第210話 重なる殻

 鮎美先生に呼び出された先に待っていたのは、最終調整を終えて待機している蒼いバイク――「超機龍の鉄馬」だ。

 陽の光に照らされ、空の色を湛えた装甲が、まばゆい光沢を放っている。その奥の和室には、布団に寝かされた鮎子の姿が伺えた。

 その頭に取り付けられた、ヘルメットのような機材。俺は、見覚えがある。


「……なるほど。つまり『新人類の巨鎧体』みたいなものか」

「ええ。脳波を発信して遠隔操作するより脳髄そのものを移植した方が機体への伝達は速いんだけど……それだと、開発期間が延び過ぎちゃうからね。完成する前にラドロイバーに攻められちゃ、お手上げだし」

「どのみち、鮎子にかかる負担は計り知れない。このイカしたバイクに頼るのはこれっきりにしたいな」

「まったくだわ。だから、今回で思う存分使い潰して頂戴」


 俺は不敵な笑みを浮かべる鮎美先生に、頷きで応え――鮎子を一瞥し、「超機龍の鉄馬」に跨る。


「着鎧甲冑!」


 そして「救済の超機龍」を纏い、ハンドルを握る瞬間。


『先輩、準備はいい?』

「……おう、いつでも来い」


 ハンドルの間にあるスピードメーターの上に設置されたディスプレイ。その画面に、鮎子の真剣な面持ちが映された。

 ――運転は基本鮎子任せになるし、それまで俺自身は待機するしかないんだよな。やれやれ、まさか女の子が運転するバイクのお世話になるとは思えなかったぜ。

 ま、世話を焼かせるのはそこまでだ。向こうに着いてからは、俺の本領。今までの借りを全部、返してやらなくちゃな。


「……改めて覚悟を問うまでもなさそうね。じゃ、皆を呼んでくるわ」

「いや、いい。このまますぐに行く」

『先輩?』


 茂さんの言葉を思い起こし、俺はハンドルを握り込む。

 見送りとは、その者の未来を案じるがゆえ……か。


「必ず皆で、生きてこの戦いを終える。それが決まってることなら、見送りなんてしたってしょうがないさ」

「――そう。なら、その大口に見合う働きを見せなさい」


 俺がそう言い切る根拠――それを見抜いたらしく、鮎美さんは口元を緩ませて、檄を飛ばす。これで負けたら、格好つかないってもんじゃないな。

 ……そして、俺を守るように車体前方に防風シールドが展開され――


「わかってるさ。行こう、鮎子!」

『……了解!』


 ――その勢いのまま、「超機龍の鉄馬」は車体後方の白いウイングを広げ、エンジンを噴かせる。刹那、ウィリーのように前輪が浮かび上がり――ジェット噴射の推力が、俺達を大空に打ち上げた。


「……ぐ、おおおおおっ!」


 次いで猛烈なGに、身体が弾き出されそうになる。「救済の超機龍」の膂力と防風シールドの機能を、突き破るかのように。

 振り落とされるわけには行かない、落っこちてたまるか! ……そんな気力だけが、俺の命を繋いでいるようだった。


「お、おっ……あああああッ!」

『先輩、今ッ!』

「――ッ! あ、ああ、行くぜッ!」


 そして、僅か数秒程度の死闘の果て。鮎子の叫びに応じ、俺はディスプレイの下部にあるスイッチに、拳を振り下ろす。

 この鎧に、殻を重ねるために。


「二段――ッ!」


 拳の鎚が、赤い円形に衝撃を叩き込み……ディスプレイに「FULL PLATE ARMOR」のイニシャルが現れる。

 同時に後方のタンデムシートが上に開かれ、そこから数多のプロテクターが打ち上げられて行く。まるで巡行ミサイルの群れだ。


 その防具の部品は、やがてこちら目掛けて急降下を開始する。流星の如き速さで、青と白のプロテクターが降り注いできた。


「――着鎧ッ!」


 そして鎧を纏うためにハンドルを手放し、力こぶを作るように腕を広げ――

 ――頭、肩、胴、腕、拳、腰、太腿、脛、足。身体中のありとあらゆる箇所に、蒼い鎧が張り付いて行く。

 「救済の重殻龍ドラッヘンファイヤー・デュアル」の、完成か。


 やがて、プロテクターの背後から小型ジェットが噴き出し――振り落とされかけた俺の背を押す。

 その推力に体勢を修正され、俺が再びハンドルを握り直す頃。上方に向かっていた車体の角度が徐々に緩まって行き……ついに、水平になる。


 久水家を飛び出してから、僅か数秒程度。たったそれだけの間に、数十年分の寿命を使ったかのような心境だった。

 ……鮎子の事情云々抜きにしたって、こんなの二度と乗りたくねぇよ。松霧町に着く前に星になるかと思ったわ!


