第216話 無謀な乱入者

 松霧高校のグラウンドを包囲する、連合機動隊の面々。その中央で対峙する将軍とラドロイバーを、瀬芭さんは鎮火された飼育小屋の屋上から撮影していた。

 カメラの激しい揺れやマイクが拾う荒い呼吸音から、かなり無理な運動でここまで駆けつけてきたことがわかる。ご老体なんだから無理しちゃあかんよ……。


『圧倒的に不利であるはずの、この状況に自ら身を投じようとはな。よほど、いざという時の逃げ足に自信があると見える』

『私が自負しているのが逃げ足だけかどうかは――あなた自身のやり方でご確認ください』


 ラドロイバーは相変わらずの無表情。最初に救芽井と対峙した時から、寸分も様子を変えていない。

 そんな彼女と真正面から向き合いつつ、将軍はジリジリと間合いを詰めていた。


 そして、周囲の誰もが固唾を飲んで見守るさなか。


『……ォオオォオォオッ!』


 天を衝く雄叫びと共に、遂に将軍がその沈黙を打ち砕く。

 一瞬にして詰めた間合い。その速攻を目の当たりにしたラドロイバーに、銅色の鉄槌が下る。


『……』


 しかし、この女に先手必勝の理屈は通じないのか。振り下ろされた拳が命中する瞬間、彼女は片足を軸に己の体を後ろへ回転させ、紙一重の距離でパンチをかわしてみせる。

 さらに、その流れのまま放たれた後ろ回し蹴りが、将軍の顎を下から打ち抜いてしまった。


『ごッ……!』


 あまりの衝撃に、将軍の巨体が宙に浮き上がる。その光景を見せつけられ、連合機動隊の隊員達に動揺が広がった。


『う、嘘だろあんなの……!』

『あんな化け物、どうやって捕まえるんだよっ!?』

『狼狽えるな馬鹿者! 目を背けてはそれこそ命がないぞ!』


 彼らを叱咤する茂さんの声にも、少なからず焦りが滲んでいる。やはり、ラドロイバーが発するプレッシャーというものは、並大抵のものではないらしい。

 轟音と共に墜落する将軍の身体が、この戦いの壮絶さを物語っているようだった。


『……け、剣一さん……』

『大丈夫だ。龍太君は間に合う。――きっと、間に合うさ』


 戦いを見守る古我知さんと救芽井は、俺の到着を待ちわびているらしい。……くそっ、物凄い速さで向かってるはずなのに、もどかしくてたまらない。


『それより、抜け出したダウゥ姫の方が気掛かりだ。もしこのタイミングでここに来られたりしたら、格好の餌食だよ』

『今、賀織が追いかけてるらしいんだけど……まだ、姿は見えないって……』


 ダウゥ姫か……。

 彼女のことだから、きっと松霧町の状況を知って、加勢しようとしているのかも知れない。無茶にも程がある話だが、彼女ならやりかねん。

 上手く矢村が連れ戻してくれればいいんだが……。ジェリバン将軍に知れたら、戦いに集中するどころじゃなくなっちまうな。


『そのアーマー、経年劣化で随分と質が落ちてしまっているようですね。要請すれば、新しい装備を新調して差し上げますが』

『……御免被る。私とて、ダスカリアンの守り手の一人。敵の施しを受ける程、誇りを捨ててはおらぬ』

『その敵の施しのおかげで生き延びた国に、どのような誇りが残っていると?』

『黙れッ!』


 将軍は怒りに任せて身を起こし、腕に装着されたガトリングを構えた。

 刹那、火を吹く数多の銃弾がグラウンドの土をえぐり出して行く。巻き上がる土埃は、蛇のようにラドロイバーを狙い――やがて、その全身を覆い隠してしまった。


『やったか!?』


 激しい土埃に向けて、誰もが期待と不安をない交ぜにした視線を送る。

 軍人として、兵士として戦う将軍に、生け捕りなどという甘い考えは馴染まないのだろう。今の攻撃は、本気で殺しにかかる人間にしか出来ない。


 それを受けて、ラドロイバーはどうなったのか。余裕を失う程度か、重傷か。あるいは、死か。


 そして。

 土埃が晴れた先に、見えた答えは。


『――あなたは、おもちゃで人が殺せると本気で思うのですか?』


 ……そのどれにも当たらない。最悪の回答だった。


『――お、おのれッ!』


 死ぬどころか、重傷どころか。まるで意に介していない。

 しかも、防御に使っていたのは片腕一本。それだけで唯一露出していた頭部を、彼女は守り切っていたのだ。


 コートの下に着込んでいる「何か」だけでは、こんな芸当はできない。彼女自身も、超人的な身体能力を持っている。

 兄貴程ではないが、恐らくは改造手術前の俺に匹敵しかねない。着鎧甲冑がオーバヒートを起こさない、ギリギリのラインで己を鍛え抜いた「準超人」なのだ。

 そんな奴が着鎧なんてしようものなら、それこそ手がつけられなくなる。まさか、あのコートの下にあるのは……。


『さて……。あなたは確か、周りを巻き込みたくなかったのでしたね』

『……ッ!?』


 そんな俺の思考を断ち切るように、ラドロイバーは意味深な台詞を吐く。そして、自分の足元に落ちた弾丸に手を伸ばした。

 彼女が手に取った弾丸は衝撃でひしゃげており、とても銃に込められるような形ではなくなっている。自分が利用しようにも、弾倉に入るとは思えないが……。


 いや……まさか。


『では、これはいかがでしょう』


 彼女は、銃弾を人差し指と親指の間に挟み込み――


