第174話 海底の影と月夜の再会

「フラヴィさんからの連絡だと……沈没した豪華客船の機関室跡に、妙な損傷があったそうよ」

「妙な損傷?」

「うん。爆発で壁が破られたところの他にも、線状に焼け爛れた跡が見つかったらしいの。まるで、レーザーか何かで焼き切られた跡みたいな……」

「レーザーだって? じゃあ、誰かが故意に起こした事故だったってことなのか?」

「今はまだ調査中だからわからない……けど、いずれはっきりするはずよ。機関室にいた乗員の中には、全身黒ずくめの女性を見た――なんて目撃証言もあるくらいだし、単なる事故じゃないってことは確かだと思う」


 矢村の出迎えを受けて学校に向かい、朝のホームルームを終えた頃。

 クラスメートの女子生徒達との談笑を終えて、救芽井が意味深な情報を持ち込んできた。


 あの豪華客船沈没事故に現れた、謎の女性。その影に纏わる話かどうかは確定していないが……少なくとも、あの事故が単なる欠陥やヒューマンエラーによるものじゃない、という可能性は見えてきたらしい。

 沈没後の船体の保存状態が良好だったのが幸いして、潜水調査に出ていたフラヴィさん達レスキューカッツェが、耳寄りな情報を持ち帰ってくれたそうだ。彼女達もマスコミに毎日追われて大変だろうに……。


 しかし、黒ずくめの女性……か。機関室で見たということは、やっぱりレーザーで焼き切った跡、という痕跡に関係しているのだろうか?

 結局のところは救芽井の言う通り、フラヴィさん達の調査の結果を待つしかないのだが……。


「果報は寝て待て、よ。龍太君もまだ特訓の途中なんだし、今は決闘の件に集中しましょう?」

「ん……まぁ、そうだよな」


 ――そういう俺の思案が顔に出ていたらしい。救芽井は真剣な表情から穏やかな笑みに切り替えると、俺の鼻先を指先で突いて見せた。

 確かに、ここであの女性のことを考えていても答えが出るはずがない。俺は、俺のやるべきことをやらなくては。


 するとそこへ、俺の机の傍らで屈んで話を聞いていた矢村が、ぴょこんと顔を出してきた。


「それにしても……せっかく龍太の試験も無事に終わって、合格祝いも兼ねた誕生パーティーやろう……って時に、大変な事になってもうたもんやなぁ……」

「……そうね。私も、お義母様への合格報告を兼ねて盛大に祝いたかったところなのに」


 同じ意見を呈していながら、なぜか互いの交わる視線が火花を散らしている。そんな二人の姿を見て、俺は自分の誕生日が近いということをふと思い出した。

 今の今まで、決闘の件で頭がいっぱいになっていたせいかすっかり忘れていたらしい。兄貴や母さんが帰って来るのもそのためだと言うのに、我ながら親不孝な奴だ。


「あ――でも梢先輩は参加させん方がええんちゃう? そこまでせんにしても、せめてプレゼントは考え直させないけん……」

「あら、どうして?」

「ダスカリアンの二人が来る少し前の時な。アタシが早めに部室に行っとったら……梢先輩、素っ裸の状態で大事なところだけリボンで隠して、鏡の前でやらしいポーズ決めとったんや。鮎子も止めるどころか、何か感心しとるみたいにメモ取りよったし……あの二人の感性に任せとったら、龍太ん家が大変なことになってまうで」

「うわぁ……」

「何を考えてるのか邪推してしまう自分が嫌になりそうだ……」


 ――だが、今は決闘のため、敢えて誕生日のことは頭から離そうと思う。久水先輩の暴走を、時間を掛けて止める意味でも。

 俺は部室で起きていたピンク色の非常事態を想像し、救芽井と二人で頭を抱えながら、人知れずそう誓うのだった。


 それから、放課後を迎えた俺達は「一煉寺」へと向かい、そこで再び修練に臨む。日を追うごとにその内容は厳しさを増し、涼しげな夜中でも俺の汗が止まることはなかった。

 それが終わっても、相変わらずの道衣争奪戦までもが激しさを増したり、入浴中に久水先輩がタオルも巻かずに乱入してきたり。そんな面倒ごとが絶え間無く続きはしたが、何とか今日も乗り切ることが出来た。


 その後、食事も入浴も洗濯も終えた俺は、眠りにつく前に散歩に繰り出していた。再び夜道を歩く俺の頭上で、満月の光が穏やかに道を照らしている。


 普段は家の周りを少しうろつく程度だったのだが……今回は、ちょっとだけ遠出だ。

 俺は夜空を見上げながら、ゆっくりと目的地へ歩を進めていった。


 たどり着いた先は――昨夜の空地。ダウゥ姫の愛猫、グレートイスカンダルの住家だ。

 あれから、あの子猫は元気にやっているのか。それがふと気になり、気づけばここへ足が向かうようになっていたのである。


「……ん」


 そこへ、静かに響いて来る子猫の鳴き声。どうやら、今夜は特に抜け出すこともなく大人しくしていたようだな。

 俺はその声に誘われるように、グレートイスカンダルが住む段ボールへ向かった。段ボールの中から、顔をひょこっと出している虎模様の子猫が見える。


 段ボールの周りは綺麗にされており、念入りに手入れされた跡が伺えた。恐らく、彼女がしっかり面倒を見た後なのだろう。

 ふと、グレートイスカンダルと目が合う――が、特に向こうは警戒することもなく、俺をじっと見つめていた。

 ……この子の飼い主は、いずれここから居なくなってしまうだろう。それまでに、新しい引き取り先を探さなくてはならないが……果たしてこの子は、そこに馴染めるのだろうか。


 それが少しだけ心配になり、気づけば俺はグレートイスカンダルの毛並みを静かに撫でていた。まるで、今日までの苦労を労うかのように。

 この子も、特にその愛撫に反発することなく、俺の掌を受け入れていた――のだが。


「……!?」


 突然、グレートイスカンダルは俺の手から飛びのくように離れ、威嚇するような鳴き声を上げた。その不意を突くような行動に、俺は思わず手を引っ込めてしまう。

 一体、どうしたのか。その理由を求めるうちに、俺の視界が妙に暗くなっていることに気づく。


 さっきまで月明かりに照らされていたはずの、この空地に突如訪れた闇。その実態を察した瞬間、俺は素早く後ろへ振り向いた。


 そこに佇んでいたのは――


「このような夜更けに、どうされたのかな。イチレンジ殿」


 ――青い浴衣に身を包み、こちらを悠然と見下ろす褐色の巨漢だった。


「ジェ、ジェリバン将軍……!?」

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