『二段着鎧、完了。ぶっつけなのにバッチリだったね、先輩』

「お、おう。……これっきりにしたいもんだな、いやホントに」

『それは先輩次第。ボクとしては、この装甲を今後の主力にしてもいいくらいなんだけど』


 大事なアソコがヒュンヒュンしてる俺とは裏腹に、鮎子の声は涼しさを保っている。遠隔操作だから速さ実感がないのだろうか。……いや、実は済ました顔してスピード狂なのかも知れん。


 そんな俺の無意味な思案を他所に、彼女はディスプレイに二段着鎧後のビジュアルを表示させていた。これが今の俺の格好、ということか。

 本来のスーツの色である赤を基調にしつつ、白いパーツで縁取りされた蒼いプロテクターが全身の至るところに装着されている。

 肩の部分はやや横に向かって尖った形になっており、頭にはトサカのような兜が乗せられている。壁に叩きつけられた時、直接その部位に衝撃が加わらないようにするためだろうか。

 しかも、口元にはシールドも張られている。唇型の部分を覆い隠すかのように、その装甲は頑丈だ。


 ……確かに、実用性は申し分ない。だが、問題は見た目だ見た目。

 前よりはマシな気はする。が、それは前世紀の七十年代風デザインが九十年代風に変わった程度でしかない。どっちにしろ、今時のセンスじゃない。

 アラサーの鮎美さんが作ったんだから、当たり前なのかも知れないけどさ。


『……それに、カッコいいし』

「……そっすか」


 だが、いちいちそれを口に出すつもりはない。実年齢がアラサー手前の鮎子も、お気に召してるみたいだし。

 ――そうだ、要は勝てばいいんだよ勝てば。それに、この格好で負けたらさらに格好悪い。


「……よし。二段着鎧も完了したことだし、気合入れて行くぜ、鮎子」

『うん……!」


 恐らく鮎子が想定していないであろう動機で気合いを入れる俺に、彼女は強く応えている。……ピュアだ。ホントにアラサー手前なんだろうか。


『――龍太君、聞こえる?』

「えっ……!?」


 その時。突如、鮎子意外の声がディスプレイから飛び出してくる。次いで、その画面に件のアラサーが顔を出してきた。

 ――そうか。鮎美先生も、このバイクと交信出来るのか。


「無事に二段着鎧には成功したようね。どう? 悪くないでしょ」

「ああ、性能は申し分なさそうだ」

「当たり前じゃない。それとは別に褒めるところ、あるでしょ?」

「……いいセンスしてるよ。ところで、何かあったのか?」


 二段着鎧の確認だけが用事とは思えない。そう問い詰める俺に対し、鮎美先生は真剣な面持ちで見つめている。……状況が、動いたのだろうか。


『……茂君達は現場に到着したらしいんだけど、状況は未だ好転していないわね。単体でも高い自衛能力がある剣一君や将軍を避けて、手薄な分隊をピンポイントで強襲しているようなの』

「向こうに配置がバレてるのか……!?」

『その線が濃厚ね。――現場の状況を瀬芭さんに持たせたカメラを通して、あなたに見えるように設定しておくわ。少しでも情報がないと、あなたが合流してもうまく立ち回れないでしょうし』

「……ああ、頼む」


 向こうの状況。それは是非とも知りたかった情報だが、同時に知りたくない情報でもあった。

 自分の町が、焼かれている光景など……見たくなくて当然だが。しかし、目を背けてはならない。

 どのみち、この空の先で嫌でも目にしなくてはならないのだから。


「……!」


 そして、鮎美先生の通信が途絶える瞬間。

 松霧町を舞台に繰り広げられる攻防の様子が、俺の知るところとなる。

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