第215話 金銀銅の包囲網

 金色の「龍を統べる者」。

 白銀の「必要悪」。

 銅色の「銅殻勇鎧」。


 三方向からラドロイバーを囲うように、三つの鎧は上空から降り立った。刹那、民家の屋上が軋む音が三度響き渡る。

 次いで、周囲にけたたましい足音が轟く。全部隊が、この場を包囲していく轟音だ。


『……』

『観念するがいい、エルナ・ラドロイバー。貴様は完全に包囲されている。大人しく、降伏するのだ』


 その衝撃の波を背に受け、茂さんはサムライダイトの切っ先をラドロイバーに向ける。しかし、彼女は返事はおろか反応すら見せなかった。


『――やはり、言葉が通じる相手ではないか』

『……そういうものでしょう? 戦いとは』

『違いない。だが貴殿は、我々に語る舌を持たぬまま虐殺を繰り返した。これ以上、その暴挙を見逃してはおれぬ』


 ラドロイバーと茂さんの会話に、将軍が踏み入ってくる。その鈍く輝く銅色の拳は、溢れる激情に飲まれまいと、強く握り締められていた。

 自分達の国に災厄を振りまいた張本人。それを前にした彼の心は、察するに余りある。


『あなたは今まで、あまりにも多くの人間を殺しすぎた。どのような理由があったとしても、どんな信念を持っていたとしても――その事実がある限り、あなたの罪は揺るがない。ダスカリアンを滅ぼしたこと、この町に手を出したこと、罪のない人間を苦しめたこと。……全て、償ってもらうぞ』

『……彼を助けようとして燃え尽きた、あの殿方のことでしょうか?』

『――ッ!』


 古我知さんが高電圧ダガーを構えて凄んでも、ラドロイバーの表情に変化はない。

 それどころか、兄貴のことに触れてさらに彼を煽っている。……煽られたのは、古我知さんだけじゃない、がな……!


『……剣一、さん……』

『樋稟ちゃん、もう大丈夫だ。よく頑張ったね。――あとは、僕らに任せてくれ』


 古我知さんは、静かに構えたまま救芽井にねぎらいの言葉を送る。その表情はマスクで見えないが、彼女の震えが僅かに収まったことから、安堵している様子が伺えた。


『……言いたいことは、それだけのようですね。では、あとはお好きにどうぞ』


 ラドロイバーは仮面の奥で歯を食いしばる古我知さんを一瞥すると、両手を広げて他人事のように呟く。暴れたいなら勝手にしろ、とでも言いたげな様子だ。

 一方、三人は眠るように瞼を閉じる彼女を前に、あくまで慎重に身構えていた。


 ――そして、一瞬のアイコンタクトを経て。


『……ぬぅおおおぉおッ!』

『どぉあああああッ!』

『シャアアアアァァーッ!』


 三方向から同時に――いや、僅かな時間差を開けて、ラドロイバーに向かって突進していった。

 一番手である茂さんは、銃剣を突き出しラドロイバーに接近していく。残り十メートルというところで、ようやくラドロイバーは瞼を開けて茂さんの方を見遣った。


『やはり反応するかッ!』


 すると、茂さんは何故かそこで急ブレーキをかける。間合いまで、あと一瞬という距離だというのに。


『今だッ!』

『覚悟せいッ!』

『……!』


 その予想を裏切る動きにより、ラドロイバーに生じた刹那の揺らぎ。それを逃すまいと、古我知さんと将軍が時間差攻撃を背後から仕掛けていく。

 だが、それだけでは仕留めるには及ばない。ラドロイバーは背を向けたまま、高電圧ダガーを持つ手を脇に挟んで刺突をかわし、後ろ回し蹴りで将軍の拳を払って見せた。


 いずれも、決定打にはなりえなかった。しかし、彼らの真の狙いはそこではなく――


『かかったな愚か者がッ!』


 ――背後からの攻撃に、僅かでも気を取られる瞬間。その刹那に、彼女の胸部を狙って放たれたテイザーライフルの弾丸だったのだ。


『……!』


 反応する頃には、もう遅い。

 ラドロイバーが僅かに目を見開く頃には、既に相手の挙動を封じる針が、その豊かな胸に突き刺さっていた。

 テイザーライフルの弾丸は着鎧甲冑の装甲すら貫通し、筋肉を痙攣させて強制的に身体の自由を奪う。ラドロイバーとて、例外ではないはず。


『これでッ……!』


 決着がつく。茂さんがそう確信する瞬間。


『――女性の胸に悪戯することが、そんなに楽しいですか』


 動けないはずのラドロイバーが。筋肉が痙攣しているはずの彼女が。

 ゴキブリを見るような冷徹な視線を茂さんに向け、突き刺さった針を自力で抜いてしまったのだ。


『なッ……! 手応えは確かに――ッ!?』


 しかも、それだけでは終わらない。ラドロイバーはそのまま針とワイヤーを手繰り寄せ、サムライダイトを持ったままの茂さんを勢いよく引き寄せて行く。

 予想を遥かに凌ぐ事態に、茂さんは反応しきれず――そのまま釣り上げられた魚のように、銃剣ごと間合いに引き込まれてしまった。


 ともすれば、引き摺り込んでいるラドロイバー自身と激突しかねない勢い。しかし彼女は、茂さんと衝突する寸前に自分の身を真横にかわし、彼の身を背後の古我知さんと将軍の二人にぶつけてしまった。


