第209話 猛火へ向かう急転直下

 久水兄妹がこの屋敷から飛び去り、静けさだけは戻ってきた。

 だが、もはや今朝と同じ空気になることはなく――穏やかな景色を残したまま、久水家の本家は剣呑な雰囲気に包まれている。


 誰一人として無駄口は叩かず、各々の使命に殉じていた。

 四郷姉妹は裏庭で「超機龍の鉄馬」の最終調整に邁進し、使用人達はここに似合わない大掛かりな無線機を自分達の控室に置き、現場の状況を調べていた。


 だが、今の俺に出来ることはない。どっしりと構えて普段通りに茶を嗜んでいる毅さんと共に、出番を待つだけだ。

 毅さんが舞さんと穏やかに過ごしている和室。その側にある庭で、俺は身体のスイッチを入れるための演武に興じていた。


「よう、龍太君や。はやる気持ちはもっともじゃが、今からそんなに張り切ってちゃいざって時に持たんぞ」

「……常在戦場、とも言いましてね。長く気を抜いてると、火付きが悪くなりそうなんですよ」

「なるほどの。しかし、ほどほどに抑えておかんと戦場に着く前にへばってしまうじゃろうて。舞、茶を淹れてやってくれ。戦場じゃろうと死地じゃろうと、落ち着きがなくては長くは生きられんよ」

「はい、ただいま。あなたはどうされます?」

「そうじゃな、わしも貰おうかの」


 毅さんの言う通り、ウォーミングアップの段階でへばってちゃ話にならない。特に今回は、鮎子との連携が命なんだから。

 ――だが、焦るなってのが無理な話だ。今回の相手は今までとは訳が違う。最先端技術で完全武装した元軍人相手に、牙を持てない俺達がどこまで通じるか――


「一煉寺様、一煉寺様はいずこにッ!?」


 ――と、思考を巡らせるよりも早く。使用人達の一人が、毅さんの部屋に駆け込んでくる。


「なんですか騒々しい。客人の前ですよ」

「まぁまぁ、よい。龍太君ならそこの庭じゃ」

「ははっ!」


 久水夫妻との短い会話の中で俺を見つけたその人は、切迫した面持ちで廊下まで近づいてくる。……動いたのか、状況が。


「どうかしたんですか」

「無人のはずの松霧町幼稚園が、謎の火災により全焼! 鎮火したものの、周辺の家屋にも被害が及んでいる模様です!」

「!?」


 予想だにしないダメージに、思わず目を見開く。フラヴィさん達レスキューカッツェがついていて全焼!?


「現場からの報告によれば、真っ先に消火に向かった近くの隊員数名が、謎の闇討ちに遭ったために対処が遅れたとのこと。被害件数は七件に及び、闇討ちに遭い重傷を負った隊員は護衛についた連合機動隊も含め二十一名にのぼると……!」

「……ッ!」

「茂はどうしておる? もう直ぐ三時半になろう」

「茂様は松霧町まであと八キロの地点におられます。じきに到着されるかと……」

「ああ、茂……梢……」


 ――状況は、思っていた以上に酷い。救芽井エレクトロニクスのレーダーをかいくぐるステルス機能を備え、確実に先手を打ってきている。

 しかも、救芽井家と久水家の連合機動隊の警備を纏めてねじ伏せるだけの戦闘力まで持ってるときた。このままじゃ、松霧町が焼き尽くされる……!


「茂さん、まだなのか……!」


 すると。


「報告します! 茂様御一行、松霧町に到着! 捜索隊に合流したとのことです!」

「ぬ、やっと着きおったか!」


 焦りと共に零れる俺の言葉に反応したかのように、別の使用人が連絡に駆けつける。

 さらに。


「龍太君、『超機龍の鉄馬』の最終調整が完了したわ! 一緒に来て!」


 鮎美先生が息を切らして、この部屋に踏み込んでくる。矢継ぎ早に入ってくる客人の多さに、久水夫妻は面食らっていた。


「……ああ、今行く!」


 ――ついに、この時が来た。

 これ以上、松霧町を……俺の町を、好き勝手にはさせられん……!


 力を貸してくれよ、茂さん、鮎子!

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