第139話 俺と貴様の最終決戦

 一歩踏み出すごとに、瓦礫が吹き飛ぶ。その現象が、双方に起きていた。

 まるで、周りの物質全てが俺達に道を譲るかのように。


「ゴォー……コォーッ……」


「……いくぜ」


 少しずつ進んでいた「歩み」は、次第にその速さを変えていく。向こうから響き渡る、瓦礫を破壊する足音の間隔が、俺に近づくに連れて短くなっていくのがわかった。

 それに呼応するように、自然とこちらのペースも加速度を増していく。肥大化した人工筋肉のパワーにより、足元のコンクリートが次々と砕かれていった。


 そして留まることを知らないまま、時間と共に距離が詰まり、互いの歩調も速くなっていく。

 ――例え全力疾走に発展し、それだけで周囲に瓦礫の破片を撒き散らすことになろうとも。


「……ワタァアァアアァアアッ!」


「ゴガォァアアォアアアアッ!」


 俺達は、寸分も躊躇うことはなかった。

 ここに立っている二人の男は、「怪物」。何を以ってそう呼ばれるか、という違いしかない「化け物」同士なのだから。


 雄叫びと共に、人間を超越した拳が激突する。既に砕かれている俺の手は、肥大化した人工筋肉に守られながらもさらに悲鳴を上げた。

 だが、向こうの装甲もかなり痛んでいるらしい。本来ならば絶対に負けるはずのない正面衝突を受けて、灰色の拳に亀裂が走った。


「ゴッ、ガ、ォアア……!」

「うがッ、あぁあ……!」


 全く同じ痛みを背負うかのように、俺達は実によく似たリアクションでのたうちまわる。「拳を痛めた」のはどちらも同じらしい。


 ――強くなり過ぎた人工筋肉は、俺から技の精密さとスピードを奪ってしまっている。こうなってしまったら、もう脚の速さを活かして背後を取る芸当はできない。

 だが、今のパワーならそんな小細工を抜きにして、真っ向から力で渡り合うことが可能だ。鉄兜なんて関係ない。急所にさえ届けば、弱り切った彼の装甲なんて紙も同然だ。


「ハァッ、ハァ……!」


 とは言え、消耗しているのはこっちも同じだし、今まで通りに避けたり受け流したりするのも容易ではない。いくら筋肉の鎧を纏っているとは言え、「新人類の身体」の鉄拳をまともに受け続けていては危ないのは変わらないのだ。


 つまり――この戦いはもう、技と技の競い合いにはなりえない。生きるか死ぬかでしか勝敗を分けられない、猛獣共の喰らい合いに過ぎないんだ。


「んぐ、ぉ、あぁあああッ!」


 まだ怪我の少ない左手で地面を押し、俺は「猛獣」であることを受け入れ、開き直るように立ち上がる。そのまま、同様に起き上がろうとしていた瀧上に蹴り掛かった。

 狙うは、本体の脳髄を抱えた――「首」!


 目には目を、歯には歯を、というわけではない。

 この厄介な「新人類の身体」を迅速かつ確実に無力化するには、あの強固な頭部をもぎ取るしかないのだ。


「ゴオ、ガァッ!」

「ぐっ――あぐぁアァッ!」


 だが、相手もバカじゃない。意識障害とは思えない反応速度で、太股を上げて俺の回し蹴りを阻むと、即座に腰の回転を切り替えて逆の足で俺を蹴飛ばしてしまった。その一撃で、焼けるような熱さで肉体を焦がされ、内臓まで押し潰されていくような感覚に襲われる。

 歴戦の経験に裏打ちされた「反射」だけで、これほどの反撃をこなしているのだろうか。


 再び腹に突き刺さる、鋼鉄製の足の裏。攻撃を受けた痛みそのものは、さっきに比べりゃ屁でもない――が、体力の消耗度はそれを遥かに凌ぐものだった。


「ぐッ……!? ハ、ハァ、ハァッ……!」


 無理な筋力強化を経たスーツに、中身の身体能力が追い付いていないのか。それとも、着鎧甲冑の人工筋肉自体が異常をきたしているのか。

 いずれにせよ、俺の立たされている状況が、今でも著しく不利だということだけはハッキリとわかる。対等以上に戦える力があっても、そこに至るまでにバテているようでは宝の持ち腐れなのだ。


