第223話 黒曜の兜

 グラウンドの外へ、ラドロイバーは飛び去ってしまった。俺の――いや、俺達の底力を引き出すために。

 ただ俺を殺すことだけが目的だったなら、ここで暴れてもいいはず。それで困るのは、こっちだけなのだから。

 それをしないで、わざわざ手間をかけて場所を移すということは……それだけ、このスーツの性能限界が気になっている、ということなのだろう。


 殺すだけならいつでも出来る、だからその前にスーツの真価を見たい――と。

 ……全く、なめられたもんだ。


「龍太君……」


 ラドロイバーを追うべく「超機龍の鉄馬」に跨る俺に、救芽井が駆け寄ってくる。あの画用紙を胸に抱き締めて。

 仮面を被っている今ではその表情は伺えないが、声色からは言い知れぬ不安を滲ませているようだった。


「……救芽井。ラドロイバーは恐らく、俺達が暴れても構わないような場所に向かうはずだ。もう、この町が標的になることはない」

「……!」

「レスキューカッツェのみんなと一緒に、被害状況の確認を急いでくれ。それと、負傷者の手当ても」

「ま、待って! あなたはどうするつもりなの!? 向こうはあなたが来るまで、私達を攪乱するような行動を取り続けてたのよ! 罠を張ってる可能性もあるのに……!」

「――いや、その心配はない。ラドロイバーの狙いは『救済の超機龍』の入手と性能限界の把握。これ以上余計な罠で、俺達の戦力を削ごうとはしないさ」


 確かに俺達がここに来るまで、ラドロイバーはゲリラ戦を繰り返して救芽井達を苦しめていた。しかし、もう彼女にそんな手段に頼る必要はないだろう。

 俺達が全力を出せるように……と、言っていたのだから。あの眼は、戦いそのものに価値を見出す狂人の色を湛えている。


「……わかったわ。それなら連合機動隊も、すぐあなたの援護に――」

「――いや、戦うのは俺達二人だけでいい。大人数で挑んでも、あのレーザーで薙ぎ払われたら一網打尽だ。いたずらに怪我人を増やしたくはない」

「でも……!」


 増援を断る俺に対し、救芽井はなおも食い下がる。ここで俺達が負ければ状況が絶望的になる以上、なんとしても勝たせようとするのも当然だろう。

 だが、ラドロイバーの強さの「質」は連合機動隊の「量」を完全に凌駕している。俺達と彼女の本気のぶつかり合いに巻き込まれようものなら、今度こそ怪我人では済まなくなるだろう。


 ここから先は「人」を超越した存在から、さらに一歩踏み越えた先にある境地。ただ力があるだけの超人では、生きられない場所なのだ。

 この硬い鎧に覆われた俺でさえ、どうなるかのかはわからない。そんな場所まで、わざわざ道連れにすることもないだろう。


「大丈夫さ。――ダスカリアンの悲劇も、その根源を絶つための戦いも、今日で終わる。もう誰も、死なせたりするもんか……」

「龍太君……」

「……ってな! さ、あとは任せたぜ」

「……うん。――負けないでね、龍太君。どんなに、ラドロイバーが強くても」

「おう。兵器じゃ壊せない拳があるってこと、教えてきてやるよ」


 これ以上説得してもしょうがない、と判断したのか――救芽井は画用紙を握る手を震わせながら、俺の行動予定を認可してくれた。

 その寛大さに応え、せめて少しでも彼女が安心できるようにと――俺は大見得を切り、拳を彼女の前に突き出す。それに対し彼女は承認の証として、自らの拳を俺のそれにぶつけるのだった。


 そして、救芽井への挨拶を済ませた俺は、鮎子が操る「超機龍の鉄馬」の推力を頼りに、夜空の海へと飛び出して行く。


 ――不安げに見守っていた矢村とダウゥ姫に、サムズアップで応えながら。


「……イチレンジ……大丈夫かな」

「……心配したって、しゃあないって。龍太って昔から、こうって決めてもうたらテコでも動かんのやから」


 そんな俺の背を見送る妻は。


「――そんなあいつに、アタシは一生ついて行くんやなぁ。ま、そういうのもええよな」


 人知れず、諦めたようにため息をついて――無邪気に笑っていた。俺達が、初めて出会った頃のように。


 ――そして。

 月に見守られた空を駆け、ラドロイバーの後を追う俺達に……町とは違う光景が飛び込んで来る。


「あれは……」

『採石場……?』

「……なるほど。確かに、暴れるには丁度いいか」


 そこは、かつて古我知さんとの決着の舞台にされていた――廃工場の裏手にある採石場。彼女が言う通り、被害を気にせず全力で戦うには持ってこいだ。

 一方、既にラドロイバーはその中央に着地し、いつも通りの佇まいで俺達を待っている様子。だが、その眼はかつてない程に鋭く――冷たい。


「……ようやく来られましたね。別れの挨拶は終わりましたか?」

「……」


 採石場に降り立つ俺に対し、ラドロイバーは相変わらずの抑揚のない、無機質な口調で問いかけてくる。そんな彼女に対し、俺は仮面越しの眼光で応えて見せた。

 ――ここで死なない俺達に、そんなものは必要ない、と。


「……少なくとも、戦意は残っているご様子。場所を変えた意味もなくはなかった、というところでしょうか」

「――言いたいだけ言ってろ。すぐに後悔させてやる。ただ勝つことだけに執着しなかったことをな」


 やろうと思えばいつでもやれた。そういう余裕をぶっこいてる奴ほど、足元を掬われれば脆いもんだ。ラドロイバーだって、脆くはならなくとも隙の一つは生まれるはず。

 その一つで、さっさとこのバカ騒ぎを終わりにしてやる……!


