第200話 雷の銃剣

 ――「龍を統べる者」、か。大層な名前を付けやがる。

 つまり、俺の名を使った全ての着鎧甲冑の上に立つ鎧ってことかよ。茂さんらしいな。


 だが……あの琥珀色の小銃が気になる。あれが久水先輩の云う新型装備って奴か?


「随分ゴテゴテした矛だな。そんなんでまともに動き回れるのかよ?」

「直に戦えば、その余裕も一瞬で消し飛ぶ」


 俺の挑発も意に介さず、茂さんはただ静かにこちらを見据え、出方を伺っていた。

 やはり違う。一年前の時とは、根本から。


 フェンシングの構えによる軽快なステップもない。それどころか、腰に提げた電磁警棒を抜いてもいない。

 まるで別人と対峙しているかのように錯覚してしまう。今の彼が纏う気迫は、フェンサーの色ではない。

 むしろ――俺に近い、日本の武術家の色だ。


「……」

「……来るか」


 茂さんを中心にして円を描くように、俺はすり足でその場から移動する。足音を立てることなく、地の上をゆっくりと、滑るように。

 ――そして、茂さんがこちらに合わせて体の向きを変える、直前。


「……ホワチャアアアアッ!」


 俺の軸足に眠る獅子が、眼前の敵に牙を剥く。

 地面をえぐるように蹴り飛ばし、俺の身体は一気に黄金の兜に飛びかかった。


 ――反応する隙も与えず、速攻で脳に飛び蹴りを決めてやる。それで倒れるタマじゃないだろうが、ダメージはあるはず。

 手の内を見せる気がないってんなら、その気になる前に畳み掛けてや――!?


「ぬるいッ!」

「――ッ!?」


 膝から先が――蹴り足が、上がらない。


 止められたのだ。小銃で、蹴り足を出すための膝を。


「……は、やッ……!?」


 しかも茂さんは俺の蹴りを止めるために、今の一瞬でこちらの間合いに踏み込み、膝を押さえ込んで蹴りを止められる距離まで接近していた。

 反応出来なかったのは、俺の方。茂さんの移動速度は、俺の見立てを遥かに上回っていたのだ。


「オレの分析力を見誤っていたらしいな。直に戦った貴様の強さを、オレが忘れるはずがなかろう」


 そして茂さんは小銃を振り上げ、銃床の一撃で俺を弾き飛ばす。


「ぐっ!」

「貴様こそ、人の心配の前に己の身体を気遣うことだな」

「――ッ!」


 さらに間髪入れず石畳の上を転がる俺を狙い、茂さんは小銃を構え――発砲した。

 咄嗟に真横へ跳んで躱した俺の視界を、鋭利な針とワイヤーが横切って行く。

 そして、地面に当たり跳ね返った針は吸い寄せられるように、銃口の中へと引き返して行った。


 ……アレは、まさか……。


「貴様も不殺を掲げた戦士の一人だ。テイザーガンというものを知っているだろう」

「二十世紀に開発され、アメリカ警察や裁判官が所持していたとされるスタンガンの一種か……。ワイヤーに繋がれた針の弾丸を突き刺し、電気ショックで対象の動きを止める非殺傷兵器……」