 万が一、このまま疲労感に負けてしまえば、次に訪れるのは「死」の一文字。

 だが、地面に顔面を押し付けている間に感じていたのは、着鎧前のような「死」に近づくイメージではなかった。


 脳裏を過ぎったのは――瀧上に苦しめられていた、三人の人物。


 彼を愛して、裏切られ、それでも信じたい気持ちまで踏みにじられた所長さん。両親の敵を討ちたい、という自身の想いを乗せた上で、俺を瀧上のようにさせまいと説得していた古我知さん。


 ……そして。


「し、ごう……し……ごう……ッ!」


 どんな地獄に自分自身を焼かれようとも、ひたすら俺や姉を案じ続けていた機械少女。その姿を思い起こした時、俺は無意識のうちに地面を片手で押し込み、うずくまっていた上体を持ち上げていた。


 ――白目を剥き、絶叫を上げ、血の涙を流しても、あの娘は……誰かを想いやる「人間」であり続けていた。身も心も「怪物」になってしまった瀧上や、生身でありながら「怪物」になろうとしている俺なんかには、到底マネできない。

 どんな世界に生きていても、彼女は――四郷鮎子は、「人間」だったのだ。


 そんな立派な「人間」さえも、俺の眼前にいる鉄人はおもちゃのように蹂躙していた。自分に怯える彼女を、弄ぶように。

 無自覚のうちに、それほどの行為を尽くしていた事実。それは、知った上での非道よりも遥かにタチが悪い。


 ゆえに、こんなにも腹が立つのだろう。あの娘までも地獄に縛り続けていた瀧上にも、そんな彼をどうにも出来ずにいる、俺自身にも。


「――ぐっ、ぅうッ……!」


 だが、だからといって着鎧甲冑の矜持を捨てて彼を殺す気にはならない。俺は、そういう「怪物」なのだから。

 そうして、ふらつきながらも立ち上がった先には――あの鋼鉄の巨体が立ち塞がっていた。


「クッ……!」


 くぐもった声色で呻く俺は、鉄兜の奥に潜む凶眼を見据えると、腰を落として静かに身構える。一瞬であの首を刈り取れと、握り締めた左拳に命じて。


 そこから僅かに間を挟み、


「フゥッ……ハァアアァアッ!」


 矢のように飛び出して静寂を破る俺の身体。さらにそこから打ち出された左の突きが、瀧上の顔面に直撃する。


「ゴゥッ! ガ、ゴォオォオッ!」


 だが、その程度では首を取るには至らず、すぐに向こうの反撃が始まってしまった。唸りを上げて振りかぶられた右の鉄拳が、覆いかぶさるように振り下ろされる。


「グッ……ウ!」


 コイツに直撃すれば、今の状態でも頭蓋骨まで砕かれる。咄嗟にそう判断した俺は、瞬時に身体を捻って回避行動に移った。空中で回転する俺の頬を、貨物列車のような剛拳が掠めていく。


 この鈍重な身体では、どうしても回避がギリギリになってしまうらしい。確実に避けられるタイミングだったはずなのに、マスクの左頬から下顎までの部分が見事に剥がれてしまっている。


 そこから間髪入れず、瀧上の巨大な回し蹴りが、辺り一帯を薙ぎ払う勢いで迫ってきた。だが、正面から顔面を殴られて脳を揺らされたのが効いたらしく、姿勢はぐらついていて体重も乗っていない。

 これなら……凌げる!


