第163話 周りの女は鬼ばかり

「ったくよォ、旦那の無茶苦茶さにはいつもながら呆れちまうぜ」

「全くざます。心配するワタクシ達のことを考えられたことが、一度でもありまして?」

「……ご、ごめんなさい」


 何が起きたのかすらわからないという恐怖は、俺の身動きを金縛りのように封じていた。ソファーの上に縮こまる俺を、黒いレディーススーツを纏う美女達が四方八方から完全包囲している。

 端から見れば、うらやまけしからん状況なのかも知れない。だが、それはあくまで表面的な情報でしかないのだ。


 ――これはハーレムなんかじゃない。ただの四面楚歌だ。


「一煉寺様が救助のために無茶をなさるのは今に始まったことではない、とは言え――やはり見ている者としてはハラハラが止まりませんの。あなたはもう少しご自分を大切にされた方がよろしいかと」

「旦那の熱意は結構なんだけどよぉ、それでウチの部下共に心配かけさせられちゃ堪んねーんだよ。ただでさえ、隊員の一部が旦那の必殺無自覚ドキで勘違いやらかしてるんだからな」


 あの貴族様が抹消された後、俺はフラヴィさんから例の女性について、身元に繋がりそうな情報を沈没した船の中から捜しているという話を聞いてから――こうして責任追及されているのである。

 ……しかし、ムジカクドキって一体何だ? 話の流れからして食い物の名前ではなさそうだが。


「龍太君の一日の出動回数って、他の資格者達の比じゃないのよね……。私の管轄から離れて勝手に出動してる時も一度や二度じゃないし」

「……その無断の出動やパトロールで救われてる人間が何人もいるから、余計にタチが悪い……」

「こないだなんか、フラヴィさんに休んどけって言われて、ホントに休んでただけで正気を疑われとったもんなぁ。どんだけ出動厨やねん」

「『レスキューカッツェの鬼隊長』と評判のフラヴィさんが、気を遣って休養を命じてもこっそり何度も働いていたヒーローなんて、世界中を探してもあなたしか居なくってよ。赤いスーツでバレないわけがないのに……いつものことながら、理解に苦しみますわ」


 俺を責め立てているのは、何もフラヴィさんやジュリアさんだけではない。向かいに座る彼女達と同様の、呆れ返るような視線で突き刺して来る「着鎧甲冑部」の面々も、容赦のない苦言を浴びせていた。

 背後から左右まで、ガッチリと厳しい眼差しで固められている現実に、俺は押し潰されるような孤独を思い知らされる。

 ――まぁ、確かに全部おっしゃる通りではあるんだけどさ。何もここまで寄ってたかってイジメるこたぁないじゃない。だいたい矢村、「厨」なんて言葉どこで学んできたんだよ。


「そ、そうは言うけどさ。別に俺はレスキューヒーローとして働いてるだけなんだから、ちょっと仕事し過ぎなくらいでそんなに青筋立てて怒らなくても――」

「冬休みの殆どを出動の連続で潰してた人が何言ってるの! そうやって当たり前のように毎日命削って働かれるくらいなら、丸々一年の謹慎に処しますっ!」

「……ごめんなさい。俺が悪かったです」


 俺としては、ただ単に「仕事に取り組んでいる」つもりでしかなかったのだが、どうやら俺と皆との間にはかなりの意識の差があったらしい。

 どんな人でも助けられるレスキューヒーローの「怪物」を目指していたはずが、まさかこんな集中放火を浴びることになってしまうとは。今までは仕事にばかり夢中になっていた俺だが、いい加減ちゃんと周りを見ないとクビにされてしまいそうだ。

 実際、俺の耳元で「謹慎」をちらつかせながら怒鳴る救芽井の威勢は、鬼気迫るものがあった。


「はぁ……とにかく、殆どの乗客達は救助できたって言っても、そのためにあなたにもしものことがあったら本末転倒なんだから! これからは、きちんと引き際を弁えること! わかった?」

「は、はい」

「わかればよろしい。――でも、龍太君の活躍がとんでもないものなのは確かなのよね。私も夕べは興奮して寝付けなかったわ」

「えぇ。今回の件で一煉寺様のお力も強調されたことですし。もう、さっきのような方々がおいたをされることも少なくなるのでは?」

「そうですわね。もっとも、助けて頂いた恩を忘れて龍太様に無礼を働くような輩は、遅かれ早かれ淘汰される運命でしょうけど?」

「淘汰しとったのは紛れも無くあんたやろ……。ま、あんたがやらんくてもアタシがやっとったかも知れんけどな!」


 すると、平身低頭の姿勢による謝罪が効いたのか、俺への批難は徐々になりを潜め――たのだが、不穏な空気であること自体に変わりはなかった。

 矢村の物騒な発言に周りの皆が笑う中、このノリについていけずにいた俺は、彼女達を取り巻くドス黒いオーラに飲まれ、批判が終わったはずなのに更に萎縮してしまっている。

 ――やっぱり、女子って怖いな。


「……女にかまけてるからそうなる。自業自得……」


 加えて、周りに混じらずに静観を決め込んでいた四郷にまで散々な言われようである。自業自得ってどういうこったい。


「まー、とりあえず旦那の活躍であの女以外は全員無事で済んだんだし、今日のところはこれくらいで勘弁しといてやるか。でも、これからはちゃんと周りを見て動くんだぞ。今度無茶しやがったら承知しねーかんな」