「左様。これはその機構を元に開発された、より優れた弾速と射程距離を誇る『テイザーライフル』。次世代のG型にロールアウトされる、着鎧甲冑に許された新たな矛だ」


 やはり、スタンガンの派生系だったか。G型とはいえ、甲侍郎さんが着鎧甲冑の装備に小銃を取り入れるなんてただ事じゃない、とは思っていたが……。

 ……そうまでして、俺を止めたいのか。あなたは。


「確かに当たれば、痛いじゃ済まない新装備だな。――だがッ!」


 二射目の銃口がこちらに向けられた瞬間、俺は曲線のような軌道を描いて茂さんに肉迫する。

 茂さんはじっくりと狙う時間を省き、腰だめの姿勢から発砲するが、そんな闇雲な射撃に当たってやるつもりはない。

 そして、射出された針が銃口に戻る前に、俺は拳が届く間合いにまで踏み込んだ。


「俺に言わせりゃ無用の長物だッ!」

「――その無用の長物に手こずっているうちは、一生掛っても真打は破れん」

「……ッ!?」


 次の策が飛び出す前に力でねじ伏せる。その一心で打ち出した拳の前に、一瞬で引き抜かれた電磁警棒が現われた。

 近づき過ぎて相手の全体像が見えない位置に居たとはいえ――いくらなんでも、速すぎる。まるで居合抜刀術だ。


「クッ……!」

「むうッ!」


 とにかく、電磁警棒に拳を当てて感電するわけには行かない。俺は条件反射で拳の軌道を捻じ曲げ、電磁警棒を握る金色の手の甲に当てた。

 一方、向こうにとってもこの一発は軽いものではなかったらしく、苦悶の声を漏らしながら数歩引き下がっていた。


「一進一退……と言いたいところだけど、やはり茂君が優勢ね。龍太君の怪我のこともあるけど、同等以上の性能を持った着鎧甲冑を得たのが大きいわ。しかも、完全に使いこなしている……」

「先輩……ボクは……それでも、先輩を……」

「馬鹿よ……馬鹿だわ……。死んだら、死んだら何にもならないのに。悲しいだけなのに……」


 ギャラリーにも緊張が走る。特に久水先輩は見ていられない、と言わんばかりの苦悶の表情だ。

 ……彼女には悪いが、こうなった以上は引き下がることは出来ない。今俺にできるのは、一秒でも早くこの決闘を終わらせることだけだ。


「さっさと、片を付けるぞ」

「それを貴様が言うのか。もはや戦える身でない、貴様が」


 茂さんの声色に、僅かな怒気が灯る。そして彼の右手に握られた小銃が、銃口を下に向けて静止した。

 次いで、左手に握られた電磁警棒が銃口の下部に向かい――ガチリ、と何かが嵌る音を立てる。


 その音と共に、茂さんは小銃を振り上げ――そこに装着された電磁警棒を太陽に翳す。

 これは……銃剣?


「『電磁銃剣サムライダイト』。我々の茶番は、ここからだ」

「……フェンサーとは思えないチョイスだな。そんな妙な得物、ちゃんと扱えるのか」

「フェンシングなら、封印した」

「なに?」


 茂さんは淡々と言葉を並べ、静かに切っ先をこちらへ向ける。

 これは――慣れない武器の構え方じゃない。隙が、見えない。


「言ったはずだ。貴様の強さは、よく知っていると。こだわりも浪漫も何もかも捨て去り、古臭いと嫌ってきた家伝の武術に縋ってでも強くならなければ、オレは貴様には敵わない」

「家伝の、武術……?」

「その代償を払った先に勝利があるなら――貴様の無事を望む梢が喜ぶなら、オレはこの銃剣を選ぶ。オレ自身が望んでいた、西洋の剣よりもな」

「……そうかい。だったら先輩のためにも、さっさと俺を仕留めるこった。強さを証明しなきゃ自分の正義を通せないと言ったのは、あんたの方――」


 言い終える暇もなく。


 俺の眉間を、電磁警棒が捉えていた。


「……ッ!?」

「貴様に、言われるまでもない」


 間一髪、頭を右に躱して命拾いした俺の顔面に、今度は銃床が弧を描いて襲い掛かる。

 回避は間に合わない。本能でそう察した俺は、無意識に十字に構えた両腕で受け――吹き飛ばされた。


「うぐあっ……!」


 石畳の上を跳ね、ダウンを取られる。しかし、寝転がっていてはテイザーライフルの餌食。

 俺は追撃を警戒し、息を荒げながら素早く体勢を立て直す。向こうは、一寸の乱れもなく静かに構え直していた。


 ――なんなんだ、この速さは。これは「龍を統べる者」の性能だけじゃないぞ……!


「久水流銃剣術。シベリア出兵に参加していた時の当主、久水忍ひさみずしのぶが大正時代に編み出した古流武術だ。代々、久水家当主の護身の技として受け継がれている。もっとも、オレの好みじゃないがな」


 ……何が好みじゃない、だ。

 手が付けられないくらい極めた動きしやがって……!

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