「ハァッ!」


 地面に着地した瞬間、俺は左側から襲って来る鋼鉄の足を、左腕の外腕刀で受け止める。生半可な体勢から繰り出された蹴りには、やはり見かけ程の威力はなかった。


「ホワァアアッ!」


 俺はそのまま停止してしまった彼の足を踏み台にして、鉄兜に再び襲い掛かる。人工筋肉の肥大によって増量された体重を武器にした、俺の飛び膝蹴りが彼の眉間に激突した。


「ガゥオッ!? ガォ、ゥオ、ァアァアアアッ!」

「うがッ――ァアァアッ!」


 しかし、その一発でも決着を付けるには足りなかったようだ。のけ反っていた首を振り、一瞬だけ油断していた俺に頭突きを見舞った瀧上は、追い撃ちを掛けるように左のボディブローを振るう。


 脳を揺らし返され、視界や判断が鈍っていた俺には、その一撃をかわすことなど出来ない。腕を十字に組んで受け流そうとしていた俺の身体は、体重が増しているにも関わらず容易に吹き飛ばされてしまった。

 瓦礫に身体中を削られながら、地面を滑走していく。その勢いが止まった頃には、俺は俯せのまま、金縛りに遭ったように動けなくなっていた。


「うぁッ……が、ぁああぁあぁ……ッ!」


 ――やはり、この状態では「救済の超機龍」にも俺自身にも、かなりの負荷が掛かるようだ。全身に走るこの激痛は、瀧上の攻撃によるものだけじゃない。

 与えられた「力」に「責任」が伴うように、この強すぎるパワーもまた、相応のリスクを兼ね備えていたのだ。それはただ動きが鈍重になるだけでなく、筋肉の重さゆえに疲労が早まるという側面も持っていたらしい。


「あづッ――あ、あぎぃぃ、あぁあァッ……!」


 しかも、パワーに耐え兼ねたスーツ内の電線が切れ、そこから漏れた電熱が俺の肉体に根性焼きをかますというおまけ付き。今が戦闘中じゃなく、アドレナリンが鎮まっている状態だったなら、痛みと熱さで発狂していただろうな。


 そんな俺に止めを刺さんとする瀧上の足音が、地震となって徐々に近づいて来る。震える左手で辛うじて身を起こし、身体を返して見れば――


「ゴォ、ゥ、ォオオ……」


 ――無彩色の巨体が、その身を映した影で俺の全身を覆い尽くしているのがわかった。今度こそ終わらせようと、左の拳を振り上げていることも。


「……ふぅッ、く、うぐッ……!」


 こんな危機的状況なら前にもあったし、その都度、奇跡の逆転劇が起きてくれていた。周りに、助けてくれる誰かが居たからだ。

 しかし、もうそんなカードは残っていない。外部から助けが入る要素は、もうどこにもないのだ。


 ――この場に居て、意識を持って動いているのは、俺達二人だけなのだから。囮を引き受けた矢村も、バッテリーをくれた古我知さんも、もうここには居ない。


 振るわれた拳が、俺の頭を打ち砕いて脳みそをぶちまける。そんな夢のない結末が、簡単に訪れてしまうのだ。

 彼の鉄槌が、望まれるままに振り下ろされてしまうだけで。


 夢も希望も味気もない、口先ばかりのヒーローの最期。そんな幕引きでしか自分の死を表現出来ない事実に、自嘲の笑みが浮かびかける。


 その感情が、仮面の奥の口元から表出しようとしていた、その時。


「ゴォッ……ガオォッ!?」


 悪運の女神が、再三舞い降りたのだった。


「……ッ!?」

「ゴガォッ! ア、ォ、アゥオオァ……!」


 何が起きたのかと目を見張る俺を余所に、瀧上は自分の首を絞めるような仕種と共に数歩後ろへ下がると、突然唸り出していた。喉に何かを詰まらせてのたうちまわるような、得体の知れない挙動の数々。


「あッ……!」


 その実態は、巨大な掌で覆われた「首」そのものに隠れていたのだ。図太い指の隙間から飛び出す火花を見て、俺は思わず声を上げる。


 「新人類の身体」にとっての命綱である、オリジナルの脳髄を詰めた頭部。その繋ぎ目である首に、深刻な損傷が生じているのだ。

 元々、爆発のダメージで装甲が弱まっていたところへ、拳や膝蹴りなどを立て続けに浴びたせいだろうか。――いや、それだけじゃない。


 首筋に僅かに伺える、横一線に割れた亀裂。

 そこから出ている火花が一番激しいところを見るに、どうやらあの切れ目が裂けるように攻撃していたことが、この状況の引き金になっていたようだが……俺はあんな傷を付けた覚えはない。

 コンペティションで「傷が付けられる程」の攻撃が通ったのは、せいぜい後頭部か脳天くらいだ。それに「新人類の巨鎧体」の破片で傷付けられた――にしては、他の傷と比べて深さや形が不自然過ぎる。あれは間違いなく、意図的に付けられたものだ。


 じゃあ、一体誰が……あッ!?