「さて、それでは私達は調査の方に戻りますね。何かわかったことがあったら、一煉寺様にも連絡致しますので。それでは、ごきげんよう」

「……ん、わかった。頼むぜフラヴィさん、ジュリアさん」

「おうよ」

「えぇ、お任せ下さい」


 そんな俺を置き去りにするかの如く、レスキューカッツェの二人はソファーから立ち上がる。どうやら、仕事の休憩中だったらしい。

 ――あの女性、か。着鎧甲冑について何かと口を出していたように思えるが……一体、彼女は何者なんだろうか?

 気になってしょうがないと言えばしょうがない――が、俺が一人で考えていて結論を出せるわけもないか。

 ここは、本格プロの彼女達に託すしかあるまい。まぁ、俺も成り立てホヤホヤとは言え一人のプロなんだけどな。


 俺は彼女達に見送りの言葉を掛け、仕事に戻る二人にエールを送る。フラヴィさんは背を向けたまま親指を立て、ジュリアさんは振り返ってからにこやかに手を振ってくれた。

 そのやり取りを最後に、彼女達はラウンジを後にしていく。どこまであの女性に近付けるかわからないが……ここは二人に頑張って貰うしかない。


「――はぁ、ったくよー、ただでさえ彼氏いねーってのに仕事ばっかり増えやがってよー……アタイも素敵な恋とかしてぇよぉ……」

「あら、それでしたらまずは言葉遣いから治さなくてはなりませんねぇ。せっかくこんなに立派なものをお持ちなんですから、存分に活用しないと勿体ないですよ〜」

「ちょっ、こらジュリア! どこ触ってんだ! ひっ、そ、そこは摘むなぁ……や、やめぇ……!」

「ふふっ、かわいいですよ隊長。今夜もたっぷり愉しみましょうねぇ……」

「や、めろぉお……」


 ……って、ちょっと待てい。会話がモロ聞こえだぞ。二人して何やってんの。ジュリアさんは何を楽しむ気でいるの。

 いささか先行きが不安な、レスキューカッツェの首脳部二名。その背中を視線で追う俺は、恐らく引き攣った顔をしているのだろう。


「隊長さ〜ん! 副隊長さぁ〜ん! 美味しいショートケーキはいかがで――って、イッチーさんっ!?」


 すると、フラヴィさん達が去っていくのを見計らったようなタイミングで、別の女性がラウンジに入って来る。何故か、俺を見るなり頬を桃色に染めて。


 二十三歳という年齢や均整の取れたプロポーションの割には、どこと無く幼さを残している顔立ち。黒く艶やかな長髪を纏めた、腰に届く程の長さを持つポニーテール。

 おっとりした物腰と愛嬌のある面持ちゆえに、日本支社内でのアイドルとして扱われている――西条夏さん。昨日の作戦で、俺の分隊に所属していた人だ。


 仕事の実力に関して言えば、レスキューカッツェの正式隊員に唯一引き抜かれた日本人というだけあり、相当なものだ。俺の指示をすぐに把握して、滑り落ちた乗客達の回収に向かえる機転もある。

 ……まぁ、現場を離れるとマイペースな余り、こうして目当ての人とすれ違いになったりすることもあるようだが。それに、人に自分なりのあだ名を付ける子供染みた一面もあったりする。


「あれ〜? ここに隊長さん達がいらっしゃるって伺って来たんですけど―」

「フラヴィさん達なら、今さっき仕事に戻っちまったよ。見慣れたものとは言え、やっぱタイミング悪いなー西条さんは」

「むっ、むうー! イッチーさんの意地悪! そんなことばっかり言うんだったら、イッチーさんにはショートケーキあげませんっ!」

「ははは、どの道すぐに帰るから頂いてる時間もねぇよ。次に来た時に自腹で買うわ」

「えっ……?」


 その時、西条さんはショートケーキを二つ乗せた皿を落としそうになり、ふらふらとよろけていた。危ないな、おい。


「もっ……もう帰っちゃうんですかぁ!? 昨日の今日ですよぉ!?」

「ああ。元々は今日帰る予定だったし、そろそろ学校も始まっちゃうしな。大した怪我とかもしてるわけじゃねーし」

「そうですかぁ〜……。はぁ……せっかく可愛いメイド服とか買ってみたのに……」

「メイド服……だと……?」

「はぇ? あ、あぁいえそれは別に! イッチーさんに見せたいな〜とかそういうわけではなく! ご主人様〜ってご奉仕とかしてみたいな〜ってわけじゃなく! ただ私が趣味で買ってるだけなので悪しからず!」


