第18話 たった独りの実験小隊

 どことなく、見覚えのある風貌を持つ少年――雲無幾望。彼がフェザーシステムに携わる実験小隊の唯一の生き残りであるという事実に、和士は目眩がするような思いを抱いていた。

 聞けば彼は――十六歳。今年十七歳を迎えた和士や海原凪より更に年下だというのだ。そんな子供が、どんな経緯でフェザーシステムのテストパイロットになどなったのか。


 それをひたすら問い詰めても「特殊な体質を見込まれたから」としか答えない彼を不審に思いながらも――和士は自分よりやや小柄な彼の手に捕まり、誘われるまま翔ぶ他なかった。

 答えなら、この先にあるはずだと己に言い聞かせて。


「――こちらが、僕達実験小隊の秘密飛行場となっております。少々汚いところですが、ご容赦を」

「……!」


 そして空を舞い、一際高いとある山を目指す二人は……ようやく、実験小隊の「隠れ家」に辿り着くことができた。

 ――だが。そこは秘密飛行場と呼ぶには、あまりな惨状であった。


 山に大きな横穴を空けたそこには、広々とした滑走路が設けられている。さらに脇にはガラスで覆われた管制室が伺えた。

 ――確かに、飛行場の体は成しているようではある。だが、眼前に広がる実験小隊の「実情」は和士にこの任務の影に消えた犠牲の重さを訴えていた。


 滑走路の奥や端には飛行機の残骸らしきものが強引に押し込められ、見るも無残なガラクタの山となっている。ここで起きた爆発事故の影響か、天井や管制室近くにまで深々と破片が刺さっており、管制室のガラスはほとんどひび割れていた。

 さらにエンジントラブルの威力を示すように、滑走路のあちこちが黒焦げになっている。そして――飛行機にも。残骸にも。管制室にも。

 何処かには必ず、誰かの血痕が染み付いていた。


(……これが、少々。か……)


 よく見れば、奥には雲無が乗っていた飛行機が格納されている。その脇には完成形と思しき、黒塗りの同型機も伺えた。

 この二機が問題なく離陸できる程度には、この飛行場も機能しているのだろう。現にさっきまで雲無は和士を迎えるデモンストレーションとして、問題なく飛行して見せていた。

 ――だが、これを見てしまった者が安心して実験機に乗れるはずがない。


(最初にここを見たら尻尾を巻いて逃げ出すだろう――と思ったから、基地に着く前にさっきのデモンストレーションを見せたのか。基地がこんなでも、翔ぶことはできると証明するために)


 あからさまに侮られていることに憤りつつも、和士は内心の戸惑いを隠せずにいた。確かに、こんな状況の中で実験機に乗って「さあ飛べ」と言われて順応できる気はしない。


(だが少なくとも彼らは――その無茶の中で戦って来たんだ。最終試験のためだけに、完成形に乗る俺なんかとは……重さが違いすぎる)


 和士の任務は、フェザーシステムを制式採用するに当たって「万人に扱える性能に仕上がったか」をテストするための完成形に搭乗し、その成果を報告することにある。いわば、この実験小隊における「素人代表」なのだ。

 エリートヒーローの登竜門であるヒルフェン・アカデミーの首席であり、新米ゆえおかしな癖もないと見込まれたからこそ、彼が新世代レスキューシステムであるフェザーシステムの最終テスト要員に選ばれたのである。


 ――だが、その役回りは多くの犠牲を払ってきた実験小隊の「いいとこ取り」にも等しい。その業の深さを知識として知っていながら、いざ現実として目の当たりにしてしまった和士は、思わず息を飲んでしまうのだった。


「……そのような顔をなさらないで下さい、伊葉さん。僕達はむしろ、あなたを歓迎しているのですよ。あなたがこの役目を買って出て下さらなければ、彼らの命も無駄になっていたかも知れないのです」

「雲無……」

「それに、フェザーシステムに触れていない人を想定した上で完成させた六十二号があるのですから。心配することはありません。及ばずながら、僕も全力でサポートしますから」

