第218話 金と銀の剣舞

 ラドロイバーを間に挟み、各々の得物を構える茂さんと古我知さん。無駄な動きを一切見せないその姿勢からは、厳かな気迫が感じられる。


『……』

『……』


 そんな二人に対しても、ラドロイバーは見向きもしていない。眼中にない、とでも言うのだろうか。

 「新人類の巨鎧体」を潰した古我知さんと、俺と相打ちに持ち込んだ茂さんの二人を相手にして。


 そして――二人が互いに一歩踏み込み、今まさに飛び掛かろうかという瞬間。


『さぁ――どうぞ』


 ラドロイバーは、明後日の方を向いたまま穏やかに呟く。まるで、二人が仕掛けるタイミングを見抜いていたかのように。


『……ッ!?』

『くッ!』


 出鼻を挫かれたのか、二人はそこから同時に飛び掛かる――のではなく、数歩引き下がり体勢を立て直していた。

 彼らの動きを見ていたわけでもないのに……! 何をもって、こっちの動きを見てるんだ……!?


『こちらよりも高精度のレーダーだとは思っていたが――まさか、モーションまで確認できるとは』

『熱線映像装置と併用している、ということか。……どうやら、死角に回る程度では虚は突けんようだ』


 二人は先程より距離を取りながら、通信でラドロイバーの対応を分析している。集音マイクの音量を最大にしないと、聞き取れない程の小声だ。

 遠方からでも近距離でも、誰がどこでどんなことをしているかがわかるシステム――か。厄介なんて次元じゃないぞ……!


『さっきの太刀合わせで背面からの攻撃に対処していたのも、恐らくはそのシステムによるものだと思う。彼女はコートの中に仕込んだそれを使って、僕達の動きを常に把握してるんだ』

『ああ。しかもそれだけじゃない、奴はあのコートの下にレーザー銃も隠している。まずは奴のコートを剥がさなくては、手の内も見えん』

『同感だ。女性の服に手を掛けるのは望ましくないが、命には替えられない。少し、失敬しようか』

『――そうだな』


 そこで通信を切り、二人は再び挟み撃ちの体勢に入る。今度こそ、立ち止まりはしないだろう。

 ラドロイバーもそれを感じたのか、腕を組んだ姿勢のまま、指先をピクリと震わせた。やはり、彼らの動きは見えている。


『はァァァァァァッ!』

『ぬォあァァァァァァッ!』


 しかし、そこはすでに二人も折り込み済みだ。その上で、速さと力と手数で押し切ろうとしている。

 同時に駆け出す二人に、迷いはない。


 まずテイザーライフルの麻酔針が、ラドロイバーの首筋を狙う。彼女がそれを片手で払おうとする瞬間――


『今だッ!』

『……!?』


 ――茂さんは発射している最中の麻酔針を繋いでいるワイヤーを握り、しならせるように右に振り切った。刹那、麻酔針の先端は蛇の如く軌道を変え――払いのけようとした彼女の腕に絡み付いてしまう。


『とォォあァァァッ!』


 その機転により生じた一瞬の隙を突き、彼女の背後から高電圧ダガーの斬撃が迫る。それに反応したラドロイバーは咄嗟に振り返り、その一太刀を指二本の白刃取りで受け止めた。

 体重も助走も乗せた一撃を、指二本で止めるなんて……どんなパワーしてやがるんだ……!?


『ぐッ……! 電磁警棒対策の絶縁体かッ……!』

『――あなたも、着鎧甲冑の兵器化を目指した一人でしょう? 相容れないはずはないと、私は見ていたのですがね』

『僕は着鎧甲冑を兵器にしたかったわけじゃない――ただ、この力を次代に繋げたかった! それだけだッ!』

『私のやり方でも、着鎧甲冑の力は伝わると……約束しますよ』


『それは……樋稟ちゃんの! あの娘の望んだ未来じゃないんだァァァッ!』


 しかし、それだけでは終わらない。古我知さんは指の隙間から力任せにラドロイバーの拘束を振り切り、再び大上段から高電圧ダガーを振り下ろす。

 そして彼女の実態を暴こうと、コートの胸元に刃を突き立て――


 ――止まってしまった。


『……こ、これはッ!?』


 高電圧ダガーで胸元からコートを切り裂き、ラドロイバーの戦力を暴く。本来なら、そうなるはずだった。……はず、だったのだ。

 しかし現実では、高電圧ダガーは胸元の隙間に刺し込まれたところで止まってしまっている。斬れるはずのものが――斬れない。


『コッ――コートの下に仕込んでるわけじゃない! このコートそのものが……!』


 それが意味するものに気づいた瞬間。赤い電光が怒るように閃き――彼女の無機質な瞳が、古我知さんに向けられた。


 ――ダメだ、古我知さん!


