会えない理由って、あの胸の傷痕と関係あるのか!?」

「あら? 橘花家と親交がある、というお話は本当だったのですね。えぇ、関係あるというよりは……理由そのもの、といったところでしょうか」

「理由、そのもの……?」


 夏の暑さだけではない発汗により、すでに和士は汗だくになっていた。そんな彼を見上げる西条は、静かに眼鏡を外すと――神妙な面持ちで口を開く。


「――あなたが容易く口外することのない方である、と見込んだ上でお話ししましょう。彼が、ここへ流れ着いたいきさつを」

「……」


 ――雲無が、涼風が吹き抜ける自然の園に囲まれた石碑に、静かに手を合わせている頃。

 西条は、和士に全てを語っていた。


「まず、彼は――生身の人間ではないのです。心臓部に『動力強化装置』を内蔵して生き永らえている、『改造電池人間』なのです」

「……!?」

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