「……そうか。茂さん……やってくれたな」


 記憶の糸を手繰り寄せ、蘇るビジョン。そこには、茂さんが瀧上に弾かれる直前に仕掛けていた、あの首筋への一撃が映されていた。

 一見、アレが瀧上に効いているような様子はなかったし、距離が遠かったこともあってか、特に外傷も見えなかった。恐らく、誰にも見えない程の小さなかすり傷がやっとだったのだろう。


 それだけだったなら、本当にその程度の傷で終わっていたはず。だが、今回に限ってはそうは行かなかったのだ。

 「新人類の巨鎧体」の爆発やその際の破片により、瀧上の装甲は激しく損傷し、取るに足らないはずだった傷口は次第に悪化していった。

 そこへ駄目押しを仕掛けるように、筋肉達磨と化した俺の集中攻撃を浴びせられ、遂にあんなレベルにまで傷が開いてしまったのである。


 ――あの首筋の傷を推測するなら、こんなところだろう。どうやらあの変態スキンヘッドは、俺が思う以上のスーパーヒーローだったようだ。


「……ここまでお膳立てされて負けてたら、いい笑い者だぜ」


 俺は再び身体を返して俯せになると、両手の力で懸命に地面を押し込んでいく。痛んだ右手さえも、支えに使って。

 ブチブチとスーツ内で響く不気味な音や、身体を焼き尽くす電熱はさらに深刻化しつつある。この痛みに耐えながら戦う気力は、もうほとんど残っていない。


 だから――これが、最後だ。


 後でぶっ倒れようが死のうが構わない。その気概だけを動力にして、俺は再び立ち上がっていく。両足の筋繊維が嫌な音を立てようとも、火傷じゃ済まない痛みに襲われようとも。


「ハァッ……ハ、ァッ……」


 ――もはや、激痛に悲鳴を上げることもできない。感覚が狂ってしまったのか、それとも声を上げる気力すらも失われようとしているのか。

 いや、どちらでも構うものか。今の俺が考えることは、最後の一撃であの首を今度こそ狩る。ただ、それだけなのだから。


「フゥッ……ハァ、ハァッ……!」


 両の脚で立ち上がり、仇敵に向き直りながら構える俺の拳は、痛みと疲労で絶えず震えている。この苦しみとも、次の一撃でおさらばだ。


「ガゴッ! ゴォーッ、コォーッ……」


 そんな俺の視線を受けた瀧上は、首から手を離すと、そこから火花を飛び散らせながら両拳を静かに構えた。

 どうやら、自分の首にばかり構っている場合じゃないと、気配で悟ったらしい。意識障害に陥り、「新人類の身体」にとっての死の淵に立たされながらも、注意すべきものを見誤らない辺りはさすがと言うべきか。