「……ああ、ありがとう」


 その時、見兼ねたのかマスクを開いた雲無が苦笑いを浮かべ、和士の顔を覗き込んできた。実験への不安を少しでも払拭するためだろう。

 露骨といえば露骨だが、それでも初任務早々に地獄絵図を見せられた和士としてはありがたいものであった。


「――あなたが三二一便事件の英雄にして、ヒルフェン・アカデミー首席の伊葉和士さんですね。此度は当プロジェクトにご協力頂き、ありがとうございます」


 その時。二人の前に、白衣に身を包んだ若い女性が現れた。腰に届く艶やかな長髪をポニーテールで纏めたその女性は、知性を感じさせる眼鏡をクイッと指先で上げながら――恭しくお辞儀をする。


「あなたは……」

「申し遅れました。私は当プロジェクト責任者、西条夏さいじょうなつと申します。先の大事件で華々しい活躍をされた英雄に来て頂けるとは、至極光栄ですわ」

「……いや、俺なんか……大したこと、ありませんから」

「そうですか。その謙虚さからも、あなたの善き人柄が伺えますね。――さ、こちらへ」

「……」


 西条と名乗る彼女に導かれるまま、和士は歩みを進めていく。あの戦いの果てに別れた、かけがえのない友の影を憂いながら。


「じゃあ……夏先生。僕はメンテの方に向かいますね」

「ええ。今日のフライトはどうだった?」

「小回りは良くなったんですが、加速がやや犠牲になっている気がします。もう少しだけ、出力を高めてもいいかも知れません」

「あなたならそれでもいいかも知れないけど、あくまで最優先は安全性よ。いざという時に衝突を回避できる能力こそ優先されるべきだわ」

「はは、それもそうですね」

「まぁでも、フェザーシステムが浸透して全体の習熟度が安定した頃には、あなたの案も役立つかも知れないわね。検討しておくわ」

「ありがとうございます」


 一方、雲無は西条に軽い報告を済ませると、装備をパージして着鎧を解き、フライト後のメンテを始めていた。短いやり取りではあったが、それだけでも二人の関係が良好なものであることが窺い知れる。


「――失礼。どうぞ、こちらへ」

「ええと……西条主任? 彼とは仲がいいんでしょうか」

「え? ……えぇ、そうですね。彼とは古い付き合いですから。可愛い弟のようなものです。それにああ見えて実力も確かですから、頼りになるのですよ。六十二号のフライトの際には彼も随伴しますが、信頼してください」

「そうなんですか……。あの、彼があの年でテストパイロットになった経緯が気にかかるのですけど……俺が知ったら不味いことなんでしょうか?」

「……それについても、すぐにお話しますわ。――このプロジェクトを終わらせてくださる人ですもの、それくらい知る権利はおありのはず」

「……?」


 当人の口ぶりを見ても、二人は公私含めて良好な関係であるようだ。――しかし、そこから先へと踏み込んだ瞬間、彼女は神妙な面持ちで天を仰ぐ。

 その様子を訝しみつつ、和士は自身の愛機の近くでメンテを続けている雲無に視線を移した。


(……なんだ? あの、光……)


 そして、眉を顰める。


 着鎧甲冑のスーツに纏わり付いていた増加装甲を、ひとつひとつ入念に点検する雲無。黒いダウンジャケットを素肌の上に直接羽織り、赤いカーゴパンツに黒い革ブーツという格好の少年は――脇目も振らず、目の前の機械に意識を集中していた。


 だが、和士が眉を顰めたのは格好ではない。――不自然な青い電光を放つ、雲無の胸であった。素肌が露出しているその部分からは、電気が溢れるかのように青白い光が迸っている。よく見れば、その部位には大きな傷痕が伺えた。

 少なくとも――普通の人間に起きる現象ではない。


(もしかしてあの光……あいつがテストパイロットやってることと、何か関係が……?)

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