第11話 本当の名誉

「そ……そんな!」

「おら達、出ちゃいけねぇってか!?」


 三二一便が行方不明となった事件は、すぐさま全国に広まった。今、日本全土がこの未曾有の大事件に騒然となっている。

 そんな中。和士と凪はすぐさま、ダイバーシステムのユニフォームである黒のライフジャケットと青の防水ズボンに着替え、理事長室に向かい出動命令を求めていたのだが……。


「当然だ。君達は所詮、候補生というヒヨッコに過ぎん。このような案件を任せられるはずもなかろう」


 にべもなく、久水茂から却下されていた。その取りつく島もない物言いに、凪は眉を吊り上げて反論する。


「だども! 現場は海の上だべ! 『救済の超水龍』なら、三二一便の経路を辿って機体を探せるはずじゃねぇべか!」

「すでにアメリカ側から、試作一号機に出動要請が出されている。君達が無理に出ずとも、彼女達が解決してくれるだろう」

「三二一便が行方不明になったのは、空港を発ってからたった一時間後だって話だべ。そんだけしか経ってねぇから、日本にいるおら達から探した方が早えぇだよ!」

「――『救済の超水龍』は、着鎧甲冑の革命となりうる重要機密だ。素人に毛が生えた程度のテストパイロットが、やすやすと乗り回せるものではない」

「……!」


 食い下がる凪に、容赦のない眼光を向ける茂。その有無を言わせぬ眼差しに、凪は納得いかない、という表情を浮かべる一方で、次の言葉を紡げずにいた。

 そんな中……和士は。


(確かに、テストパイロット風情の俺達には正規パイロットのような信頼も技術もない。下手なことをされて壊されるよりは、引っ込ませた方がいいのだろう。……「救済の超水龍」は、この先多くの人命を救うレスキューヒーローの、礎になるんだから)


 茂の意図を汲んだ上で。

 その拳を、震わせていた。


「……だったら、おら達は何のためにここさ来ただ。一つでもたくさんの命さ助けるために、ここにいるはずだべ。今ここにある『救済の超水龍』は! アカデミーの威光さ飾る置物でしかねぇってか!?」

「――君がなんと言おうと。ワガハイは言葉を変えるつもりはない。あくまでも逆らうというのであれば、このアカデミーを立ち去ってもらうのみだ」

「……!」


 そんな和士の無念を代弁するかのように、凪は声を荒げるが――茂は答えを変える気配を見せない。彼が出した言葉に、和士は唇を強く噛みしめる。

 それはヒーローとしての「名誉」を追い求めてきた和士にとっては、決して堪えられない処罰だからだ。


「……行こう、海原」

「和士くん!?」

「失礼……しました」


 引き下がる気配のない凪の腕を強引に引き寄せ、和士は踵を返して理事長室を立ち去って行く。そんな彼の背中を、茂は冷ややかに見送っていた。


 やがて――理事長室を出た二人が、自室近くの廊下に出たところで。凪は和士の手を振りほどくと、眉を潜めてルームメイトの肩を揺さぶった。


「和士くん! このままじゃ麗ちゃんが危ねぇって、言ってたじゃねぇべか! なして顔さ背けるだ!?」

「……俺達は、ヒーローとしての名誉を勝ち取るために、ここまでやって来たんだ。その全てを、無駄にはできない」

「だども!」

「海原。お前だって、村の仲間達を救う名誉を欲してここに来たんだろう? だったら……応えてやれよ。村の期待に……」


 肩を掴む親友の手に、掌を乗せる和士。その手が震えていることに気づいた凪は、彼の胸中に渦巻く葛藤を悟る。


 ――見捨てたくなど、ない。それどころか事件を知った瞬間、いの一番に動き出したのは和士だった。


 だが……助けに行くことは久水茂に逆らうということであり。それは、アカデミーを退学するということに繋がる。

 それは、父の名誉を取り戻すために戦ってきた和士にとって、絶対にあってはならない結末なのだ。しかも、故郷の命運を背負っている親友の人生まで狂わせてしまう。


 ならば――例え、望み薄であろうと。アメリカ側から始まっている捜索の成果に、賭けるしかない。追い求めてきた栄光を、手放さないためにも。


「……」


 そう思い詰めながら、凪の言い分を否定することもできず。和士は真摯な眼差しから目を背け、悲痛な面持ちで明後日の方向を見ていた。

 そんな彼の痛々しい姿を目の当たりにした凪は――肩から手を離すと。暫し、神妙な面持ちのまま、親友の様子を見つめていた。


「……やっぱ和士くん、嘘つきだべ。本当にそう思ってるなら、そんな顔してるはずがねぇだ」

「……」

「なぁ、和士くん。名誉名誉って、いつも言ってるけども。その名誉って、誰のためのもんだか?」

「え……」


 やがて開かれた凪の口から、語られた言葉。その意味を思案し、和士は顔を上げる。

 責めるわけでも慰めるわけでもない。ただ静かに――それでいて、反論を許さぬほどに強く。凪の眼差しが、迷いに囚われた和士の瞳を射抜いていた。


「お父さんのため? そうやって勝ち取った名誉を、和士くんは……胸張って誇れるだか?」

「そ、それは……」

「確かにおらは村のためにアカデミーさ来ただ。だども、おっ父からは自分に胸を晴れる生き方をしろ、とも言われてるべ。――おらは、おら自身に誇れるものが『名誉』だと思ってるだ。自分にすら誇れないものを、人に見せびらかせるわけがねぇべ」

「……!」


 凪の言葉に、胸中に潜む矛盾を暴かれ――和士は目を剥き、彼の眼差しと向き合う。まるで助けを求めているかのような、その瞳を見つめ。凪は、言葉を紡いで行く。


「だから、おらは助けに行きたい。例え、それが悪いことなんだとしても。……だって、そげなことであの飛行機さ見捨てたら――おら、みんなのとこへ胸さ張って行けねぇだよ」

「海原……」

「助けることが罪なら、おらが背負うだ。おらが和士くんを脅して、出動させたことにするべ。和士くんは――どうしたい?」


 その眼差しは、今まで和士が見てきたものとは全くの別物だった。何も考えていないような能天気な色など、どこにもない。

 心根に眠る真意を問う、何もかも見透かしているような瞳。その佇まいを前に、和士は嘘は言えないと悟り。


「俺、は……俺は!」


「うん」


「助けたい……たずげだいッ! たずげに――いぎだいッ! 俺も、いぎだいんだ、海原ァッ!」


「うん……うん」


 ――本当の自分を、吐き出し、垂れ流していく。プライドも何もかも剥がされ、本能に等しい真心を、丸裸にして。

 そんな彼の言葉に、優しく相槌をうつ凪は――少しずつ頬を緩め。涙も鼻水もそのままに、目を伏せる和士の頭を抱き寄せた。


「……聞きたかっただよ、その言葉」

「だげど、だげどっ……ぞれじゃ、お前がっ……!」

「さっきも言ったべ。おらの名誉は、おらに誇れるもんで十分だ。……それに。和士くんの名誉を、このまま汚させるわけにはいかねぇだよ」


 そして――自分の胸ですすり泣く親友の頭を抱いたまま。凪は神妙な面持ちで、「超水龍の方舟」を格納している地下ドックに目を向ける。

 体育館の下に隠された、その「切り札」を目指して。彼らは人知れず――行動を開始した。

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