第224話 二段着鎧対呪装着鎧

 ――あの鎧。身体中を隙間なく武装しているようだが……人の形をしている以上、その形ゆえの弱点は必ずあるはず。

 そう、関節だ。

 どんなに外側を固めていようと、人間が中身である以上、身体の各関節を正常に可動させられるようにしておかなければ意味がない。でなきゃただの棺桶だ。

 その柔らかくなければならない関節を突けば、あの鉄壁の鎧もその意味を失うはず。付け入る隙があるならば、そこだ。


 だが将軍がそうだったように、恐らくはその部分を守るための対策があるだろう。まずはそこから崩していかなくてはならない。

 そのためには……!


「間合いを――」

『――詰めるッ!』


 俺と鮎子の意思が交わり、装甲のバーニアが蒼い炎を噴き出した。そして、その力が生む推力が俺の身体をラドロイバーの元へ導いて行く。


「やはり――狙いは私の関節ですか」


 ラドロイバーは既に俺達の意図には感づいているらしく、赤いスラスターを吹かして上空に舞い上がってしまった。

 そのあとを追うように、俺達も夜空へ上昇していく。


 ……あんな重武装を乗っけた後だっていうのに、まるで速度が落ちていない。姿勢制御も安定している。やっぱり、飛行経験ではあちらが遥かに上を行っているようだ。

 確かに、慣れない空中戦では関節技には持って行きづらい。だったら、肉弾戦に持ち込んで地上に誘導してやる!


「ワチャアアアッ!」

『ワチャアアアッ!』


 俺と鮎子の怪鳥音が重なり、弾丸速度の突きが顔面に向かう。そっちが兜を付けたからには、こちらも容赦はしない!


「……ふっ!」


 ラドロイバーは短く息を吐くと、両腕をこちらに向ける。手甲に装備された二門のレーザー銃が、俺達を狙っていた。

 その銃口が赤く閃く瞬間、鮎子はバーニアの軌道を不規則に変えて照射をかわす。


「……なら」


 次いで、もう片方のレーザー銃による迎撃が、鮎子のタイミングを外すように放たれた。


「――トゥアッ!」


 その一閃を、今度は俺自身が身を翻して回避した。腕を掠めた赤い光線が、俺の神経に熱の痛みを刻み付ける。

 ……直撃すれば、痛いでは済まされないな。これは。


「ホォアアアッ!」

『ホォアアアッ!』


 ともあれ、最大の砦であろうレーザーの照射は凌げた。あとは、あのごっつい両肩のミサイルランチャーだろうが……もう目と鼻の先まで接近した今では、無用の長物だ。

 俺と四郷の叫びを乗せた拳が、再びラドロイバーの眉間に向かっていく。


「……ッ!」


 その気勢が、僅かでもラドロイバーに威圧感を与えたのか。彼女はほんの一瞬だけたじろぐように身を強張らせ、一拍の間を置き――コンバットナイフによる近接格闘に出た。

 だが、その一拍の間が生んだタイムラグ……俺達にとっては絶対の好機だ。


「――ハァッ!」

「くッ!」


 俺の眉間に伸びる、白い刃。その得物を握る腕に、肘の小型ジェットによる加速を得た外腕刀が当たる。

 それによりナイフの攻撃は不発に終わり、刃の切っ先は俺の眉間に触れる直前で勢いを失ってしまった。


「……!」


 しかし。

 彼女の手は、それだけではなかった。


「うっ……!?」


 俺がコンバットナイフの防御に意識を向けている間に――もう片方の手で、自動拳銃を抜いていたのだ。

 冷たい銃口が、俺の脇腹に密着する。ここまで近くては――移動速度がどうの、なんて話は関係ない。

 逃れる術など……ない。


 そのまま躊躇なく、彼女は引き金を引き。


 俺は三年前のあの日のように、脇腹を――


『二段着鎧を……!』

「なめるなァァァァッ!」

「……ッ!?」


 ――撃ち抜かれなかった。


 確かに密着されては完全な回避は出来ない。しかし、僅かな動きで着弾する部位を変えることなら可能だ。

 以前までの着鎧甲冑なら、撃たれる場所をどこに変えてもゼロ距離射撃を凌ぐことは出来なかっただろうが……二段着鎧の鎧で各部を固めた「救済の重殻龍」は別だ。

 撃たれる場所を増加装甲の部分にずらしてしまえば、ゼロ距離射撃にだって耐えられる!