「執着しておりますよ、勝つことだけに。着鎧甲冑を含めたあらゆる技術を『武力』に変え、何事にも屈しない『力』を手にする――それのみが、私の『勝利』なのですから」

「……へぇ。俺達はその通過点でしかないってことか。大きく出やがったな」

「あるがままの事実を述べているだけですよ」


 俺達にとっては、今日ここでラドロイバーを倒すことが勝利。

 だが彼女にとっては着鎧甲冑の入手こそが勝利であり、俺達二人はその途中にある障害の一つでしかない――そういうことだってのか。


「――とはいえ、あなた方が最大の障害であることもまた、揺るがない事実。先程の立ち回りは、お見事でした」

「……」

「あれほどの性能を今の段階から発揮できるのであれば――より兵器としての高い効果も期待出来るでしょう。こちらが、ポテンシャルを出し惜しみすることもありません」

「……今では手加減してやってた。要は、そう言いたいんだろ」


「ええ。事実ゆえ――仕方のないことですが」


 その時。

 彼女のコートの裏側から、周囲一帯を飲み込む勢いで蒸気が噴き出してくる。


「……ッ!」

『先輩、あれは……ッ!?』


 俺は思わず片腕で視界を遮り――僅かに見えた上空の「異変」に、息を飲む。

 その「異変」に、鮎子もわずかにたじろいでいる様子だった。


 つい先程まで、ラドロイバーが身に纏っていた暗黒のコートは……彼女の頭上に、蒸気を噴いて舞い上がっていたのである。


 その真下に立つ彼女の全身はコートと同じ、漆黒の色を湛えたボディスーツで覆われていた。ぴっちりと肢体に張り付き、優美なラインを描くスーツのラインは女性らしさを残してはいるが、その節々に取り付けられた武装が見る者に戦慄を与えている。


 手榴弾、手甲のレーザー光線銃、コンバットナイフ、自動拳銃――そして両足の裏に取り付けられた、小型ジェット。どれも、彼女が持てば手が付けられなくなるような物ばかりだ。


 それに、あの両足のジェット……。足裏から直接火を噴いているってことは、あの足は生身ではないのだろう。思えば、さっきの太刀合わせで足を掴んだ時も、やけに硬く感じた気がする。

 恐らく、古我知さんのような電動義肢も取り入れて――


『先輩、コートが!』

「……なッ!?」


 ――という俺の思考を、鮎子の一言が断ち切った。

 蒸気を噴いて飛び上がっていたコートが――なんと内側を曝け出すように裏返ってしまったのだ。


 その瞬間を目の当たりにして、俺はようやく古我知さんが残した言葉を実感する。

 漆黒のコートは――その裏に、更なる増加装甲を隠していたのだ。


「あれは……!」

『……コートという形状自体が、増加装甲とボディスーツを隠すためのフェイクだったんだ……!』


 そう、まさに古我知さんが言った通り。

 コートの下にある武装が全てではなく――むしろ、コートに偽装されていたこの増加装甲こそが、恐らくはラドロイバーの真の切り札。


 曝け出された増加装甲には、超小型のミサイルランチャーのような砲身が二門程伺える。こんなものまでさらに装着しようだなんて……!

 一人で世界大戦でもおっ始めようってのか、このマッドサイエンティストはッ!


「呪装(じゅそう)――着鎧(ちゃくがい)」


 刹那。

 ラドロイバーの、呪詛を吐くような呟きと共に。


 裏返ったコート、もとい増加装甲が――バラバラに四散し宙を舞う。

 そして主人の肢体に纏わり付くように、その全てがラドロイバーに装着されていく。

 腕に、足に、胸に、肩に。


 そして最後に――今まで露出されてきた頭にも、荘厳な兜が乗せられた。

 この兜が変形して口元を塞ぎ――そこから蒸気が噴き出す時。彼女の「着鎧」は、完了を迎える。


 漆黒の武装スーツの上に加えられた、同色の増加装甲。その両肩に乗せられた二門の超小型ミサイルランチャーが、強烈な存在感を主張していた。


 ――まさか、自分の技術だけで着鎧甲冑に近しいスーツまで作り上げていたなんてな。こっちの二段着鎧とは全く違う外見だが――スーツの性能も見た目も、ほぼ「再現」と読んで差し支えないレベルに達している。


 一見すれば、着鎧甲冑の技術を手に入れているも同然なのだが……その彼女がここまで「救済の超機龍」に固執しているということは、まだスーツの性能面ではこちらが勝っている可能性もある。

 その望みと鮎子の集中力に運命を預け――俺は、勝たねばならないのだ。この、歩いて空飛ぶ人間武器庫に。


「……コードネームは『|呪詛の後継妹(フルーフマン・シュヴェスター)』。かつて一台だけ開発されたことのある幻の着鎧甲冑『|呪詛の伝導者(フルーフマン)』の、後継機と言ったところでしょうか」

「……継がせてたまるかよ。その系譜は、ここで打ち止めだ」


 そして。あの日を思い起こさせる、月下の採石場を舞台に――最後の一戦が始まろうとしていた。


 ……ちくしょう。脇腹の傷が、疼きそうだ。

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