第217話 小さなレスキューヒーローズ

『……』


 ダウゥ姫が強い眼差しを向けた先で、ラドロイバーは静かに腕を組んで佇んでいる。彼女の人となりも把握していたのか、さほど驚いてはいないようだった。

 しかしその目の色は、見る者の本能に脅威を与えている。獲物を見つけた、冷酷な狩人の目だと。


『着鎧甲冑ッ!』


 一方、ダウゥ姫は一切の裏表なく、闘志をむき出しにしてG型の装備を纏って見せる。世界最小のヒーローが、ここに誕生してしまった。


『む、無茶にも程がある! お下がりください、ダウゥ姫ッ!』

『いけません、前に出てはッ!』

『るせェッ! オレには、こうすることしか出来ねぇんだよッ!』


 古我知さんと救芽井の制止も聞かず、ダウゥ姫は砲弾のようにラドロイバー目掛けて突進していく。策も何も無い、相手とは対照的な猪突猛進そのものな攻撃だった。


『……』

『ぎゃうっ!』


 無論、将軍すら退けた彼女にそんな考えなしな攻撃が通じるはずもなく。あっという間に、彼女はハエを叩き落とすような平手打ちで吹き飛ばされてしまった。

 ゴムまりのように地面を跳ねた後、地面を擦りながら小さな身体が墜落する。


『ダウゥ姫ッ!』

『くッ……!』

『ぬ……!』


 救芽井はその姿に短い悲鳴を上げ、古我知さんと茂さんは歯を食いしばる。

 ラドロイバーが持つ圧倒的な力。その恐ろしさを肌で教えられたためか、彼らはすぐさま駆けつけることができずにいた。


 その恐怖を真っ先に振り払い、救芽井は彼女の元へ駆けつける――が、当のダウゥ姫はすぐさま立ち上がると、彼女が差し伸べた手を払いのけてしまった。


『るせェッて、言ってんだろ! オレには、退けない理由があんだッ!』

『ラドロイバーなら、私達で対処します! あなたに万一のことがあったら……!』

『――それじゃダメなんだ! お前らニホン人に全部任してちゃ、ダメなんだッ!』

『ダ、ダウゥ姫……!』


 ダウゥ姫は拳を震わせると、再びラドロイバーに向かっていく。しかし、通用しなかった手段をもう一度使ったところで、何かが変わるわけもない。


『ぎゃんっ!』

『ダウゥ姫ぇっ!』


 今度は顔面に拳を叩き込まれ、再び跳ね返されてしまった。しかし、それでも彼女は立ち上がる。


『……オレは、戦って死ぬことも、ワーリと一緒に死んでいくことも、怖くなかった。怖くなかった、つもりでいた……』

『えっ……』

『でも、目の前でオレをかばったイチレンジが死にかけた時、思い知らされたんだ。オレは、ホントはどうしようもない怖がりで……死ぬのが、怖くて、怖くて、しょうがなかったんだ。威張り散らして、強そうに振舞って、必死にそれを隠してるだけだったんだ』

『ダウゥ姫……』


 さっきのパンチで脳を揺らされたのか、立ち上がりはしたものの足はかなりふらついている。もう、さっきまでの勢いの突進は出来ないだろう。


『ホントは、死にたくねぇ。死にたくねぇんだ、怖いんだ。それがわかった時、オレも何かしなくちゃ……って思ったんだよ。そんなオレを助けるために、敵でしかないニホン人が、こんなに命張ってんだから』

『でしたら……もう、お下がりください。あなたは何があっても、私達がお守りしますから。あなたには、ダスカリアンの未来のためにも、生き抜いて頂かなければ……!』

『……ワーリが負けたんだ。そんな奴に、オレが勝てっこねぇことくらいわかる。けどよ、もうオレにはこれしかねぇんだ。イチレンジが来るまで、お前らに怪我させねぇようにするしか――』