 もちろん、迎撃手段を全て乗り越えたこの好機を、逃す手はない。俺は渾身の力を蒼いバーニアと拳に乗せ、ラドロイバーの顔面に叩き込む。


「まだまだァァァァッ!」

『まだまだァァァァッ!』

「あぐ……ッ!」


 それだけでは終わらせない。拳を叩きつけた勢いをそのままに、俺達はラドロイバーごと地面に墜落していく。


「う……うぐッ!」


 彼女は自分の視界が拳で塞がれたまま、後頭部から地表に激突しようとしている現状を打破しようともがく。が、レーザーの充填が終わっていない上に前方も把握できない状態では、逃れようがない。


 そして――俺達は隕石の如き速さを生み出し。採石場の地平を凹ませる衝撃と、夜空を覆い尽くすような砂埃を巻き上げるのだった。


 ……今までの敵ならば、この一撃だけで勝敗は決まっている。だが――この人間武器庫を制するには、一切の躊躇も妥協も捨てねばならない。

 俺は墜落の衝撃音が止む前に、Gの圧力に軋む身体に鞭打ち――ラドロイバーの後ろ手を取って関節を決める。


『これで――』

「――全て終わりだ」

「……」


 ――金剛拳(こんごうけん)「吊上捕(つりあげどり)」。こうなっては、もう彼女に逃げ場はない。

 下手に動けば、肩が外れる危険な技だ。抵抗すれば余計に痛い目を見る技だということは……今食らっている彼女自身、よく理解していることだろう。


「――お前には、お前の信念があったんだろうな。それに力が全てだという理屈なら、俺にもわかる。どんな理屈を並べたって、力で踏み倒されちゃ損しかないってのは事実だもんな」

「……それを踏まえてなお、甘い理想に縋るのですか」

「踏まえてるからこそ、そんな甘い理想を守ってやる誰かがいなくちゃならないんだよ。俺は、そのつもりで戦って行くつもりだぜ」


 関節を責められていても、彼女の抑揚のない口調に変化はない。まるで、吊上捕が効いていないような……いや、そんなはずはない。確かに関節は完璧に決まって――


「そうですか。やはりあなたは、排除すべき障害のようです」


 ――ッ!?

 何だ……? ラドロイバーが足のバーニアを使って、強引に拘束を外そうとしている……!?

 そんな無理な外し方をしたら、肩関節が……!


「な、何をッ……!?」

『先輩ッ! この女、まさかッ……!』

「甘い理想の守り手など、悪戯に寿命を削るだけの不要な労力でしかありません。あなたが纏う、その強き力は――」


 俺の配慮など気にも留めず、彼女は無理な動きで吊上捕から逃れようとする。

 そして。


 ゴキン、という鈍い音と共に。


「――そんなことのために、あるべきではない」


 俺の拘束から脱出し、一瞬にして十数メートルの距離まで後退してしまった。


『先輩の拘束から逃れるために、自分から関節を……!?』

「な、なんて奴だ……!」


 その行動から滲み出る狂気と、脱臼してぶらりと垂れ下がった彼女の腕を目の当たりにして――俺達は、目の前に存在する大敵の本質を垣間見る。

 彼女は自身の目的を遂行するためには、あらゆる犠牲も厭わない。――それは、自分自身ですら例外ではなかったのだと。


「肩関節を抑えた程度で、勝利した気になるその甘さ。どれほど優れた力に恵まれていても……その甘さがある限り、あなたに勝機は訪れないでしょう」

「な、に……!」

「……とはいえ、私をここまで追い込んだ実力は認める他ありません。その奮闘に敬意を表し――」


 しかも彼女は、垂れ下がった腕を無事な方の腕で掴み。

 平然とした声色のまま――自力で肩を整復してしまったのだ。

 骨と骨が軋み合う……耳を覆うような音を響かせて。


「――その甘さ、吹き飛ばして差し上げます」


 刹那。

 兜の奥に窺えるラドロイバーの瞳に――鋭利に研ぎ澄まされた「殺意」が宿る。


「……ッ!」

『――先輩ッ!』


 その圧倒的な殺気を浴びた俺の精神は、あの女に近づいてはならないと本能に訴えた。

 だが――彼女の動きはそれよりも速い。


 鮎子が叫びを上げた頃には既に――両肩のミサイルランチャーから、無数の弾頭が撃ち放たれていたのだ。


「どんな願いも、想いも――」


 恐れる暇すら、与えられぬまま。


「――現実に在る力には、敵わないのですから」


 無情の弾雨が、俺達の頭上を覆い尽くしていた。

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