「フゥーッ、フゥー……!」


「……ゴォ、ゴォーッ、コォーッ……!」


 少し踏み込めば、突きも蹴りも簡単に届く間合い――「一足一拳いっそくいっけん」の距離の中で、俺達の動きは再び静寂に包まれる。


 生か死か。

 勝者となるか、敗者となるか。

 どちらに、どのような結果がもたらされるのか。


 その答えを出すためだけに、俺達はここに居る。

 どちらの狂気が、この沈み行く空間の中で存在を許されるのか。全ては、その裁断のために。


 そんな俺達を包囲しているのは……グランドホールに轟き続ける、海水の濁流と落石のシンフォニー。そのけたたましい音色は、引っ切り無しにこの世界を揺るがし続けていた。

 だが、俺達がそのような瓦解のオーケストラに気を取られることはない。


 どれだけ近くに瓦礫が落ちようが、どれだけ足元を海水が浸そうが、今の俺達には無縁な話だ。

 俺の目では瀧上しか見えないし、瀧上の目でも俺しか見えていない。互いの視線に、割って入る何かなど、ありえないのだ。


 だからこそ。邪魔が許されない世界の中に居るからこそ。


 俺達の視界を、小さな瓦礫が垂直に横切った瞬間。俺達は、俺達だけの世界が砕け散る錯覚に陥り――


「……ウォアァアアタァアァッ!」


「……ガォアァアァアァアァアッ!」


 ――均衡を保っていた静寂すらも、打ち砕いてしまったのだ。高尚に例えるならば……聖域を荒らされ、怒り狂う守護神のように。


 互いに踏み込む瞬間、周囲の瓦礫が逃げるように舞い散り、水しぶきが上がる。それら全てを突き抜けて、瀧上の剛拳が槍の如く襲い掛かった。

 今までのどんなパンチよりも重く――速い。風を切る轟音が、それを物語っている。


 間合いを詰める俺に対し、迎撃するように放たれたその一発は、こちらの顔面を確実に捉えていた。

 まともに喰らえば、頭蓋骨が砕かれるどころではない。頭そのものが、消えてなくなってしまうだろう。


 そんな結末だけは、避けねばならない。身体のどこかを、犠牲にしようとも。


 そして、そのための生贄に……俺は左腕を選んだのだった。


 瀧上の鉄拳が俺の顔面を消し去る直前、その身代わりになるように左の外腕刀が飛び出していく。この剛拳の流れを、掠めるように。

 本来ならばこれは、相手の拳を受け流し、いなすための技。しかし、この有り余る筋肉では、そのような精度は望めるはずもない。


 必殺の拳が外れた瞬間、俺の左腕から感覚が失われる。――いや、正確は腕に迸る「冷たさ」のあまり、痛覚すらも麻痺してしまっているのだろう。僅かに視線を横に移すと、そこには「当然の結果」が待ち受けていた。

 人間の関節ではありえない方向にひしゃげた左腕。スーツの色か血の色なのかはわからないが、もはや使い物にならないことだけは確かだ。その事実に念を押すかのように、肘関節の辺りからは白い突起物が飛び出している。

 ……掠っただけで生身の骨までめちゃくちゃにするとは、さすがだ。左腕全体に広がる、この神経まで凍るような「冷たさ」がなければ、今頃は失神していたに違いない。


 ――だが、命まで奪えなかったのが運の尽きだったな。


「ダッ……ァァアァアアッ!」


 他人の命を吸い尽くし、その上で自分の命まで使い潰す。そうして残された最後の力が、右の手刀となって瀧上の首を貫いていった。


 血しぶきの如く火花が飛び散り、鋼鉄の巨体が激しい痙攣を起こす。消えかけた命の灯が、最期に美しく燃え上がるように。

 そんな輝きを放った炎が迎える結末というのは――相場が決まっているらしい。


「ゴガォッ……ゴ……オ、ォ……」


 はじめは抵抗するように身じろぎしていた鉄人の身体は、遂にその活動を停止する。マリオネットの糸が――切れたのだろう。


 鉄兜の凶眼は、その妖しい輝きを失い……俺の足元へと力無く落ちていく。崩れるように仰向けに倒れていく、首なしの巨体と共に。


「ハァッ、ハァッ……ハァ……」


 おかしな方向に折れ曲がったまま、だらりと垂れ下がっている左腕を覆う、強烈な冷感。その奇妙な感覚は疲労にも強い影響を与えており、俺の呼吸をより一層荒くさせていた。


 そんな状況でも、俺は可能な限り冷静に周囲を見渡し――その時になって、ようやく理解した。


 たった今、ここに存在することを許された「狂気」は、この俺に決まったのだと。


 そして――


「……勝った、勝ったよ……四郷。矢村。所長さん。……救芽井」


 ――腕が痛いからなのか。嬉しいからなのか。


 地面に転がる、赤髪の生首を見つめていた俺の頬には、スーツ内よりも熱い雫が撫でるように伝っていた。

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