 西条さんのメイド服か……。ぶっちゃけると見てみたい気持ちはあるが、そんな時間はないし俺のためでもないらしいからなぁ。

 ――しかし、彼女にそんな趣味があったとは驚きだ。ここ一年間、彼女達の下で訓練してきた分だけの付き合いはあるつもりでいたのだが……メイド服集めが趣味だなんて初耳だぞ。


「わかった、わかったってば。そこまでムキになるこたぁねーだろ。そりゃあ、見てみたいっちゃ見てみたいけどさ」

「ほにゃあ!?」


 俺は慌てて否定する彼女の姿に若干の寂しさを覚えつつ、宥めるように言葉を掛け――たのだが、当の彼女は何を血迷ったのか、顔を真っ赤にしてずっこけてしまった。

 ……ショートケーキは犠牲になったのだ……西条さんの犠牲にな……。


 しかも、今まで俺と西条さんのやり取りを静観していた着鎧甲冑部の面々が、いきなり殺気立ったような表情に変わってしまった。

 いや、確かに食べ物を粗末にしちまってるのは由々しき事態ではあるんだが……頼むから、これ以上俺の精神を締め付けるのは勘弁してくれ……。


「きっ……危険です! 今の発言は危険過ぎます! そうやって並み居る女の子達を手篭めにしてきたんですねっ! やっぱりイッチーさんは女の敵ですっ!」

「な、なんだよそりゃあ。とにかく顔拭けよ、顔中ケーキまみれだぞ」

「結構です! これ以上ドキをムネムネさせられたら堪ったもんじゃないですよ! ひりりん様! かおりんさん! こずっちさん! あゆゆんさん! この人にはホントに気をつけて下さいねっ!」


 白いケーキを顔全体に浴びてしまった西条さん。

 その顔を俺に拭かせつつ、度々自分の口元に付いてる部分をペロッと舐め取っているこの姿では、どんなに凄んでもイマイチ迫力に欠けてしまう。……にしても、とうとう救芽井達にもあだ名を付けやがったか。

 しかも、たまに「勿体ない!」とか叫びながら、クリームの付いた俺の指までしゃぶり出すんだから困ったもんだ。こすりつけるように肌をなぞる舌の動きには、外見に合わない妖艶さも感じられる。


「とにかく私も仕事に戻りますがっ! イッチーさんもほどほどにしてくださいねっ! あと顔拭いてくれてありがとうございましたっ!」


 しばらくして、ようやく綺麗な顔に戻った西条さんだったが、ご機嫌ななめなのは相変わらずのよう。ムスッと可愛らしく頬を膨らませながら一礼すると、フラヴィさんの後を追うように走り去ってしまった。

 ……やれやれ。暴れるだけ暴れて帰っちまいやがった。ま、彼女らしいっちゃらしいけど。


 さて、もうそろそろここを出ないと、松霧町行きの新幹線に間に合わねぇな。名残惜しい気もするが……しばらくお別れってわけだ。

 長かった着鎧甲冑の試験勉強も終わったし……まさに「俺達の戦いはこれからだ」って感じだぜ。帰ったら親父にも報告しとかねぇと。


「……よし! 出発の時間も近いし、行こうぜ皆!」


 というわけで、俺は後腐れなく故郷に帰るべく、明るい声色で皆に呼び掛けた――のだが。


 ――なぜか、皆して表情が暗い。ていうか、怖い。なんで全員俺をジト目で睨んでんの!?


「――賀織。私ね、龍太君は自重って言葉を辞書で調べた方がいいって思うの」

「奇遇やね、樋稟。アタシも全く同じこと考えとったわ」

「お二方、ぬるいですわね。ワタクシはどうやっても他の女性に目移りできないように、メイド服で調教し尽くす方法しか考えておりませんでしたわ」

「……梢は調教『され』尽くすことしか考えてないでしょ……涎垂れてる……」


 俺が何をしたというのか。何を誤ればこうなるのだろうか。

 その訳を彼女達に問える勇気も、それを悟れる聡明さも、俺にはない。


 ならばその先に待ち受けるのは、仁義なき説教のみ。

 新幹線に乗り込んでから松霧町にたどり着く瞬間まで、俺は休むことなく彼女達の叱責地獄に晒されるのであった。


 ――なんでっ、俺……ばっかり……。

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