 俺が胸中でそう叫ぶよりも速く。高電圧ダガーを握る古我知さんの義手が、部品を撒き散らしながら吹き飛んで行く。次いで足も、残った腕も。瞬く間に、切り刻まれてしまった。


『ごふっ……!』


 そしてとどめを刺すかのように、ダルマにされた古我知さんの身体にラドロイバーの蹴りが入る。サッカーボールのように吹き飛ばされた古我知さんの身体は、頭から突き刺さるようにグラウンドに墜落した。

 随分と……派手にやってくれたもんだッ……!


『おのれ――ぐォァッ!』


 茂さんも追撃に出ようとした瞬間、胸板に靴底を叩き込むような蹴りを受け、激しく吹き飛ばされてしまった。

 しかもその頃には、麻酔針と銃剣を繋ぐワイヤーがレーザーで焼き切られてしまっていたのだ。これでは、もうテイザーライフルとしての効果は発揮できない。


『……申し訳ありません。少しばかり、力が入り過ぎてしまったようで』


 ほんの僅かに揺らいだラドロイバーの表情も、すっかり元通りになってしまっている。ここまでの犠牲を払っても……ダメージ一つ、まともに通らないなんて。


『……ま、だだ。まだ、何も終わっては……! ゴ、オァッ!』

『――立ち上がらない方が身のためですよ。肋骨も何本かは折れているはずです』


 なおも立ち上がる茂さんだったが、身体はかなり限界に近いらしい。マスクの隙間から、吐き出された鮮血がこぼれ出ている。

 ……無茶だ。これ以上、どうする気なんだ茂さん!


『し……げる、君……。もう、それ以上戦っては……!』

『ふん……! 四肢をもがれた貴様にだけは、言われたくはない、わッ……』


 辛うじて意識を保っている古我知さんも、ボロボロの状態だ。こちらは電動義肢の全てを破壊され、もはや戦うどころか立ち上がることさえできない。


『……あなた方の想い、しかと拝見しました。もう十分でしょう。いたずらに、命を消費することもありません』

『ぬかせ……! ここで貴様を野放しにすれば、違う命が犠牲として消費されるだけのこと! それを防げぬ者が、着鎧甲冑を語るわけには行かぬ! ――う、ぐッ!』

『――何がそこまで、あなたを駆り立てるというのです』


 膝から崩れかけ、銃剣を杖に辛うじて両の足で立つ茂さん。そんな彼の姿に、ラドロイバーは少しばかり眉をひそめていた。

 そう。あの無慈悲にして無表情のラドロイバーが、表情を変えたのだ。


『……我が久水家は、長きに渡り日本の財政に携わってきた。それはすなわち、民の生活――幸せを預かるということ。力を持つがゆえに課せられる責任を、負うということだ』

『……』

『ワガハイは、そんな自分の生家が好きではなかった。趣味の西洋にかぶれ、気ままに生きる。それでいいとさえ……』


 そんな彼女に視線を合わせるように、茂さんも顔を上げる。その仮面の奥に燻る瞳は、研ぎ澄まされた剣のように鋭く――揺るぎない。


『だが……ワガハイの最愛の妹が、愛する男が正義に狂って行く苦しみに苛まれていた時。気づかされたのだ。生家を嫌うあまり久水流という「力」を持つことに手を抜いたがために、守るべき家族の苦しみにすら目を背けていた……己の醜さにな』

『し、茂君……』

『――この頭はかつて、妹を守るという誓いの証だった。そして今は久水流銃剣術を極め、民の幸せを守り抜くと梢に約束した、オレ自身の成り立ちの全てだァッ!』


 そして、雄叫びが上がる瞬間。

 茂さんは己を奮い立たせるようにサムライダイトを振り上げ――完全に両足のみで立ち上がって見せた。


『家族と……家族が守る民のため、ですか。ダスカリアンの民にまで手を差し伸べるとは、随分と寛大な方のようですね』

『それが愚かに見えるのならば、好きなように申せ。民の命のために戦う者の強さ――』


 そして、冷ややかな口調の彼女に銃剣の先を向け――


『――あの男に代わり、貴様に証明してくれる』


 ――俺の代わりに人々を守り抜くと、宣言するのだった。


 ……ちくしょう。まだ、まだ着かないのかッ! 急いでくれ、鮎子!

 間に合わせてくれッ!

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