『ぐっ!?』

『ああっ!?』


 さらに、ラドロイバーは茂さんをぶつけられよろめく二人に、容赦のない前蹴りを叩き込む。結果、三人は民家の屋上から叩き落とされ、住宅街の道路上に転げ落ちてしまった。


『茂さん! みんなッ!』


 想像を上回るラドロイバーの攻撃に、救芽井の悲鳴が上がる。


『くっ……馬鹿な。テイザーライフルが通じない装甲だと!?』

『おのれ――ならば!』


 民家の屋上に立ち、道路に落下した三人を見下ろすラドロイバー。その目は、救芽井を相手にしていた時よりも僅かに鋭い。

 彼女よりも厄介な敵だと、先程の連携攻撃で察知したのだろうか。

 一方、三人側の一人――将軍は、まずテイザーライフルを凌ぐ装甲を破壊しなくてはならないと見たのだろう。右腕に搭載されたガトリングを構え、その銃口をラドロイバーに向ける。


 しかし、その場で彼が引き金を引くことはなかった。


『……くッ』

『町を巻き込むから迂闊に撃てない――ですか。相変わらず、言い訳だけはお上手ですね』

『黙れ! 貴様のような卑劣な女が、何を言うのか!』


 そんな彼を揶揄するラドロイバーの言い草に、将軍も怒りを露にする。

 その怒号を受け、鋭い目つきをさらに細める彼女は……一つの提案を示した。


『――いいでしょう。ならば松霧高校のグラウンドに場を移しましょうか。あそこなら多少派手に暴れても、被害は薄いでしょう』

『な、なんだと……!?』

『ガトリングが使えれば勝てた。そんなありもしない可能性を根拠に、勝てる希望を持たれても迷惑ですから』


 それだけ言い残すと、ラドロイバーは一飛びで松霧高校の方へ向かってしまった。

 その背を見送り、ほんの数秒。将軍は逡巡するように顎に手を当て――決意するように、顔を上げる。


 ――行く気なのか、将軍。


『ジェ、ジェリバン将軍……』

『……一人で行くつもりか。将軍』

『コガチ殿、ヒサミズ殿。貴殿らは下がっていてくれ。巻き込んでしまっては、また同士討ちになる』


 その言葉に、古我知さんと茂さんは俯くことしか出来なかった。そんな二人の姿をしばらく見つめたあと、将軍は踵を返して松霧高校に向かっていく。


 一方、瀬芭さんのカメラはその背中を静かに追っていた。――その時。


『イチレンジ殿』


 振り返る彼のカメラに合わせた目線が、俺の視界と交わる。


『恐らく、私は奴には敵わぬ。この鎧を作ったのは奴だ、間違いなくこちらの手の内は知り尽くしているはず』

「……」

『だが、奴の力という情報を引き出すことは出来よう。敵を知り、己を知り――奴に屈せぬ術を掴んでくれ』


 その言葉を最後に彼は再び背を向け、歩き出して行く。

 確かに、俺にはありがたい話だ。――しかし、あんたはどうなる。

 あんたを拠り所にしてる姫様が、悲しむようなことになったら……どうすんだよ、あんたは。


『全機動連隊、松霧高校を包囲! ネズミ一匹逃がすな!』


 茂さんがG型部隊一同に指令を下す一方で、そんな考えが俺の脳裏を巡っていた頃。


『んっ……?』

『どうしたんだ、樋稟ちゃん』

『……隣町から通信だわ。どうしたのかしら……。はい、こちら救芽井分隊』


 古我知さんに保護されていた救芽井が、通信を受けたらしい。誰かと話している声が僅かに聞こえていた。


『……賀織? どうしたのよ、こんな時に――え?』

『――樋稟ちゃん?』

『何があった?』


 刹那。

 耳の部分に手を当て、通信に専念していた救芽井の身体が――凍り付いたように動かなくなる。

 その異変を感じたらしく、古我知さんと茂さんも訝しむように救芽井に問い詰める。


 それに対する、救芽井の回答は。


『姫様が……ダウゥ姫が、いないって』


 この戦況に訪れる、新たな波紋を報せるものだった。

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