『いかんッ! 伏せろォッ!』


 ――将軍が叫び、振り返るよりも速く。指で弾き出し――包囲していた機動隊員の一人を、撃ち抜いてしまった。


『……がッ!』


 その隊員は、悲鳴を上げる暇もなくマスクの中で血を吐き……膝から崩れ落ちていく。側にいた他の隊員達が反応した頃には、既に彼の着鎧は解除されていた。


『変形した銃弾を受けた人間の身体は、普通の銃創を受けた時よりも不規則に肉を抉られる。苦痛の激しさも――ひとしおでしょう』


 集音マイクは、彼女の非情な呟きを克明に聞き取っていた。


 着鎧が解除されるということ。その原因は、いくつかある。バッテリー切れ、爆発反応装甲としての機能。――あるいは、死。


『レスキューカッツェ! ただちに治療だッ!』

『了解ッ! オラオラてめぇら、ボサッとしてんじゃねぇえッ!』


 状況をいち早く飲み込んだ茂さんが、パニックを掻き消すように怒号を上げる。次いで、フラヴィさんの叫びが隊員達に広がる恐怖を抑え込んだ。


『急所は外れていますが、中の骨が衝撃で折れてます! とにかく固定して、安全な場所に移さないと!』

『見りゃわかんだよバッキャロォ! 夏、さっさと病院前まで連れて行け! 絶対に死なせるんじゃねぇぞ!』

『りょ、了解っ!』


 フラヴィさんの叱責を受けた西条さんが、大慌てで同僚達と共に撃たれた隊員を搬送していく。その光景を背後にして、将軍は一層激しく拳を握り締めていた。


『貴様……! 許せん、許せんぞッ!』

『許さないから、どうだと仰るのですか。感情でどうにかなる戦力差でもないでしょう』


 そんな将軍に対し、ラドロイバーは一向に態度を崩さない。しかし、そうであってもおかしくない程の強さを持っているのは確かだ。

 彼女は着鎧甲冑を貫通する勢いで、ガトリングの銃弾を「指で」弾き飛ばしていた。恐らくは、それほどの膂力を発揮するパワードスーツを、あのコートの下に着込んでいるのだろう。

 将軍の言うとおり、「銅殻勇鎧」を作ったのがラドロイバーだとするなら――その流れを組んだ上位互換って可能性もある。

 将軍自身の力だけでは、埋めきれない差があっても不思議じゃない。

 ……それでも、戦うのか。あんたは。


『――将軍といえど、所詮は教養に欠ける途上国の成り上がり者、ですか』

『その程度であろうとも――貴様に一矢報いることは出来るッ!』


 将軍は再び拳を振り上げ、ラドロイバーに挑みかかって行く。そんな彼を見つめる彼女の瞳には、僅かに苛立ちの色が漂っていた。


 やがて双方が激突する瞬間。

 将軍の拳は、ラドロイバーの髪を掠め――


『あ、がッ――!』


 ――空を切り裂く。彼女の膝が将軍の鳩尾に突き刺さったのは、その直前のことであった。


『――沈みなさい』


 そして、彼女の前で膝をついた将軍の延髄に、漆黒の肘が落ちる。鈍い音を響かせたその一撃は、将軍の意識を一瞬で刈り取っていた。


 あまりにも圧倒的。あまりにも絶望的。

 その刹那の攻防を目の当たりにした誰もが、ラドロイバーとの戦いに言い知れぬ恐怖を覚えていた。


『……、く……!』


 常に声を張り上げ、皆を鼓舞していた茂さんでさえ、将軍が一瞬で破られた事実に言葉を失いかけている。

 救芽井や古我知さんも、彼女が生むプレッシャーに、飲まれようとしていた。


 修羅場をくぐって来たはずの彼ら特殊ヒーローでさえ、こうなのだ。他の連合機動隊やレスキューカッツェは言わずもがな、である。


 たった一人が、相手だというのに。こっちは大勢いるというのに。

 誰もが、自分達の劣勢を感じていた。


 ――その時。


『ちょ、ちょっと誰かぁー! そこのアホひっ捕まえてぇーっ!』


 この状況で言えば場違いとしか言いようのない声が、周囲に響き渡る。

 その声に反応したカメラが向いた先には……本来なら隣町にいるべきである、矢村の姿があった。そして、彼女が息を切らしながら追いかけているのは――


『ダ、ダウゥ姫ッ!?』


 ――救芽井が戸惑いの声を上げる瞬間、ダウゥ姫が連合機動隊の中へ突っ込んで行く。……やっぱり、予想通りになってしまったか。


『どけどけ! ジャッ――ニホン人ども! ここからはオレの戦場だァッ!』

『きゃっ! ――あ、い、いけませんソレはっ!』


 彼女は荒々しく叫びながら、連合機動隊の包囲網の中を駆け抜けて行く。そしてレスキューカッツェの隊員が保管していた、先程撃たれた機動隊員の腕輪をひったくり――


『オレ達の国を滅ぼして、テンニーンを殺した奴ッ! だらしねぇニホン人に代わって、このダウゥ・アリー・アル=ダスカリアニィが征伐してやるぜッ!』


 ――無謀にも、包囲網を抜けた先に見えるラドロイバーに宣戦布告してしまった。


『あ、あっちゃあ〜……!』


 そんな彼女の背中に追いついた矢村も、頭を抱えている。

 ……とにかく、一秒でも速く松霧町に着かなきゃ取り返しのつかないことになるな。頼む鮎子、急いでくれッ!


 ――ていうかあの姫様、ジャップじゃなくてニホン人って……?

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