 しかし、それでもなお。ダウゥ姫は立ち向かう。


『――能がねぇんだよぉぉーッ!』

『ダウゥ姫ぇーっ!』


 敵対しているはずの、俺達を守るために。


『……あぐぅっ!』


 だが。

 その意思だけで状況を変えられる程、甘い相手ではない。

 やはりパンチのダメージは足に来ていたらしく、ラドロイバーの目前まで接近したところで彼女は躓いてしまった。


『……もう、言いたいことはそれで十分ですか』


 自身の足元に倒れ込む彼女を、ラドロイバーは冷たく見下ろしている。そして、ゆっくりと右手を彼女の方に向けていた。

 コートの下に仕込んでいるであろう何かで、とどめを刺すつもりなのか。そう察した瞬間、彼女の袖から赤い光が閃く――


『着鎧甲冑ッ!』


 ――刹那。白く小さな物体が、電光石火の如き速さでダウゥ姫をさらってしまった。次いで、彼女が倒れていたラドロイバーの足元が、焼けついた痕を残して煙を上げる。


『……』


 ラドロイバーが静かに視線で追う、物体の正体。それは、レスキューカッツェが所持するR型だった。


『はぁ、はぁっ……!』

『お、お前……!?』


 しかし、あんな小柄な隊員はレスキューカッツェにはいない。というか、身長制限に確実に引っかかる。


『……っぷはぁ! あーもー、死ぬかと思ったわっ! ホンマに好き勝手しまくる奴やなあんたはっ!』

『な、なんだとっ!? お前こそオレの邪魔ばっかしやがって! せっかくオレが活躍してイチレンジの役に立ってやろうって時にっ!』

『なんやと!?』

『なんだよ!?』


 ……だが、助かって早々口喧嘩を始める姿を見れば、中の人は察するまでもない。どうやら最初にやられたレスキューカッツェの隊員から腕輪をくすねてきたらしいが……うちの嫁さんも、かなり無茶なことをしなさる。

 それにしても、さっきの攻撃。あの地面を焼いた赤い閃光は――


『二人とも喧嘩してる場合じゃないでしょっ! レーザーが来る!』


 ――やはり救芽井が言う通り、あの決闘の場で天井をくり抜いたレーザーだったか。

 二人を標的に定めたラドロイバーの右腕が、再び彼女達に向けられる。


 しかし、レーザーの第二射が彼女達に向かうことはなかった。


『トワァアァアーッ!』

『ぬぁぁぁああーッ!』


 ラドロイバーの背後に迫る、金と銀の闘士。その気配を察した瞬間、彼女は振り向きながら薙ぎ払うようにレーザーを照射する。

 しかしそれを読んでいたのか、二人は別々の方向へ回避し、ラドロイバーを挟み撃ちにする体勢へ移った。


『古我知剣一。貴様、随分と無謀なタイミングで攻勢に出たな』

『あのお姫様を見ていると、命知らずな誰かを思い出してね。君の方こそ、僕と同じ瞬間に動いたじゃないか』

『なに、知り合いに甲斐性なしで無鉄砲な大馬鹿者がいてな。そいつを思い出して動かずにはいられなくなっただけだ』

『そうかい、奇遇だね。……正直、君とだけは組みたくはなかったが。背に腹は変えられない』

『そうだな。ワガハイとしても貴様と組むなど反吐が出る思いだが……そんな贅沢を言える相手でもあるまい』


 憎まれ口を叩き合ってはいるが、仮面越しに伺える、その目の色は先刻よりも滾っているようだった。……つーか二人とも、ちょっと言い過ぎじゃねーのソレは。後で覚えとけ。


『さぁ、二人とも下がって! あの二人、遠慮抜きで暴れるつもりだわ。ここに居ては危険よ!』

『そ、そうみたいやな……。ほら、行くでお姫様!』

『……しょ、しょうがねぇな……』


 一方、救芽井は気絶した将軍を担ぎ、矢村とダウゥ姫を連れて戦場から距離を取っていた。彼女の言う通り、ここで戦うからには二人が周囲に遠慮することはないだろう。

 その気になれば加勢することも出来る状況でありながら、非戦闘員の保護を優先する賢明な判断は、さすがとしか言いようがない。俺だったら血の気が勝って戦いに行っちゃいそうだ。


『……あー……ヤムラっつったか。お前』

『ん? なんや』

『気にくわねぇし、癪に障ってしょうがねぇが……とりあえず、助けられた礼だけは言っとく。ありがたく受け取っとけ』

『……ホンマ、素直やないなぁ、あんた。うちのダンナみたいや』

『……る、るせぇ』


 ――そして、とうとう矢村までが俺をダシにしている頃。


『……いいのですよ。何人掛かりで来ても』


『その言葉――』

『――刑務所で悔いるがいい』


 金と銀の乱舞が、始まろうとしていた。

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